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【第2節】その果てを知らず   作者: 中樹 冬弥
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第71話

 再び、セイガ達はメイの里へと戻って来た。

 今度は不思議と浮足立ったというか、華やかな雰囲気が里中を包んでいた。

 里の入口に立てられた柱には、大きな花飾りがつけられている。

「ああ♪ これは春花(はるはな)の祝祭だねぇ」

 メイの表情も楽しそうだ、ユウノが続けて

「里の春の訪れを祝うお祭りなのです、この里では女性から男性に感謝や愛情を込めて花冠を贈る風習があるのですよ?」

 そう説明してくれた。

「ユウノ姉は毎年里の男衆に迫られて大変だったよね」

「…そうですね」

 見ると、里の一角に今より若いユウノが立っている。

 年の頃なら今のメイと同じくらいだろうか…数名の男性に囲まれて恥ずかしそうに俯いていて、流れた黒髪が顔を隠していた。

「ユウノ姉、モテモテだね♪」

「そうだね、みんなユウノ姉ちゃんの花冠が欲しいんだよ」

 人だかりから少し離れたところからメイと幼馴染のヨルハがユウノたちの様子を見ている。

「ユウノ姉も早く断っちゃえばいいのに…その方が絶対楽だよ」

「ユウノ姉ちゃんはきっと優しいから…ハッキリとは断れないんだよ」

 毎年恒例の風景なのだろう。

「ユウノ姉はこの年も結局…感謝の花冠を家族とベルクにあげるだけだったよね」

 思い出しながらメイ、ユウノ程綺麗には作れなかったけれど、自分も父さんとヨルハ…そしてベルクに花冠をあげたものだ。

「そうだったね…もし今なら……」

 一瞬、その視線がセイガの右手につけられたアムレツに注がれたが、反射するようにユウノは俯いて両手を握っていた。

(…ダメ…この気持ちは……)

「あれ?また風景が変わるよ?」

 ユメカの言う通り、セイガ達の前には沢山の里の人達…おそらく全員だろう、皆で輪を組みながら立っている。

 上座と思われる場所にはベルクと里長がいて、里の人々を労うように見つめている。

 全員の視線が注がれる中、里長が口を開いた。

「今年も辛く、厳しい冬がようやく終わり、遂に春がやって来たよ…皆よく精進したねぇ」

 里長は見た目以上の貫禄を見せつつ両手を掲げる。

「ひとりの死者も無く、この冬を乗り越えられたのは、皆の協力と毎日の積み重ね…それに山の神ベルクツェーン様の加護があってこそだ…感謝の心を忘れちゃあいけないよ?」

 ベルクが目を瞑りながら軽く頷く…エルディアではまだ、飢えや災害、疫病や山賊など過酷な状況による死人が多くいるのだ。

 里の皆もベルクと里長をみつめながらそれぞれ想いに耽る。

「だからこそ! 今はこの幸運を心から祝おうじゃあないか! 春花の祝祭のはじまりだよ!」

 歓声があがり、続いて楽器を持つ里の者が一斉に演奏を始めた。

 それはとても明るい春の陽気のような楽曲だ。

 音に合わせて輪になっていた人々が気ままに踊り始める。

 活気溢れるその光景にセイガ達もとても和んだ。

「ベルク…花冠、作ったよ♪」

 ベルクの前にユウノとメイが並んでいる、それぞれの手には自分達で作った色とりどりの花を集めた花冠が握られている。

 ベルクは既に沢山の者から花冠を貰っていて、頭だけではなく、体のあちこちに花冠が見えたが、にこやかな表情のまま、ふたりの前で膝をついた。

「はい、どうぞ♪」

「今年もこのハレの日を祝えて嬉しいです」

 ゆっくりとふたりがベルクに花を添える。

【ありがとうございます 今年も人の子らに幸多からんことを】

 ベルクが立ち上がるとちょうど曲が一段落したのか演奏が止んだ。

【今年もふたりの舞を見せてくれますよね】

 祝福の踊り、それは年四回の祝祭の時に、神へと捧げられる舞い、神を奉する一族に伝えられる儀式的な舞踏だ。

 今年もベルクを奉する一族、つまりメイの家のものがそれを行う。

 この里では里長は女性が務めるが、祭司は男性が務めるのだ。

 メイの父がいつもと違う祭司の正装、白に独特な文様が施された服を纏いながらベルクの前へと進む。

 その後ろにはメイの母、メイ、ユウノが並んでいる。

 よく見ればいつもの青いワンピースではなく、白い上着に赤いスカート、おそらくこれも儀礼用の姿なのだろう、3人とも同じ服装だった。

 静かで、厳かな雰囲気が流れる…

 メイの父が右手を高く、ベルクとその背後の白き山へと伸ばす。

 それが合図となり、演奏と舞が始まる。

 とてもスローテンポだが、綺麗で神秘的なメロディ、それに合わせる舞もまたゆっくりな動きではあるが、正確に4人が合わさり、見事な光景だった。

「懐かしい…な」

 メイが呟く、その視線は今は亡き両親へと注がれている。

 ずっと過去を見ていたが、この舞を見て。改めてあの時の想い…そしてもう戻れない過去を実感したのだろう。

 それでも舞は続く、ひとつひとつの揃った動きが4人の信頼性をとてもよく表していた。 

「すごい……素敵」

 ユメカがうっとりとしながら呟く、セイガも同感だった。

 セイガ達5人も含め、皆がその光景を静かに眺めていた。

 ようやく踊れるようになった幼いメイも、一生懸命皆と合わせながら舞っている。

 大きな父の背中、優しい母の手、一緒に練習してくれたユウノ…それらを見ながらメイも精一杯…自分の舞を続けている。

 それは、それはとても幸せで、美しい光景…

 もう、戻ることは無い…在りし日の光景だった。



【人の子らよ】

 春花の祝祭、その美しい光景が消える間近、その場にいたベルクが神語を…

 セイガ達に向けた。

『どうやら…過去のベルクツェーンさんには私たちが認識できていたようですね~うふふ~』

 気付いていないと思っていたのだが、流石に相手は大いなる神…だということか。

【何故***の営みを観察するかは聞きませんが この先の未来に何かが起きたということなのでしょう】

 メイ達の姿は消え、立ち上がったベルクだけがセイガ達に相対する。

 もしかすると気配だけで姿は見えてないのかもしれない。

『貴方は知らない方がいいわ』

【そうでしょうね 何があろうとも 山の神ベルクツェーンは動かない ただそれだけです】

 ベルクの瞳…今までセイガが見てきたうちで、一番澄んだ、強い意志を感じるものだった。

 これが本来の山の神ベルクツェーン…

 そう考えると、ワールドにいるベルクは何か隠している…或いは藻掻いているような印象をセイガは感じた。

「ベルク…俺達は必ず……貴方の真実を知り、メイとユウノを幸せにします」

 セイガの宣言、自分がしなくてはいけないことを改めて実感した。

【人の子よ その言葉 覚えておきましょう】

(時間の流れ的に大丈夫なのかなぁ?)

 ユメカは疑問に思ったが、ミナっちが困ってなさそうだったのできっと大丈夫なのだろうと思うことにした。

【そして メイ ユウノ どうか健やかに】

 ベルクが人の名を呼ぶことは…とても珍しい。

「ベルク?」

「ベルクツェーン様…」

 ふたりも大いに驚く

【行きなさい 人の子らよ 未来に幸多からんことを】

 ベルクは笑っているように見えた。

 それはきっと最後の…記憶だった。

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