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【第2節】その果てを知らず   作者: 中樹 冬弥
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第73話

 セイガは驚きながらも、指定された場所…湖の畔にやって来た。

 もう時間は真夜中…草木も眠る頃…こんな時間だからこそきっと重大な話なのだろうと…前に秘書のリンディが言っていたことも気になっていたのでセイガはかなり急いでいた…

 そこには星影だけが照らす、白い服の女性…ユウノが待っている。

「こんばんは…急に話があるって、どうしたんだい?」

 手をあげながら、ユウノの元へと進む、ユウノは緊張しているのか無言のままだ。

 そして、そんな光景を木の陰からメイは見ていた。

 ユウノの様子が変だったし…何より気になって仕方が無かったので、悪いとは思いつつ覗きに来たのだ。

(ユウノ姉とセイガさん…どうなるんだろう…)

 因みにマキさんはその紐を固く閉じている。

 セイガが傍まで近付いても、ユウノは儚げに立ち尽くすのみ…

「ユウノ…大丈夫?」

 いつもと違うユウノにセイガも何かあると気付いたのだろう、優しく手を伸ばす。

 ユウノは差し出された手を両手で強く握った。

 汗と体温がセイガに伝わる。

 目の前のユウノは…非常に美しかった。

「…セイガさん、私……」

 涙を潤ませて、ユウノがセイガを見上げる、とても蠱惑的な仕草だ。

 セイガもようやく、今の状況をわかりつつあった。

「ユウノ……」

 セイガの手に迷いが走る、ユウノの気持ちは嬉しいが…

 近くにはメイの気配もするし、どうやら神殿の方からも誰かの視線を感じていた。

 だから…この状況はセイガとしては…正直困る。

「あの!」

「ワタクシ…アナタがホシイ…デス」

 言葉は嬉しいはずなのに…悪寒がした。

「アナタは、とても強い人…ワタクシでも侵せないヒト…」

 ユウノは笑顔だ…しかしそれは狂気の見える、昏い笑顔だ。

「ベルクツェーンと同じクライ…アイシテル、アナタとヒトツになりたい」

 そう言いながらユウノがセイガに抱きつく、甘い香りと細いながらも柔らかい体躯がセイガを包む。

「ユウノ…どうしたんだ?」

 明らかにおかしい、セイガが引き離そうとするがユウノの力が思ったよりも強く…剥がすことができない。

「逞しいカラダ…力強い生命力…ステキだわ」

 恥ずかしがり屋のユウノとは思えない、巧みな指使いでセイガを責める…その甘美な刺激にセイガも反応してしまいそうになり…

「ユウノ!」

 力を入れてユウノを離した。

 両手でユウノの肩を持つ、やはり壊れてしまいそうな華奢な体だ。

 そんな中、ユウノは突然、涙を流す。

「…セイガさん! もう…ワタクシは駄目です…」

 ぽろぽろと大粒の涙を落としながらユウノがセイガを真っすぐみつめ、最期の想いを吐き出す。

「どうか…メイを…お願いします…そして」

「…ユウノ?」

「ワタクシを 殺してください」

 そう言うとそのまま、ユウノは力を失くし、俯いた。

 セイガには、信じられない言葉だった。

 呆然としていると、ユウノが再びセイガを見上げる。

 赤い瞳が…とても綺麗だが…ユウノの瞳は赤くはなかった筈だ。

 不意に右手が熱くなる…よく見れば、ユウノから貰ったお守り…アムレツが、燃えていた。

「これは…」

 何かが起きている…セイガは警戒しながらユウノを見る。

 ユウノは艶やかな瞳でセイガを舐めるようにみつめている。

「もう…ガマンできない……アナタを頂戴?」

 もう、耐えられなかった。

「おねえちゃん!!」

 メイが木の陰から飛び出す。

 そのメイは見てしまった。

 視線の先、触れ合いながらこちらを見るセイガとユウノの背後に…

 巨大な姿

 ベルクツェーンが立っていた。

【どうやら 手遅れのようですね】

 ベルクはむんずと右手を伸ばし、ユウノの頭を掴む。

「キャーーーーー!」

 そのままセイガから取り上げるように持ち上げる…

(もう 目の前にいて守れないなんて!)

 セイガが手を伸ばす。

 しかし、その刹那、右手のアムレツ…燃えていたそれが爆ぜてセイガの体をベルクから遠ざけた。

 それはまるで、ユウノがセイガの助けを拒むような…結果、セイガはまた…

 助けられなかった。

 絶え間なく流れる悲鳴

 それはとても信じられない光景

 ベルクは大きく口を開けると…ユウノを噛み砕いた

 様々な…耐えられない音がする、咀嚼の度に鮮血が辺りを濡らす

 骨や髪さえも残さずに…飲み込む

 おそらくそれはほんのわずかの短い…時間

 けれども強烈なイメージを残していった…

 ベルクが、ユウノを食べてしまった。

 血塗られた地面には、メイがユウノのために選んだ…金色の腕輪だけが残されている。

 セイガもメイも、全く動くことができないまま…その凄惨な光景を、目を背けたくなるその光景を直視したのだった。

「…思い出した」



 あの日の夜もそうだった。

 メイとユウノは見てしまった。

 謎の病気で動くのも苦しそうだった父と母…

 それが何故か…父がベルクへ鬼の形相になりながら掴みかかっている…母も般若のような顔でベルクの足元に噛みついている。

 何が起きているのか、メイには分からなかった。

 横にいたユウノも呆然とその光景を見ていたが…その瞳は何故かいつもと違うようにメイには見えた。

【ここまで進行していたとは】

 ベルクは悲し気に呟く、その表情には怒りもまた含まれていた。

【絶対に 許しません】

 どこか遠くを睨むベルク、そして

【仕方がありません 眠ってください】

 父と母をそれぞれ掴むと…

「父さん!!」

 父を喰らい

「母さーん!!」

 母を喰らった

 あまりの光景にメイは思考を停止した。


 気が付くとメイは手を引かれながら山道を走っていた。

 導いてくれたのはユウノである。

「ユウノ…姉?」

 どうして自分は走っているのだろう…メイには分からない…けれどもメイの涙は止まらなかった。

「メイ、今は何も考えないで…走るの!」

 いつも優しい従姉、でも今は切羽詰まった顔でメイを見ていた。

 苦しい、息が荒くなる。

 ふたりは走り続け、気が付くと河原に辿り着いていた。

「どうして…?」

 川辺には地元の人間が使っているのだろう、木の小船が繋がれていた。

「メイ…よく聞いてね、私たちはベルクツェーン様から逃げなくてはなりません」

 最初、ユウノが何を言っているのか分からなかった。

「…どうして?」

「このままでは私もメイもあの方に殺されてしまうからです」

(ああそうだ…父さんも母さんもベルクに殺されたのだ)

 不思議とメイは、それを理解することができた。

「でも、このままではふたりとも見つかってしまうかも…だからここは二手に分かれて逃げて…川下にあったあの街で合流しましょう」

 そう言うと、ユウノが小舟を指差した。

「メイは、これを使って逃げなさい」

「…ユウノ姉は?」

 縋るようなメイの視線を受け止めながら、ユウノが決意を口にする。

「私は山道の方から逃げます」

「そんな! ふたり一緒の方が絶対いいよ!」

 こんな状況で、最愛の従姉までいなくなるなんて、メイには考えられなかった。

「お願い…お姉ちゃんを信じて?…別々になった方がベルクツェーン様も驚くし、ふたりとも助かる可能性が高いの…だからね…お願い」

 ユウノの手は震えていたが、とても温かった。

「絶対…またすぐ会えるよね?」

「うん、勿論だよ…だから早く…船に乗って?」

 メイが恐る恐る小舟に乗り込む、思ったより頑丈な造りのようだ。

 岸へと付けられていたロープをユウノが外す。

 小舟は勢いをつけて動き出す。

「ユウノ姉…絶対…待ってるからね!」

 両手を振りながらメイが叫ぶ、ユウノも微笑みながらメイに手を振る。

「ええ…すぐ行くわ」

「…おねえちゃーん!」


 メイの声が遠くなる、ユウノの視界から…メイが消える。

 ユウノは普段は隠している右目でメイの姿を見届けた。

「……これでいいの」

 ユウノは自分の白い額窓を呼び出す、そしてそこにあるメイの情報と、メイとの連絡手段を全て消去した。

 自分自身でさえ、元に戻せないように…そういう操作だった。

 自分の身に何が起きているのか…ユウノには予感があった。

 絶対に…メイだけは守ってみせる。

「さようなら…」

 ユウノは河原から振り返り、暗い森へと歩き出す…もう愛しいメイと会うことは…無いだろう。

 これは、メイの知らない、あの夜の記憶…

 ユウノがユウノでいられた最後の…記憶

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