第74話
メイは、諦めを秘めた瞳で、ベルクを見つめている。
あまりに悲しく、あまりに惨たらしい光景だったために…記憶の奥へ封じたあの時の思い出…
だから、ベルクがユウノを食べてしまったのも…どこか納得していた。
ベルクは動かない。
新月の夜、それは…
ベルクの誤算、それは…新月はヤツにとって特別な夜だということだった。
【二年分…ダヨ】
二年前のあの夜とは違う…黒くて昏くて穢れた何かがベルクに入り込む。
セイガは…
ようやく、目が覚めたような…そんな気分だった。
目の前には、絶望した表情のメイと
ユウノを喰らい、そして昏い気配を漂わせるベルクの姿。
セイガの感情が…爆発した。
「ベルク…」
その手に片刃の白い大剣、Shield Swordを握り
【人の子よ】
歯を食いしばりながらベルクを見上げた。
「俺は……お 前 を 絶 対 許 さ な い ! ! !」
これ以上は無い、大声を
「おおおおおおぉ、絶 対 許 さ な い ! ! !」
セイガは張り上げる。
ここまで…セイガがこれほどまでに怒り狂ったのはもしかしたらワールドに来てから初めてかも知れない。
しかしベルクもまた…怒っていた。
【人の子よ あの時のお前が 原因だったというのか】
ベルクは理解した、眼前にいるこの男が…自分とメイの敵であると。
【許しません 神の力を受けなさい!】
ベルクが両手を横に大きく広げると、大地が鳴動し、強力な力が世界を支配した。
『いけません! これは禁域ですぞ!』
マキさんが起き、メイを逃がそうとするが、間に合わず…
世界は切り取られた。
「くそ!間に合わなかったかっ」
アーマーを着こんだハリュウが現場に着いた時には、セイガ達はこの地上から消えていた。
「はぁっ…はぁっ……待ってよ…」
続いて昼間の赤い服のままのユメカが息せき切って走ってくる、最近ライブの準備のためにジョギング…名付けてラン活をしているのだが、全力疾走はまだまだ慣れていないのだ。
ユメカとハリュウ、実はこのふたりもセイガ達が気になっていたので神殿の方からこっそり様子を見ていたのだが…まさかベルクの出現があるとは思っていなかったのだ。
しかもあんなことが起きて反応が遅れてしまい、慌ててセイガ達のいる場所まで移動したが、そこにはもう、誰もいなかった。
「禁域ってのは…この前のリリカ島の上空にあったっていうアレ…だよね?」
ユメカが闇空を見上げる、そこには星が瞬いているだけだが…
「多分な…チクショウ、気配すら分かんないぜ…本当にいるのか?」
「禁域は、ありますよ~」
『ミナっち!?』
ユメカとハリュウの声が被る、ふたりの横にミナっちがいつの間にか立っていた。
「ミナっちの力で私達も禁域に行くコトとか、或いは時間を操作してどうにかするコトは出来ないの?」
淡い期待だった、けれど
「残念ながら、ベルクツェーンさんは私より強力な方法で空間に作用…つまり禁域を作り出したので、私の力では太刀打ちできません…とほほです」
時間を操れるといっても制約はあるのだろう。
「内部からどうにかしてくれれば方法はあるかも知れないんだがな」
巨大な気配が場を支配する。
『…大佐!?』
またもやユメカとハリュウの声が被る。
そこには体長5m以上の巨体の竜人…大佐がいたのだ。
「どうして大佐が?」
ハリュウの問いに
「ああ、実は一昨日からミナっちに頼まれてベルクの見張りというかベルクが無茶をしないように傍に付いていたのだが…スマン、俺も油断した」
そう言うと悔し気に夜空を睨んだ。
「大佐はスゴイってセイガから聞きましたっ…大佐さんだったら禁域を壊したりとか…出来ませんか?」
先程よりは大きな期待を込めてユメカ
「あー、禁域を破ることは出来なくは無いんだがな」
「それじゃ♪」
「しかし外部から無理矢理破壊すると…中の人間、特にメイや巻物の命は保証出来ないんだ…さっき言った通り、内部から何らかの連絡あるいは干渉があれば…いいんだがそれまで俺達は待つしか方法が無さそうだ」
つまり、ユメカ達は黙って様子を見るしかない…
「そんなぁ……めーちゃん、…セイガ、無事でいて」
ユメカは祈る…もうこれ以上、悲劇が起きないことを心から願った。
セイガの前にはふたつの大きく峻厳な山が聳えていた。
ひとつは紺碧の空に突き立つ、雪で覆われたとても高く綺麗な山…
そしてもうひとつは、山の神ベルクツェーン
今まで見たものよりもさらに力を増し、見る者に圧倒的な畏れを抱かせる神の威容…これが禁域でのベルク…絶対的な存在だ。
ようやく怒りが治まりつつあるセイガは、ベルクに恐怖した。
(今まで俺は…こんなものと戦っていたのか…)
今ならば、畏怖するべきその力を知ることができる。
しかし
「俺は! お前には負けない!」
セイガは心の奥の炎を燃え上がらせる、自分のため、ユウノのため…そしてメイのためにここで逃げるわけにはいかない。
雲の台地…ベルクとセイガから少し離れた場所にメイはいた。
両親を失い、さらに愛する従姉さえも同じく…敬愛していた神によって奪われた少女…どんな理由があろうとも…今のベルクを許すつもりはない。
それはきっと過去の世界で話したベルクも望んでいる筈だ。
『メイ殿…ご気分は如何ですか?』
気遣うようにメイの周囲をマキさんが浮遊している。
メイは…冷静になって来て初めて、強烈な吐き気に襲われていた。
「…う……」
体が、苦しい…分かっていたつもりだったが、やはりあの光景を思い出すと…体が拒絶反応をおこす。
『メイ殿…今はゆっくりとお休みくだされ』
「ううん……ボクも…ごほっ…戦うよ」
メイは大きく息を吸う、空気は冷たくて心地よい。
額窓から弓を取り出し、矢を番える…それを見て大きく反応したのはベルクの方だった。
【人の子よ ***に矢を向けるのですか】
何か失望している雰囲気だった。
「当たり前だ!お前がボク達にしたことを…ボクだって絶対許さない!」
【そうですか それでは早くこちらのものを殺さなくてはいけませんね】
ベルクが拳を握り、セイガをひと睨みする。
「どうしてセイガさんに!」
ベルクが腰を落とし、構えを取る。
【人の子の目を覚まさせるためです それでは行きますよ】
その先には両手で盾剣を構えるセイガ…こちらも準備は整っていた。
「上等だ…聖河・ラムル……参る!!」
両者ともに全力で突進する…
それが戦いの始まりだった。




