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【第2節】その果てを知らず   作者: 中樹 冬弥
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第67話

 第4章



 北の果て、此処はそう呼ばれている。

 セイガの目の前には紺青(こんじょう)の湖が静かに広がっている。

 そして湖の中央には白い建物が三棟、三角に配置されている。

 とても綺麗で、荘厳な風景、緑の木々も、庭には花も咲いているのだが、不思議と生気を感じさせない…まるで時の止まったかに見える……

 これこそ時紡ぐ聖名と共にワールドに現れた女神の御座(おわ)す場所、時の神殿だった。


 昨日は結局、時紡ぐ聖名…ミナっちも交えて歓迎会は夜まで続いた。

 宴は大いに盛り上がり、給仕のプログレとオルタナが何故かリチアの取り合いをしたり、エンデルクが酔いの回ってしまったレイチェルとルーシアの介抱をする羽目になったり、アルザスとパルタのどちらが(酒に)強いか勝負が始まったり、ハリュウがユメカの友達をナンパする場面があったりと…

 混乱を極めてはいたが、それでも最終的には節度を守った、とてもいいパーティーだった。

 ある種の希望もあったので、メイとユウノはあれからずっと喜んでいたし、セイガも周囲の騒ぎに混じり、大いに楽しんでいた。

 そんなこともあったので、ミナっちの説明は翌日、時の神殿に向かうことで改めて行われるという運びとなり、こうしてセイガは、メイとユウノ、それからユメカも連れて、ハリュウのウイングで北の果てまでやって来たのだ。

 そして今、5人とも、どこかこの世のものとは思えない光景に、飲まれるように無言になってしまっていた。


「ようやく…来たようですね~」

 ミナっちがセイガ達の姿を神殿の一室の窓辺から確認している。

 その後ろにはひとり、もうひとり…無言で様子を見ているものがいる。

「果たして…彼等の存在が、どう影響するのか…楽しみですね~」

 ミナっちは振り返り、部屋の中のふたりを見上げる。

 それでも、両者はまだ無言を貫いていた。


 神殿へと真っ直ぐに続く、橋をセイガ達が進んでいく。

「うわぁ~~…すっごく神聖な場所って感じがするね…身が引き締まる思いだよ」

 軽く礼をしながらユメカが橋の途中にある白い門をくぐる。

 本来ここには直接呼ばれたセイガとメイとユウノ、それに移動を含めサポートのためハリュウが加わった4人で来る予定だった。

 しかし、ユメカがどうしても一緒に行きたいと強く願ったので、ミナっちの了解も得て帯同を許されたのだった。

 ユメカとしては、またひとりだけ参加できないのは寂しかったのだろう。

 心配という意味では、レイチェルやエンデルク達も気掛かりだったようだし、何故かサラ術次長も参加を熱望していたが、流石にそんなに大人数になるのは避けたかったので、この5人となったわけだ。

「なんだか…うちの祠を思い出すね、ユウノ姉」

「そうね…神様の存在を感じます」

 メイ達の話だと、エルディアでは神と人はお互い身近な存在だったという。

 神が人を守り、導き、罰して、人が神を敬うというのが普通なのだ。

 セイガはこのワールドに来るまで、神など超常の存在とは直接は縁のない生活をしてきたが…宗教は広く浸透していたので、神を敬うという精神は理解できた。

 まさか、想像の上の存在の神と戦う時がくるとは思ってもみなかったけれど。

「…神様かぁ…ハリュウはどう思う?」

 セイガについてはその表情から何か読み取ったらしく、ユメカはハリュウの方に向き直った。

「人がいるなら神もいるだろうよ?…まあ、神様の考えることなんてオレには分かんなさそうだけどな」

 後頭部に両手を回しながら、ハリュウが首を鳴らす。

「あはは……私もよくわかんないけれど…もし神様が人と同じ心を持っていたら…大変なんじゃないかなぁ…とは思うな」

 空を見上げながら、ユメカが囁く、今日の天気は雲が多め、形を変えながら絶えず流れている。

 もしかして全て止まって見えるのはこの場所だけなのかもしれない。

「どうしてゆーちゃんはそう思うの?」

「だって、人間の祈りの全てには神様は答えてくれない…もし何億もいる人間の心全てに寄り添っていたら…きっと神様が疲れちゃうよ」

 ユメカは何かを思い出したのか…きゅっと唇を閉じた。

「それでも、神様は皆をみていると思います…それが神様だからです」

 ユウノが祈りを捧げている。

「難しいよね、ボクもこのワールドに来てから色々わかったことがあるもん」

『メイ殿……某が知る神様は人の信仰の上に在りました、神様が全ての命を生み出して世界を作られた…だから人は神様に感謝をするべき…なのだと某は思っております』

 マキさんがいうことも分かる。

「難しい…な」

 セイガの溜息、

「気になるんなら直接聞いてもいいんじゃないか?」

 ハリュウの提案、

「ふふ…そうだね、折角神様とお話出来るんだから…疑問は解決しないかもだけれど…行動するのは悪くないよね」

 ユメカもようやく何かから解放されたようだった。

 その時、前方から不意に声が掛かる。

『ようこそ 時の神殿へ お客様 お待ちしていました』

 そこには黒く輝く球体が複数、浮遊している。

『我々は時の神殿の従者(クロノ) 案内をするよう 時紡ぐ聖名様から申し使っています』

 同じ声質、区別があるのか分からないがそれぞれの光体がセイガ達を囲む。

「案内、ありがとうございます」

 セイガを先頭に、5人は真ん中にある、一番大きな建物へと進む。

 神殿の中は、まず大きな礼拝堂のような直方体の空間となっていた。

 一番奥、壁際に祭壇があり、その上には発光する何かが動いている。

 時計…なのだろうか?、一定の間隔で動いている歯車を組み合わせたようなオブジェ…

『時紡ぐ聖名様はもうすぐ参られますので それまでお待ちください』

 従者(クロノ)達は左右の壁際へと控えた。

 セイガ達はそのまま静かに待つ、それはとても長いような…けれども短くも感じる時間…

 突如、堂内に音が響く。

 それはどうやら従者等が発している…歌声

 神を讃える歌なのかもしれない、穏やかなれども心が引き締まるような曲だった。

(うわぁ…、…とてもいい歌)

 特にユメカは思うところがあるのだろう、目を閉じて聞き入っている。

 すると、祭壇の上、オブジェの背後に人影が生まれる。

 果たしてそれは時紡ぐ聖名の姿だった。

「みなさ~ん…遠いところ、わざわざ来てくれてありがと~お♪」

 口調は相変わらず暢気なものだったが、その姿はまさに神降臨である。

「ふわぁ~…ミナっちって本当に神様だったんだねぇ…」

 メイは昨日初めて会って、しかもその時からだいぶフレンドリーに接していたので、気配などから神気は感じていたのだが、どちらかというと親切なお姉さんという印象の方が深かった。

「そうなんですよ うふふ~♪」

 柔和な微笑み、静かに床に降りると、するすると音もなくセイガ達へと近付く。

「あ…まずは謝らないと、昨日はつい説明が遅れてしまったのですけれど…実は今すぐユウノさん達をエルディアに帰すことはできないの…ごめんなさいね」

 ミナっちがゆっくりとふたりに頭を下げる。

 事情が飲み込めないまま、ふたりが逡巡していると

「私が見つけたのは『過去の』エルディアなの…だからまだ『今の』エルディアを見つけたわけではないのです」

「過去…とはどういうことですか?」

 首を傾げるセイガに、ミナっちは手にしていた杖、木製で先の方が枝分かれしているそれを見せた。

「枝世界というのは、この杖のように根元の部分から幾重にも分岐している…それはご存じですよね」

 枝世界は、可能性の数だけ存在するのだ。

「…はい」

「ユウノさん達がいた現在のエルディアはそのうちのひとつ…とても似ているけれど違う世界がまだまだあるの…でも、過去ならばある程度収束していて、基本的に変わることがないから比較的特定することが出来るの、私が今回見つけたのもそのうちのひとつ、約10年前のエルディアなのです」

 それを特定できただけでも大した発見なのだろう。

 セイガが神妙に頷く。

「それでは…その過去のエルディアから…さらに現在のエルディアを見つけることも可能なのでしょうか?」

「ええ、話がはやくて助かります~、過去のエルディアに赴き、分岐を正しく辿ることが出来れば…きっと今のエルディアにも通じることでしょう」

 ユメカがあることに気付く。

「赴くってコトは…めーちゃん達が直接過去のエルディアに行くという話ですよね…そんなのが可能なんですか?」

 ユメカは何度か枝世界には行ったことがあるが、それは全てこのワールドと同じ時間軸での話だった。

 過去や未来に行けるのだとしたら…

「それってレイミアさんの神ライブに参加し放題じゃあないですか!」

「ははは、そういう考えもあるか…オレならば…いやいや」

 晴れやかなユメカを横目に見ながらハリュウが口を押えている。

「通常…過去の枝世界には特別な方法でしか行けません…それに行けたとしても過去に直接干渉することは出来ません……けれども私ならば皆さんを過去のエルディアに連れていくことが出来るんですよ…時の神ですからね~」

『つまり?』

「今回の用事…つまりおねがいは、皆さんに過去のエルディアに行って来て貰いたいのですよ~♪」


「まさか、過去のエルディアに私達も行けるなんて…びっくりだよぉ」

 ミナっちの話では、過去の枝世界では…その光景を見ることはできても直接干渉することは出来ないのだという。

 その為、メイとユウノに確認して貰いながら、ミナっちがナビゲートをするという行程で元のエルディアを見つけていくのだ。

 セイガ達はサポートのために同行する、何故なら

「過去の枝世界は必ずしも安全ではありませんから…うふふふ~」

 直接は教えてくれなかったが、ただ過去が見れるというだけではないらしい。

 ユメカについてはちょっと心配もあったが、本人が是非にと言うのでセイガとしては受け入れるしかなかった。

 出発は明日の朝、どれだけ時間が掛かるか予想も出来ないとのことで、場合によっては一度帰還して後日挑戦することもあり得るという。

 ミナっちにとっても予測のつかない事案だった。

「なので~…今夜はゆっくり休んでくださいね~」

 夕食と泊まる部屋はミナっちが…正しくは従者達が用意してくれるという。

「…あの」

 去るそぶりを見せるミナっちをメイが引き留めた。

「なんですか~?」

「神様と人間って……何が違うのでしょうか?」

 先程の疑問、メイはそれを直接女神へと聞いたのだ。

「……そうですね~…神にも色々ありますのでどう答えるのが一番いいのかは難しいのですけど~」

 ミナっちは話は既に知っているように、メイの手を取る。

 あたたかい、それだけなら神も人も一緒だ。

「神は生まれた時から役割が決まっているのですよ~」

「それって…」

「多くの命は生きていてその結果意味を持つものですよね…自分の生など無意味と思う方もいるかもしれませんが…それもまた意味です」

 人はそうして、選択して生きていく

「神の場合…先に時の神…という役割があって私が生まれたのです…それは消滅するその時まで変わりません」

 神は…はたしてそれを望んだのだろうか?

「それで…いいのですか?」

 セイガの声には、微かな哀れみがあった。

「それでは神には自由というものが無いのでしょうか?」

「どうでしょうね? 神というものは人間よりも遙かに優れている面も多いです…けれども…人間と神は近いものなのかも知れませんよ?」

 ミナっちが微笑む、その真意は読めない。

「うふふふふ~」

 そしてするりとメイの手を離す。

「神様も……色々あるんですね」

「もうちょっと融通がきくといいんですけどね~」

『時紡ぐ聖名様は 充分 人間に近いと思います』

「まあ、それは誉め言葉かしら~」

 ふわふわと舞う従者にミナっちが手を伸ばす。

「ありがとうございました、何か少し…分かった気がします」

 セイガが見つめる先…それは

「それじゃあ、はやく晩ごはんを食べましょう~♪ 私もう…すっかりおなかが空いてしまいましたの~」

『既に 時紡ぐ聖名様のご所望の品を 用意してあります』

 今度こそ、ミナっちが去る、そしてセイガ達も従者に案内されて食堂へと向かうのだった。  

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