第56話
セイガは地下基地にある自室のベッドで横になっていた。
この部屋は訓練のために特別に割り当てられたものだ。
午前中、昨日と同じように大佐と戦い…一方的に痛めつけられ今は休憩時間、これも鍛錬とばかりに半ば無理矢理ごはんを腹に入れ、残った時間をここでひとり休むことにしたわけだが…
「…悔しい」
口から捻り出す言葉。
こんな風ではいけない、恐怖を乗り越えるため、もっと強くなるために自分から志願して大佐に時間を貰ったというのに…
今のセイガの心は張り裂けてしまいそうだった。
不意にベッドから飛び起きて、周囲を警戒しながら睨む。
焦燥と怒りと恐怖が制御できない。
「くそっ!」
力を込めて部屋の壁に拳をぶつける。
デズモスの施設だけあって、セイガの渾身の力でも壁に傷は出来ず、音も抑えられていた。
痛みがズキズキとセイガを蝕む。
自分にあたることによって少しだけ、心が治まるのを感じるが…
いつものように前向きにはなれない、勝てないというのなら、もっと考えて、もっと頑張って、もっと精神を集中して、強くならねばならない。
頭では分かっていても、心と体は動いてくれなかった。
「もう…時間か」
諦め交じりに呟く、部屋を出ようとする足取りが重い。
ハリュウは今頃、話にあった任務に出たのだろうか?
ユメカは昨日は地下基地にいたけれど…今日はどうなんだろう?
メイとユウノは…
「どうか、心安らかにしていて欲しいな…俺のようにならずに」
ゆっくりし過ぎたのでもう時間が無い…
心の澱を振り払うようにセイガは走った。
「ふむ、ちゃんとここまで来れたようだな」
特別訓練室に、既に大佐は来ていた。
「…今は正直、これ以上戦えない気も…しますけどね」
自嘲するセイガ…弱音を吐く自分が滑稽で口元が歪む。
「昨日よりは成長したさ、ごまかさずに、思考を止めずに自分の弱さを理解している…自信を持てセイガ、お前はまだ立っている」
天井を見上げる大佐、それと同時に部屋は色を変え、灼熱の沙漠の真ん中にふたりは立っていた。
「午後は少し趣向を変えてここで戦おう」
大きな翼がはためき、大佐は両手を組みながら雲一つない空へ浮かび上がる。
見下ろすと共に、凶悪な気迫…いつものアレだ…そいつがセイガに向く。
暑い、けれどそれだけじゃない、汗が流れる。
ここで死ぬかも知れない…けれど
「おおおおおお!」
セイガは大空へと咆哮した。
それから数時間後。
ぐしゃりと、またセイガは沙漠の砂の上に倒れた。
「立て、まだ終わりじゃあ無いぞ」
大佐が右手を閉じる、と同時にセイガを中心とした半径2m程の地面が音を立ててめり込む、それはまるで巨大な岩が落とされたかのような衝撃だ。
これは念動という大佐の技で、自分の思うように力場を発生させるものだ。
大佐ほどの術者ならば、軽く念じただけで爆弾を破裂させるほどの大きな力を発揮できる。
「ぐはっ!」
セイガの悲鳴が広大な沙漠に落ちる。
上で滞空しながら、大佐はそれをただ見つめる。
「!」
瞬間、セイガは大佐の背後まで高速剣で移動して、斬りかかる。
「なかなかいい手だ」
セイガの剣、アンファングが大佐を捉えようとしたその一瞬、大佐は余裕の声と合わせて裏拳をセイガに浴びせた。
セイガは勢いよく大地に飛ばされる。
さらに地面に着くタイミングで前方に大佐が瞬時に回り込み、強烈な一撃をセイガに喰らわせる。
両方から叩き潰されるようになったセイガはボロ雑巾のようになりながら砂の上を転がっていった。
瞬動、これも大佐の得意技、竜術のひとつでその移動速度は音速を遙かに超える。
ちなみにハリュウの瞬動はこの大佐の技を見よう見まねで再現したものだ。
「うむ、今の攻撃は悪くは無かった…だが背後を取ればいいってものじゃあないぞ、攻撃する側も相手の動きが見ずらいからな」
沙漠に立つ大佐がセイガに回復魔法を掛けながら説明する。
午後の訓練はずっとこんな感じで進んでいた。
今日は両手だけではなく、念動による攻撃も追加されたため、昨日以上に太刀打ちできない状況だったが…セイガは諦めずに立ち向かっていた。
「はぁっ…はぁ……」
回復魔法により、傷は治り、疲労も緩和し力を出すこともできるが…
あの痛みや苦しみは心に残っていたので、変な感じだ。
手が自然に震えてしまう。
「どうする?もう一戦…するか?」
大佐が首を曲げながら聞いてくる、本当なら一刻も早く、この地獄から開放されたい…
「はい…お願い、します」
しかしセイガは、そう答えた。
「そうか、でも悪いが今日はここまでだ、何か聞きたいことはあるか?」
大佐はそう言うと戦闘態勢を解く。
因みに訓練中は、大佐もセイガを「敵」と認識しているからか質問は一切受け付けなかった。
「ええと……大佐はどうしてそんなに速いのですか?俺も自分の技や動きの速さには自信があった方なのですが…大佐には全く通用しない」
今まで、動きの速い強敵としてはベルクやアルザスがいた。
どちらもかなりの速度だったが、セイガはある程度は対応してきたつもりだ。
そしてそれを見る目も鍛えてきた。
しかし、大佐の攻撃はそれよりも速く、知覚すら出来ない。
「う~ん…実は俺の攻撃はお前が思っているほど速くは無いんだよ」
大佐のこの答えは意外だった。
「そう…なのですか?」
「そうだな、お前も自負していたが…セイガ、確かにお前の動きは速い、それに勘や予測もあるだろうが反応速度もいい方だな」
「…ありがとうございます」
大佐に褒められるのは素直に嬉しかった。
「だからアルザスみたいな相手には相性がいいんだろうな、お互い高度に読み合うが…最後にお前が読み勝つ可能性が高い、ヤミホムラみたいに速さよりも圧倒的な範囲攻撃をする相手に対しても予測していればどうにか躱せるだろう」
「そうですね…それで何とかやって来た気がします」
大佐が口を大きく開ける。
「だから俺はお前の動きと読みを崩すことにした、読み合いをするんじゃなくて毎回速度とタイミングを変えて慣れさせないようにしつつ、考える暇を与えずにしてたんだよ…お前が速いと錯覚するくらいにな…どうだ、分かるか?」
言われて初めて、セイガにも分かることがあった。
「確かに…俺は最初から大佐に飲まれていたのかも…ですね」
「本当の意味で、圧倒的な速さを見せることも出来るぜ」
「…え?」
大佐の姿が見えない、というかこれは…
「ま、いつでも最高速を出せばいいってものじゃあ無いってことだ」
セイガの目の前に大佐がいた、どうやら…とんでもなく遠いところから移動してきたようだ。
大佐が戻って来たことにより、特別訓練室が元の灰色の壁に戻っている。
「あの…最後にもうひとつ…いいですか?」
セイガが見上げながら尋ねる。
「ああ、構わないぜ」
「さっき、アルザスやヤミホムラの話をしましたが、ベルクは…どうですか?俺とベルクの相性というか、勝つ方法はあると思いますか?」
闘志を奮い立たせる、この訓練の過酷さで忘れそうになるが今の目標はスターブレイカーの名に負けない程強くなること、そしてベルクを上回って、メイとの関係を解決すること…なのだ。
「今現在、お前はベルクと同じ土俵にいない…やつの絶対系の技に対抗する手段を持っていないからだ」
「…」
そうだ、それがまず問題だった。
「だからまずはその武器を手に入れることからだな、そうしたら自分の戦い方が見えてくるはずだ…ちなみに俺は絶対系は搦め手みたいな感じがするからあまり好きでは無いんだよ、だからこれ以上そちらのアドバイスは期待するな」
そう言うと、大佐がくすりと笑った。
「はは…大佐はその存在自体が絶対系みたいですけれどね」
セイガもようやく、少しだけ笑える気がした。
「明日はまた苦しい苦しい訓練だ、今夜は飯をたらふく食って、ゆっくり休むこった、そうすればいい考えも浮かぶかも知れねえし♪」
背中を向けて、今日も大佐は去って行った。
でも、今日はちょっとだけ、頑張っていた自分を褒めておきたい、そんな気持ちのセイガだった。




