第58話
今は何時だか分からないけれど…まずは栄養を摂って、早めに寝よう。
そうセイガは思っていた。
食堂の場所はもう、覚えているからあとはそこに向かうだけ…
大佐の部屋からでも、おそらくあちらの方向に行けば…
何を食べようか、きっと栄養のあるものがいいだろう…
あまり眠たくは無いのだが、ベッドに入ればすぐ寝てしまうだろう…
その前にシャワーくらいは…
「えい♪」
突然、セイガは背中から誰かに押されて、前につんのめった。
「うわっ?」
何とか右足を出して踏ん張る。
全くの不意打ちだった、気付いてなかった。
「…ユメカ?」
まさかユメカが後ろにいたなんて、普段のセイガなら気配を簡単に感じる筈だったのだが…それほど今のセイガは衰えていたのだろう。
ユメカは両サイドを三つ編みにしたおさげ姿で、髪先は水色のシュシュで纏めている。
白地に星が幾つかプリントされたTシャツの上に紺のビスチェ、赤いひらひらのロングスカートにサンダルを履き、小脇に麦わらで編んだバスケットを抱えていて、まるで今からどこかピクニックにでも出掛けて行きそうな雰囲気だった。
「やあセイガくん、今から晩ごはんかね?…うふふ♪」
わざと芝居掛かった調子でユメカが下からセイガを見上げる。
「ええと…」
元々思考力が低下していた上に、困惑が増したセイガはどう反応したらいいか分からないようだ。
「あのね?…よかったら私と一緒に食事をしない?実はちょっと特別な…ひみつの場所があったりするのだけど……どうかな?」
労わりを感じる上目遣い…それだけでセイガは条件反射のごとく頷いていた。
「うふふ、やったね♪ それじゃあ早速だけどそこに向かうとしますか…早くしないといい時間を逃しちゃうかもだもんね」
ユメカはそう言うと、ずんずん先へと歩いていく。
何が特別なのか分からないまま、セイガはユメカの後ろについていく。
10分ほど歩いただろうか、感覚としてはどんどん上に向かっているのだが…
目の前には通路の突き当り、壁に掛かる簡易な構造の鉄の梯子と、その上の何処かへ続く丸い扉が待っていた。
「ふふ…私はスカートだから、セイガが先に登ってください♪」
お尻を隠すようにスカートに手を回すユメカに勧められて、セイガが手と足を同時に梯子へと伸ばす。
梯子を登るなんていつぶりだろう…重力を感じながら上を目指す。
扉のロックを回して、上へと持ち上げる。
思ったよりは軽く、扉は開いた。
…
それは、世界の全てを映したような場所だった。
セイガは地下基地の頂上、ちょっとした広さの上に立つ。
もう、日が沈もうとしていた。
視界の全てが沢山の雲と空、どこまでも広がる海で満たされる。
夕陽を浴びて、それらは得も言われぬ色彩を見せていた。
「うわぁぁぁ♪ すっごい綺麗な景色!」
いつの間にか登っていたユメカが、大きな声を上げながら両手を空に向けていた。
「…ああ」
セイガは、なんと言ったらいいか分からなかった。
けれど、自分の心から、固い何かが溶けていくような感覚がする…
「私、夕暮れは寂しくなるから少し苦手なコトもあるんだけど…この雲の独特な色合いって素敵だよね……赤?オレンジ?……夕雲色」
空に掛かる雲は大小様々、底に影を落としながらも同時に上部には明るい…
夕雲色に染まっている。
「世界は……こんなにも美しかったんだ」
ここ最近のセイガには、空を見て感動する余裕などなかった。
「そうだね…日常の風景の中にも、こんな素晴らしい光景が待っている…それって…とても幸せなコトだと私は思う」
ここがどこなのかは分からなかったが、絶海の孤島に地下基地はあったのだ。
空と海と風と、それだけがふたりを包んでいる。
「サラさんに教えて貰ったんだけど、風も思ったより強くないから休憩するには絶好の場所なんだって♪…どうかな、少しは心…休まったかな?」
(ああそうか…それでユメカは俺を食事に誘ってくれたのか)
セイガは熱く込みあげるものを感じたが、我慢して口を結ぶ。
「ふふ…それじゃあ晩ごはんにしよっか、食堂から特製サンドイッチを貰ったんだよねぇ♪ はい、どうぞ」
ユメカがバスケットからふたり分のサンドイッチの入った袋と、缶の紅茶を差し出す。
それからレジャーシートを床に広げて、靴と自分の体を重し代わりにしてから、麦わら帽子を取り出して、ふわりと被った。
準備は万端、である。
「…ありがとう」
「どういたしまして♪ 早く食べよ、もうおなかがペコペコだよぅ」
「ははは、そうだな」
考えてみれば、セイガは朝食を摂ってから今まで何も食べていなかった。
安心が広がると共に、体も食欲を取り戻したようだった。
「セイガは何が好き?私は食事とは言いにくいけれどフルーツサンドが一番好きかなぁ♪」
広げられた袋の中には、色とりどりのサンドイッチが綺麗に並べられている。
「俺は…この前食べた…ああコレ、ツナマヨネーズが美味しかったよ」
話しながら一切れ頂く。
「ツナマヨか! コレもイイよねっ♪」
ユメカもツナマヨを手に取り、大きく頬張った。
『ん~~~~♪』
ふたりの満足の気持ちが重なる。
セイガは、それだけで…自分が強くなろうと思っていた意味を実感するのだった。




