第79話
【許しませんよ】
ベルクが青い、何処までも紺青な光を湛える湖の上に立っている。
全員の視線が、ベルクに注がれる。
『おい、この状況で俺達に勝てると思っているのか?』
大佐が力を込めた声でベルクを刺した。
セイガとメイは殆ど力を使い果たしていたが、ここにはハリュウとユメカ…
時紡ぐ聖名とその従者たち…
そして何よりも七強の中でも最強の噂を持つ大佐がいるのだ。
本来、大佐はベルクとセイガ達との一件に手を出すつもりはなかったが、ベルクが暴走したこの状況下では、そんなことを言っている場合ではなかった。
時の神殿内ではセイガ達に手を出さないという約束を破り、ユウノと新緑山水鳥獣絵巻…マキさんを殺している。
最早、大佐にとってもベルクは敵となっていた。
それに、気になる点もある。
『お前…本当に山の神ベルクツェーンなのか?』
大佐の問いに
【ええ そうですよ】
ベルクが吐き捨てるように答える。
【***は 七強 山の神ベルクツェーン!】
今は無い禁域を見上げるようにベルクが咆哮を上げる。
それはとても荒々しく、異質だ。
【神だぁぁぁぁぁ!!】
全員の鼓膜が敗れるほどの神語の音量、それと同時にベルクの背後に…
『怒』の『真価』が出現する。
「ベルクの『真価』なんて…はじめて見たよ」
ワールドに再誕してから、半年ほどは家族5人で行動していて、戦闘になるような場面もあったけれど…メイは一度もベルクが『真価』を使っているのを見たことが無かった。
それでも、一度だけ聞いたことがあった。
「ベルクは…どうして『真価』を『怒』にしたの?」
【人の子よ 完全に思い出してはいませんが エルディアでかつて忌むべき事態が起きたのです ***はそれに怒っているのですよ】
ベルクが怖い顔をするようになったのは、それから少ししてからのことだ。
ベルクが『怒』るのには理由がある。
ベルクの雄叫びが止んで…湖に異変が起きた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…
「何?この音っ」
地震だろうか、水面が揺れている。
それだけじゃない、夜明け前、一番温度が下がる時間帯の筈なのに、周囲の気温が一気に高くなる。
それから何か明るい…そうだ、水面の下から光が漏れているのだ。
【神の怒りを知りなさい】
揺れは強くなるばかり、だがこれは地震ではない。
突如、湖が爆発する、水底から黒い大地が隆起して、その高温で水が一気に蒸発したのだ。
さらに黒い隆起は止まらず、それは…山
ベルクの背後に強大な火山が生まれた。
それはあちこちで噴火を続ける…地獄のような光景…
静かで神秘的な、時を止めたようなこの場所が、一瞬で劫火が猛り狂う、激しい動きと人を寄せ付けない超常の戦場へと変貌した。
【さあ】
ベルクの心が一気に爆発する。
【死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい! 死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい! 死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい! 死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!死になさい!】
神語は直接話すものでは無く、思考を音として相手に与えるもの…
膨大なベルクの殺意が神語としてセイガ達全員を襲った。
『きゃぁぁぁあ!』
殺意への耐性の低いメイとユメカが堪らず耳を塞ぎながら悲鳴を上げる。
「くそっ…こりゃヤバいんじゃないか?」
怯むハリュウに
「これは…禁域にいる時より強いかも知れない」
セイガが絶望的な言葉を吐いた、ベルクが叫ぶ直前に、ユメカの回復魔法を受けていたが、それが無かったら命に関わっていたかもしれない。
それほどの脅威だった。
しかし
『お断りだ!』
唯一、被害を最小限で防いだ大佐がベルクへと向かう。
【竜風情が!】
そのままベルクと交戦する。
それはとてつもない攻防だった。
互いの一撃一撃が、周囲の火山を破壊する。
『ふんっ!』
手を突き出した大佐の念動で、ベルクとその周囲が弾け飛ぶ。
だがベルクも攻撃の手を止めない。
【噴火!】
大佐の左右の地面から突如マグマが発生して大佐を一瞬で包む。
『がぁぁぁ!』
咆哮一閃、崩れゆく溶岩の中で、大佐は無傷だ。
「はは…これじゃあオレ達の出る幕なんて…無いじゃあないかよ」
ハリュウが皮肉交じりに呟く。
自分達で倒すと決めたのに…だ。
確かに、あまりに圧倒的な実力差の前に、セイガ達には何もする余地がないのは明らか…下手に動けば足手まといになるだけに思えたのだった。




