第70話
「今の子は何だったのですか?」
次の光景はまたメイ達の住む里を見下ろす山の上だった。
『私にも詳しくは分からないのですが、セイガさんを感知できたのはきっと特別な才能或いは縁を持っているからかも知れないですね~』
強い風がセイガ達を迎える。
そんな中、
「クラハ…って言ってたけれど…もしかして?」
「…そうかもです」
何か心当たりがあるのか…メイとユウノはセイガには聞こえないよう小声で話をしている。
「ま、終わったことはさておきさっさと次に行こうぜ、ここは腹も減らないし眠くもならないけどもうかなり時間をかけている筈だからな」
頭を掻きながらハリュウが麓を指差す。
里の入口にはベルクの姿があった。
道の脇にはベルクと同じほど大きな木の柱が立っている。
見送りなのだろうか、里にいる全員が集まり、ベルクを見ている。
その先頭にはメイのご両親と、それより年上で、鋭い目つきをした女性がいた。
「…母、です」
それはユウノの母親、メイの伯母である里長だ。
長い白髪交じりの黒髪を後ろで束ねているが、その髪の一房が彼女の左目を隠していた。
「今度はどれくらい掛かりそうなんだい?」
ベルクとも長い付き合いなのか里長は気安い口調でベルクの脇腹を叩く。
【そうですね 大きな祟り神がいますから二月程留守にするでしょう】
「え~~~? 二ヵ月もベルクいないの?」
10歳ほどに成長したメイが残念そうな表情を見せる。
【はい ですから帰るまでには祝福の踊りを舞えるようにしていてください】
「…かしこまりました」
10歳のメイの背後に隠れるようにしていたユウノだ。
まだ15歳ほどだろうが、既に大人びた印象をもつ美少女だった。
「今のメイより色っぽいんじゃね?」
からかうハリュウに
「うっさい」
と大きいメイが脛を蹴る、一方…
「うん…絶対踊れるようになるもん」
小さいメイは大きく背伸びした。
「子供の成長は速いからね、今度会う時には見違えるかもしんないよ」
【楽しみにしておきましょう それでは 行ってきます】
ベルクが一同に背を向けると、大きく飛び上がり、その姿はみるみると遠く、見えなくなった。
「ベルク~! たっしゃでねーー」
小さなメイは、ずっと手を振っていた。
続いて、なだらかな斜面が続く山の麓近辺…
メイ達のいた山と違うのは、赤茶けた地面、植物も少なく、風には嫌な味が混じっていた。
何か嫌な気配…
そこにはベルクと、あとふたり…男の姿があるが…何やら緊張した空気がある。
【あ~…嫌な仕事ですよね】
3人のうち、最も背の小さい…とは言っても170cmほどの男だ。
神語なのに、妙に感情がみえる。
ベルクと同じ白いキトン姿だが、留め具やアクセサリなども凝っていてとても似合っている。
【シュピッツよ、これこそ我ら山の神の仕事だ、文句を言うでない】
もうひとりはベルクよりもさらに大きく、身長は4m近くあるだろう。
赤い口髭が非常に特徴的だ。
そんなふたりの話を気にしていないのか、ベルクは遠く先を見据えていた。
そこには、邪悪な気配…数多くの異形が群れをなしてベルクたちへと突撃を掛けている姿があった。
浮遊する幽体のようなもの、腐ったまま動き出したもの、人型もあれば不定形のものまで…総じて言えるのはその邪悪な異様と、神たちへの敵意だった。
【我らが大いなる山の神、ベルクツェーン様…どうなさいますか】
その問いに
【いつもと同じです 殲滅しましょう】
ベルクは自らの拳を合わせると、ただひとり、異形の大群へと輝きながら突入して行ったのだった。
ベルクの光を纏った拳が前方のゴーストを打ち砕く。
その横にはシュピッツと呼ばれた神が小型の鎌を振るい、軽々と周囲の化物を斬りつけている。
大きな神はふたりの後ろ、大きな斧を大地に立て、仁王立ちで邪悪な集団を睥睨していた。
【あうちっ…タヤヅィンさん、そっちに一匹向かいました!】
シュピッツの鎌からうまく逃げだした4本脚の獣…ただしその体は腐敗していて何の動物だったか分からない…それが山へ向けて入ってきた。
【我等から逃げようとは…笑止!】
タヤヅィンは斧を手に取り、振り上げる。
獣は恐れずに速度を上げていくが
【ふんっ!】
巨大な斧が狙い違わず高速で落とされ、獣は粉々に砕け散った。
【ははは、流石タヤヅィンさん♪】
【シュピッツ! 軽口を叩いている暇があるならばさっさと敵を駆逐せよ】
斧を大きく前方に差し出しながらタヤヅィンが檄を飛ばす。
【駆逐って……私も逃がすつもりはないんですが…ね!】
シュピッツが言葉の最後に力を込めると、同時に雪が舞い、周囲の化物たちが動きを封じられた。
その隙に素早い動きで敵を斬っていく。
その間もベルクは恐ろしい勢いで群れを崩壊させ…
遂に残るは目の前の大きな八本の足を持つトカゲのような化物のみとなっていた。
「あれが…祟り神……なの?」
体長は7m程、とても禍禍しいオーラを発している。
「いいえ…祟り神というのは…人に敵対するとはいえ…神様なのであんな化物とは違います…おそらくあれは祟り神が作ったのでしょう」
メイの質問にユウノが答える、祟り神については多少聞いているのだろう。
「だったらベルクの敵ではないな」
ハリュウの言う通り、ベルクは一撃で倒すべく拳を前へ突き出す。
しかし、トカゲは思った以上に俊敏に空高くジャンプした。
さらに口から紫色の糸を放射状に撒き散らした。
ざん、と降りた時には辺り一面紫に染められていたが、神たちはそれぞれ防いでいて、直接糸を喰らうことは無かった。
トカゲは気迫を感じたのか後ろにぴょんと飛び退く。
わずかな間…ベルクが一歩踏み出すのと、トカゲが炎を吐くのが一緒だった。
ベルクは難なく光で自らにかかる炎を消したが、炎自体はなんと糸を燃料としながら大地を席巻した。
さらに糸が燃えた際に毒らしき紫の煙が立ち上り、神々へと襲い掛かる。
【なんだと!?】
【これは…厄介ですねぇ】
思った以上に狡猾なトカゲの攻撃にシュピッツとタヤヅィンの動きが鈍る。
トカゲは再び喉を鳴らす、このままでは…
【終わりです】
ベルクの声だけが地上に響く…その姿は
刹那、トカゲの顎の下に現れたベルクはそのまま強烈なアッパーを振り上げた。
光が爆発する。
トカゲは顔と首、その全てを消滅させていた、そのまま倒れると腐るようにドロドロと溶けていった。
【今日の分は 終了ですね】
急速に邪悪な気配が消えていく、おそらく近くで様子を見ていたであろう祟り神が退いたのだ。
奴らが直接現れることは殆どない…だから完全に退けるのにはかなりの時間が必要なのであった。
【此度の戦い…やはりアレが後ろにいるのでしょうな】
忌々し気にタヤヅィンが斧を大地に突き立てる、すると汚れていた地表が浄化され、生気が戻り始めた。
【ホント、嫌な仕事ですよ…やれやれ】
シュピッツが大きく息を吐くと、周囲の腐っていた空気が清浄されて、温かい流れを取り戻した。
祟り神を追い払い、侵食された世界を回復させる…それが世界を守る東の山の神たちの大切な役割のひとつであり、ベルクは何度も祟り神たちと戦ってきた。
その中でも最も厄介な相手…おそらくそれが今回も来たのだろう。
【問題はありません 早く**を倒して 里に帰りましょう】
それはメイやユウノにも聞き覚えのない言葉だった。
【ですねぇ…早く自分の里に帰って愛しい酒と女に溺れたいものです】
【軽率だぞシュピッツ…しかし故郷が恋しい気持ちは分かるがな】
山の神にとって、自らの半身ともいえる山とそこに住む民は何よりも大事なもの…それは同様だったから、ベルクも少しだけ、優しい表情で背後の山々…遠く離れたメイ達の方へと気持ちを伸ばすのであった。




