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【第2節】その果てを知らず   作者: 中樹 冬弥
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第55話

「いやあ、儂が客を驚かせるのはしょっちゅうなのじゃが、儂が驚かされるとはこりゃなかなかなシチュエーションじゃのう♪」

 改めてメイ達ふたりを客間に通し、店主である上野下野は温かいお茶を出した。

「ごめんなさい」

「本当にすいませんでした」

 ふたりは炬燵に所在無げな様子で入っている、湯呑をそれぞれ手に取ると申し訳なさそうに口をつけた。

「…あ、あったかくておいしい♪」

 ほぅと、メイがため息をつく、日本茶は一時期お手伝いをしていた食堂、月山亭でも出していたが、これはそれより高級な茶葉を使っているのか、とてもいい香りと味がした。

 縁側では、先程の猫が店主から貰ったカリカリのキャットフードを早めの昼飯とばかりにかつかつと食べている。

「おふたりとも、猫は好きかい?」

 うっとりとした表情で猫の様子を見守るふたりに店主が問い掛ける。

「うん、猫も犬も大好きだよ♪」

 花咲く笑みのメイに

「はい、里では犬も猫もたくさん居ましたので…とても落ち着きます」

 ユウノが落ち着いた口調で続く。

 ふたりとも、故郷の山里での暮らしを思い出したのか、少しだけ、切なそうな表情となった。

「そうか、儂も猫が好きじゃ…猫は人に優しい。それと犬もええのぅ、犬は人に対して純粋じゃ。どちらも良くて、どちらも可愛い」

 店主は炬燵に入ると、胡坐(あぐら)をかいた。

 そろそろ炬燵のいらない季節になるが、店主は無類の炬燵好きなのでもっと暑くなるまで仕舞うことはないだろう。

「大レース以来じゃのぅ…今日はうちで何か欲しいものがあるのかの?」

 メイとはあまり話す機会がなかったのだが、大レースの時、ユウノとは一緒に観戦していたので、ユウノのメイ自慢も含めて店主にとって、ふたりのことは親戚の子供のように感じていた。

 まあ、店主は前の世界では天使だったので家族も親類もいないのだが…

「そうではないです…ええと…ユメカさんの頼みで、…ぷりん?」

「プリンタ、修理の終わったプリンタをボク達は取りに来たんだ♪」

 ユウノはあまり事情に詳しくなかったのでメイが改めて説明する。

 二日前、とある件で久しぶりにプリンタを使おうとしたユメカだったのだが、電源を入れても変な挙動ばかりで上手く印刷をすることが出来なかったのだ。

「あの時のゆーちゃんの慌てっぷり…すごかったね…くすくす」

 壊れたのが夜中だったのもありユメカは相当テンパっていた。

「…あまり悪く言うものではないですよ…私も機械は苦手です」

「だよね、ボクもあーゆーのは分かんないもん…」

 仕方ないので昨日の朝、ユメカは愛車のカエル3号を飛ばして楽多堂に駆け込んだのだ。

「本当は今日の打ち合わせに間に合わせたかったんじゃろ?」

「うん、でもそれはもう諦めたって言ってた…なんでも相手の人は紙の資料じゃないと嫌だっていうんだって?ゆーちゃんが珍しく愚痴をこぼしてたんだ」

 ユメカの今日の打ち合わせ相手は、作曲家の人だった。

 あまりこのワールドで有名な人では無いのだが、偶然ユメカがその曲を聴いて惚れこんだそうで、今回ユメカの新曲作りに協力して貰うつもりなのだ。

「ほう、ユメカさんが愚痴とは珍しいのぅ」

「うん、どうやら凄く気難しい人らしいよ?」

「ほうほう…」

「でも、その彼の作曲はとても素晴らしいそうですわ」

 ユウノがフォローを入れる。

「ほうほうほう……彼?もしかして作曲家ってのは男性なのかい?」

「そうだよ?今日はその人の家で今後の話をするんだって言ってた」

 店主の表情が一瞬で曇る。

「なんと!?ユメカさんが男の家で今後の話じゃとぉ?なんとけしからん、や、仕事だから仕方なしなのじゃが…う~む」

 なにやら良くない想像をしているらしい。

「ゆーちゃんだったら大丈夫じゃないかなぁ?」

「確かにユメカさんは非常に貞淑な女性じゃ…しかしあのユメカさんの魅力に男の方が参って暴挙に出ないと言い切れようか?いやない!」

 激昂する店主を見ながら女性陣はやや呆れつつ…

「でも、そんな風にもなるのかなぁ…」

 メイが気持ちが零れるように呟いた。

「おや?何か想うところがありそうな物言いじゃの…おふたりにもどなたか気になる御仁でもおるのかのう?」

「そんな人、いないよっ?」

 メイはハッキリと否定する…が

「…私も…意中の殿方などは……あぅ」

 ユウノが顔を真っ赤にしながら頬に手を当て俯いてしまう。

 どう見ても怪しい、というか確実に誰か意中の人がいる仕草だ。

 つい店主とメイはユウノをじいっと見つめてしまう。

「恥ずかしい…です」

 メイには意外だった。

 ユウノは里一番の器量良しという存在で周りの男性から、かなり多くのお誘いがあったのだが…照れながらもそれらを全て断っていた。

 メイは恋愛がよく分からないが、ユウノは恋愛が怖いのだと、以前ユウノからこっそり告白されていたので、今もきっとそうなのだと思っていた。

 そんなユウノが、恋する日がくるなんて…それならばきっと

「そいつはもしかして…?」

 店主が渾身のウインクを飛ばす。

 こんな口調だが上野下野は容姿だけならば、かなりの美形である。

 しかし、ユウノは無言…

「…まあ、想像はある程度つくがのう……」

 店主の言葉にメイも頷く、多分…そうなのだろう。

「自分でも、この感情がなんなのか分からないんです、どうしていいか…何が欲しいのか……熱い衝動が止まらなくて」

 一瞬、ユウノの瞳が虚ろになる。

「…愛いのう」

「ユウノ姉…だいじょうぶだよ、きっとユウノ姉なら…」

 メイの言葉にユウノが振り向く、優しい…いつもの表情だ。

「ううん…今はこのままで、このままがいいの。ようやくメイにまた会えたのですもの…それが一番嬉しい」

「ボクも、ユウノ姉に再会できてよかったよ」

 ユウノの両手をメイが掴む、ユウノの手はひんやりと心地よかった。

「嗚呼、麗しき姉妹愛じゃのう…ええものを見せて貰ったわい」

 何故か立ち上がり、天を仰ぎながら拍手をする店主。

「しかし話は変わるがの、今現在…実はセイガが大変な目に合ってるんじゃ…アレは下手をしたら死ぬかも知れん…そんな状況じゃ」

 全然話の流れが変わってないのだが、店主がセイガの現状を告げる。

「えっ!?」

 これには意外と本当の気持ちを隠すのが上手いメイも大きく驚く。

「どういうコトなの?、ねえ上野下野さん!」

「教えてくださいませ!」

 ユウノの顔色も一気に青ざめる、そんなふたりに店主はこっそり仕入れたセイガの話、大佐からの過酷な訓練の話をした。

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