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【第2節】その果てを知らず   作者: 中樹 冬弥
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第62話

 翌日、港街ファルネーゼは天気にも恵まれ、人と物の賑わいがさらに増しているように見える。

 セイガはフェルステン姉妹と共に市場の一角、主に装飾品などを扱うお店が並ぶ通りを歩いていた。

「ふたりとも…今回は頼みを聞いてくれて、ありがとう」

「いえいえ…(わたくし)も久しぶりに外を歩けて……楽しいです」

 顔を赤らめながらユウノがもじもじとする、彼女がユメカの家を出るのはお使いで楽多堂に出掛けて以来だったりする。

 それ以外は部屋にずっと引き籠っていたのだ。

「それにしてもレイチェル先生に似合うものかぁ…どうしようねぇ」

「まあ、ふたりが気に入ったものならレイチェル先生も喜ぶと思うから、単純にメイとユウノが欲しいものを選んで欲しい」

 今回、セイガが最近お世話になったレイチェル先生とサラ術次長にプレゼントを贈りたいという名目でふたりには品を選んで貰っている。

「そうですね…それでは……頑張ります」

 ユウノが両手を前に構えて「ふんす」としながら装飾品を見つめだす。

 メイは、あまり装飾品の選びには自信が無いのか…ユウノの隣でその様子を眺めている。

 メイとユウノ、従姉妹同士だからか顔立ちや雰囲気は似ているのだが、こうやって見ると結構違いを感じる。

 そんなことを思いながらセイガがふたりの様子を見ていると、ふとメイと視線が合った。

「……」

 何か言いたそうだったが、声の出ないメイ。

「気に入ったものはあったかい?」

「ううん、特には…」

「これなんてどうでしょう♪」

 ユウノがメイの手を取る、そして銀色の腕輪をメイに着けた。

「うわぁ…♪」

 素朴な意匠を入れたもので、メイに似合っていた。

「うん、いいと思います」

 ユウノが嬉しそうに微笑む、自分ではなくメイに腕輪をつけたのは姉なりの心配りなのか、単純にメイのことが大事なのか…

「指輪や首飾りはもっと親密な相手に贈るべきだと思いますので…腕輪なら気分によって簡単に付け替えられますし…いいと思います…!」

 ユウノにしては、大分積極的に話したのだろう、恥ずかしくなったのかセイガの視線から逃げるように左を向く。

 さらりと右目を隠している黒髪が揺れた。

「ふふ…」

 コンプレックスがあるのかもしれないが、実際装着してみると嬉しいらしく、メイは腕輪を着けた右手を空に透かせるように動かす。

「そうだ、今度はメイがユウノに似合いそうな腕輪を見繕ってみるのはどうだろう?」

 セイガが提案する、その方が今回の目的としても有益だからだ。

「…ボクが?」

 キョトンとした表情のメイ、それを見たユウノが嬉しそうに微笑んだ。

「私も…それがいいと思います」

 そして左手を差し出す。

「あんまり…期待しないでね?」

 メイが店の方を向き、思案を重ねる。

 そうこうしていると、中年の店主が様子を見に来たが、状況を察したのか、無言で商品の掃除を始めた。

「う~~~ん…」

 メイの表情はとても真剣だ。

 ひとつひとつ、腕輪を手にとっては形を確認する。

 2分ほど、そんな作業が続き…

「…これ!」

 ひとつの腕輪を取り、ユウノの左手に着けてみる。

 それは金色で綺麗な花の意匠を凝らした品物だった。

「ふふ…ありがとう、とてもいい品だわ♪」

 ユウノもとても満足そうだ。

「それじゃあ、このふたつにしようか」

 セイガがふたりの腕輪を受け取る、これでひとまず、目的は達成だ。

「ふたつでこれだけになります」

 店主が現れ、額窓で金額を提示する。

「そういえば…こっちの銀色の腕輪は何をモチーフにしてるの?」

 メイが気になっていたことを尋ねる。

「これかい?確か…『風』だね」

 言われてみると、銀の腕輪に流れる紋は風の流れにも見える。

「そっかぁ…」

「折角、お互いに相手を想って選んだのに…他の方のプレゼントになってしまうのは少しだけ…寂しいですね」

 ユウノの声にメイも頷く。

「そだね……!、だったらレイチェル先生たちへのプレゼントはまた別に選ぶとして、これはボク達で買う?」

「あ!? いやそれは大丈夫!」

 セイガが慌ててメイを止める。

「…どうして?」

「ええと…メイ達がお金を払わなくても大丈夫というか…」

 不思議顔のメイに、どう説明しようかセイガが迷っていると…

「泥棒だーーー!」

 広場の片隅から大きな声が上がった。


 通行人を払い飛ばしながら、男が路上を駆け逃げている。

 手には大きな皮の袋、どうやらその中身が盗品らしい。

 セイガはいち早く反応して、追いつこうと一旦、高さ4m程の人の行き交うその上に高速剣で移動した。

 視線の先には泥棒の姿、そして…

「止まりなさいっ!」

 そのさらに先に、少女の姿があった。

 年の頃は12、3歳くらい、フリルの沢山ついた可愛らしい黄色い衣装を身に着け、手には上部に宝石の付いたロッドを掲げている。

 青く長い髪はツインテールになっており、風もないのにふわふわと(なび)いていた。

「ああ!止まりなさいって言ったのに!」

 少女の呼びかけを当然無視して、泥棒は十字路の…セイガから見て右の道路へと転進する。

「待ちなさーい!」

 少女も十字路へと差し掛かる、それはセイガと同じタイミングだった。

 横目で見た少女はとても可愛らしいが、強い意志を感じる瞳を泥棒へと向け

「このわたくし…魔法少女リンちゃんが…サクッと倒して差し上げますわ☆」

 そう勝ち名乗りをあげると、呪文を唱えた。

「ホーネットファイアー!」

 ロッドを振り下ろすと、複数の球状の赤い炎が発生、泥棒の方へと発射された。

「危ない!」

 ここは街中、人通りも多い、強力な魔法は周囲に被害を与えてしまうだろう。

 しかし、炎の弾はまるで生きているかのように通行人を躱しながら、全てが狙い違わずに泥棒へと命中したのだ。

 赤く燃え上がり、泥棒が倒れる。

「…おい!」

 ようやくセイガが駆け寄り、男の安否を確認すると…想像よりダメージは少なく、単に気絶しているようだった。

「ちゃんと手加減は致しましたから、ノープロブレム、です☆」

 指を振りながら颯爽と少女が到着、そのまま泥棒に近付くと、魔法で縄を発生させて、逃げられないように縛り上げる。

「…凄いな」

 見事な手際だった。

 皮の袋も無事で、今は少女の手に持たれている。

「はぁ…はぁ……ありがとうございます!」

 盗まれた袋の持ち主らしい男が息を切らしながら到着、見ればそれを追ってきたのかメイとユウノもやって来た。

「セイガさんが…捕まえたの?」

 メイ達は顛末を見ていなかったのだろう。

「いや、俺じゃあなく」

「わたくし、ですわ☆」

「さすがはリンちゃんさんだ! 本当にありがとう御座います、お礼は…」

 どうやらここでは有名人らしい、周囲の街人も手を叩いて感謝している。

「結構です、わたくしは役目を果たしただけですから…それでは!」

 そう言うと、少女は大きく飛び上がり、去って行った。

 それを見送るように、拍手が続く中、セイガの手には、ひらひらと舞い落ちた可憐な黄色いリボンが残されていた。


「ちょっと、これを返してきます」

 メイとユウノにそう告げると、セイガも街の屋根の上へと瞬時に移動した。

 一応、こちらの場所が分かるように、額窓にこの周辺の地図と、自分の位置を表示したものを送っておく…けれども

「…あ、あのふたりで大丈夫だろうか……」

 ふたりとも方向オンチなのだ。

 アルランカではぐれそうになったから、セイガはあの後、都市部の地図を表示できるよう額窓を使いこなせるようになったのだが、フェルステン姉妹がそれを活用できるかはまた別問題だった。

「最悪、連絡を取ればいいか…」

 そう結論付けて、セイガは少女の気配を探る、あれだけ特殊な存在だったので、近くに居ればきっと分かる…

 はたして、少女は近くの路地裏にいた。

 用事は早く済ませようと、セイガもそこに向かう。

「あの…」

 日が十分に差し込まず、うっすらと暗い路地裏、目の前には少女の姿…

 なのだが、先程と違うのは青く長かった髪は肩に付くか付かないかくらいに縮み、派手な黄色い服装ではなく、黒いマントにシャツとズボン姿…

 どこかで見覚えがあった。

「あ! 秘書さん!?」

 セイガが大声を上げると、ぎょっとした表情で少女が振り返る。

「聖河さんっ …どうして?」

 そこにいたのは、学園長の秘書を勤めているリンディだった。


「びっくりしました、まさか秘書さんだったとは」

「ははは…こちらもまさかですよ、仕事中に聖河さんに遭遇しただけでもビックリなのに、変身を解いた姿まで見られるなんて…油断していました」

 セイガも、つい高速剣の移動のため、ほぼ無音で近付いていたのでデリカシーに欠けていたと反省した。

「すいませんでした…先程のアレは…変身だったのですね」

「はい、魔法少女の仕事は秘密というわけでは無いのですが、秘書の仕事とは別枠なのです」

 当然のようにリンディは返すが、セイガにはピンとこない。

「…ああ、聖河さんは魔法少女を知らない方でしたか」

「はい、それは職業のようなものですか?」

「定義は色々ありまして、わたくしの場合もかなり特殊なのですが、変身して魔法を使う少女の総称…みたいなものと考えてくださいませ」

「そうなんですね」

 どうやら、そんな世界もあるのだろうとセイガは思うことにした。

「とにかく…秘密では無いのですが、やはりちょっとだけ恥ずかしいので、秘書であるわたくしが魔法少女だということはお友達にはナイショにしてもらえると嬉しいです…」

 第一印象はクールそうに見えたリンディが、ノリノリで泥棒を捕まえたり、恥ずかしそうに懇願したりする姿を垣間見て、セイガは何かちょっとだけ嬉しかった。

「分かりました、内緒にしますよ」

「じゃあ、ゆびきり…しましょ?」

 リンディが右手の小指を差し出す。

 セイガもそれに応える……

「ふう、これで安心ですね」

 指切りを終えて、

「ウソついたら…ダメですからね?」

 歳相応にあどけなく笑うリンディ、本来は何歳なのかセイガはちょっとだけ気になったが、女性に歳を聞くのは失礼だと思ったので沈黙を守る。

「なんですか?にやにやして…ところで聖河さん達はどうして街へ?」

 間に耐えられずに、リンディが話題を変える。

「ああ、今はメイとユウノ…ふたりは従姉妹同士なのですが、予定の時間が来るまで街を案内したり買い物をしていたのです」

「そうなのですね、時間というのは?」

「実は今日はメイとユウノの歓迎会をオリゾンテで行うことになってて」

 そう、だから準備が整うまでセイガがメイ達を引き留めていたのだ。

「…それってもしかして、サプライズってことですか?」

 心なしかリンディの表情が硬い。

「はい♪…ああそうだっ もし良かったら秘書さんも参加しませんか? パーティーにはレイチェルさんとか沢山の友達も来ますし、ふたりも喜ぶと思います♪」

「あ~~…それは楽しそうですね」

「ええ、楽しいと思いますよ」

「あのですね…ごめんなさい、聖河さん後ろを向いて貰えます?」

「…え?」

 何も考えずに、セイガが振り向くと、そこには運よく地図通りにセイガの下へと辿り着けていたメイとユウノが立っていた。

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