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【第2節】その果てを知らず   作者: 中樹 冬弥
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第57話

 訓練3日目

 この日は木板を張り巡らせた正方形の舞台、周りは竹林という…

 和を思わせる場所での訓練だった。

「今日は、この床から落ちてもその時点で負けだ…これならばお前にも勝機が見えるんじゃあないか?」

 確かに、上手く隙をつけば大佐を落とせるかもしれない。

「でも、別に私は勝ちたいわけではないから…」

 セイガは勝敗をあまり気にしていなかった。

「趣向を変えるのも意外と大事だぞ、それに…戦うならば勝つつもりで挑め」

 大佐の眼の色が変わる…確かにこれは訓練ではあるが、大佐は本気で勝負をしてくれているのだ。

「そうですね…だったら……今日は勝ちます!」

「いい返事だ、折角ならもっと緊張感を持たせてみるか?」

 大佐の声に合わせて、竹が生えていた場所は大きく鋭い鉄の棘が無数に生える針地獄と化していた。

 落ちたら串刺しになるだろう…

「ええとこれは…なにやら別の意味で怖いですね…これも恐怖を超えるためには必要でしょうか…」

 セイガの背筋で、ぞわりと嫌な感触がした。

「ははは、これは俺の望む恐怖とは違うな。流石に風情が無いから元に戻そう」

 再び、戦場は静かな竹林へと変わる。

「準備はいいか?」

 大佐が目を細める。

「あ、その前にひとつだけ…大佐が戦っている時に感じる気迫…殺気とは違うと思うのですがアレはなんですか?」

 セイガが初日から気になっていたところだった。

「む? …これか?」

 あの、鋭い破壊の衝動がセイガに浴びせ掛かる。

「それ、です」

 セイガの返事を聞いてから大佐は元の雰囲気に戻る。

「そうだな…これは単なる俺の気構え…なのだが竜術で言う所では闘気…と表現するべきか…相手を射竦(いすく)める効果もあるな」

 ある程度予想はしていたが、やはりセイガを威圧するためのものだった。

「条件反射というか、この気をくらうと恐怖が襲い掛かる、だろう?」

「そうですね…正直、まだ怖いです」

「だろうな、本来は相手に気取られるのは戦闘時には不利なのだが、今回は俺の闘気を受けても平常心で居られるくらいには…なって貰いたいものだな」

 大佐が腕を鳴らす、今日も…恐怖と戦う時間が…来た。

 

 分かっているつもりと、実感は違う。

 どうにか、心を落ち着かせることが出来たと思っていたセイガだったが、訓練がはじまると大佐の圧倒的な強さという恐怖の前に心も体も悲鳴を上げていた。

「どうした…動かなければ助かるとでも、思っているのか?」

 大佐の鋭い声と気迫がセイガを(さいな)む。

 すぐ後ろは舞台の端、すでに追い詰められ為す術もない、このままがむしゃらに前に出ても殺されるだけだろう。

 考えないことも時には大事だが…

 セイガの心の隙間を見ているかの如く、大佐の両手が襲い掛かる。

 セイガは大佐の右手首を叩き落とすようにアンファングを振る。

「ほう」

 その勢いのまま大佐の首元へと飛び上がり、斬ろうとするが…

『!!』

 大佐のひと睨み、ただそれだけで念動が発揮され、セイガは両腕で顔を覆ったまま舞台の外、竹林へと弾き飛ばされた。

「これで俺の15勝目か、さあ!さっさと上がって来い」

 大佐の厳しい言葉が頭を揺する、ふらふらとよろけながら舞台へとセイガが戻るが…体が鉛のように重い。

 今日はまだ一度も回復魔法を受けていない。

 場外負けが多いから、肉体に過度なダメージは無いとはいえ、毎回全力で切り込むからスタミナは…ほぼ尽きていた。

「っ……行きます!」

 再び大佐と対峙する。

 …やはり、怖い。

 このまま全て諦めて、泣き崩れてしまったらどれだけ楽なことだろう。

 アンファングを握りしめながら、セイガは唇を強く結ぶ。

 狼牙は本来、大きな敵や間合いの広い相手を想定して作った刀なのだが、刃渡りが長すぎて大佐に内に入られた時に対応できないので、アンファングを途中から使うようになっていた。

「高速剣!……」

 敢えて何を出すかは小声で、交差してからでは読み合いが出来ないから先にこちらから仕掛けているのだ。

「…」

 そんなセイガの策は無駄とばかりに大佐が牙を見せる。

 その瞬間、大佐のいる場所に空隙を縫うような一撃が発生した。

 高速剣『 空刃(うつは) 』である。

 今までは扱えなかった技だったのだが、この数日で再び使えるようになったのだ。

「やった!?」

 大佐の肩から血が流れる…しかし本来なら体躯の中心を切り裂くつもりだったので…恐らく反応されたのだ。

「面白い技だな…お返しだ、躱して見せろ」

 大佐が両手を突き出す。

(何か…来る!)

 セイガもその一瞬を覚り、高速剣の移動で逃げようとする。

 しかし

(空間が…収縮している?)

 その効果でセイガの力が発揮できない、さらにセイガを中心とした念動による爆発が起き…

 爆発と収縮、その両方のダメージがセイガに(もたら)された。


「…俺……は?」

 セイガが目を覚ますと、そこは見慣れぬ部屋のベッドの上だった。

「おう、起きたか?」

 横を向くと大佐が胡坐姿で木の床に置かれた書類を見ている。

 大きな指先で小さな書類を弄る様はどことなく滑稽だった。

 セイガは意識がハッキリとし始めて、ベッドが通常の人間用と比べて圧倒的に面積が広いことにも気付く。

 どうやらここは大佐の部屋なのだろう。

 かなり広い空間、基地の中だというのに、内壁も床も木材を使用していて、壁と天井には幾つかの火のランプ、調度品も素朴で何処か温かい雰囲気がする。

「俺は…生きているのですね」

 そう、最後に受けた攻撃…あれはとんでもないものだった。

 さすがのセイガも死を覚悟するくらい…

「どうにかな、流石に俺一人でも荷が重かったんで術次長にも手伝って貰ったよ」

 確かに、体には傷ひとつない…あれだけのものを喰らっても治せるなんて…やはりワールドは凄い所だとセイガは改めて思った。

「あの技は…なんですか?」

「あれは『爆縮』、念爆と空間圧縮を同時に行う…単体攻撃としては最大級の技で竜術の中でも奥義に近いものだ」

 聞いてみて、改めて自分の身に起きた状況に悪寒が走る。

「空刃とタイプが似ているからつい使ってしまったが…避け切れんかったな」

「空間にも作用してましたから、逃げられませんよ」

 仰向けのまま、薄く笑う。

「俺が空刃の直撃を受けなかったように、発動前に逃げていれば良かったんだよ」

「それでも逃げたらまたそこに撃てますよね」

 高速剣『空刃』もそうだから、セイガにも分かる。

「だからギリギリまで逃げないのさ、俺も少しだけ傷を受けただろう…それくらい際どいタイミングでなら…躱せたさ」

 大佐の言う通りではあるが、それを実際に可能とするのは只事ではない。

「今日は流石にこれ以上はもう無理だろうから、訓練はここまでだ、自分の部屋に戻れるか?」

 大佐が再び書類に目を通す。

「そう…ですね。今日もありがとう…ございました」

 起き上がると、床に降り立つ…しかし体が言うことをきかず転んでしまう。

「…あれ?」

 足だけじゃない、手も震えている…

(そうか…体が悲鳴を上げているのか……)

 それでもようやく立ち上がると、セイガは一礼して部屋を出て行った。


(…随分と、彼を買っているのですね)

 ひとりになった大佐に、魔力の込められた思念が届く。

「術次長か……全力で訓練してやると言ったからな」

(それにしても爆縮はやり過ぎですわ、アレをまともに受けて死なない人間なんてこのワールドでも数えるほどしかいないですよ)

「だが、セイガは死ななかった…ほぼ死にかけではあったがな」

(彼は何者なのでしょう?ヤミホムラの件は『W真価』のお陰だと認識できるのですが、深淵の力とも違う、何か特別な力が彼には存在する気がします)

「術次長でも分からないか?」

(残念ながら、あたしでも分からない以上、魔法によるものでは無いでしょう)

「ふむ」

(ただ、彼自身にはかなりの魔法の素養が備わっているようです)

「ほう、剣士なのに魔法か…それはなおさら楽しみだな」

(…あと4日で、モノになりますか?)

「どうだろうな? 今のままではダメだろうな…せめて何か大きなきっかけがあればいいのだが…」

(…何か……あるといいですわね)

「そうだな、今日は助かったよ…感謝する」

(いえ、あたしを頼ってくれて嬉しかったですわ……大佐?)

「何だ?」

(お礼に今度食事にでも…っ…?)

「どうした?」

(いえ、何でもないです…それでは失礼します)

「ご苦労様」

 それきり、サラからの思念が消える。

 大佐は軽く首を鳴らすと承認する必要のある書類に向かった。

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