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【第2節】その果てを知らず   作者: 中樹 冬弥
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第53話

「さて、俺なりに色々考えてみたのだが…俺はセイガ、お前に『恐怖』を教えようと思う」 

 それが大佐の第一声だった。

「恐怖…ですか」

「そうだ、お前の利点はどんなに強い相手であろうとけして諦めないし、恐怖で力が出せなくなることがないという所だ」

「そうなのでしょうか?」

 セイガ自身はピンと来ていない風だ。

「ま、そうかもな」

 ハリュウの方は思うところがあるらしい。

「だが、単に恐怖を知らないのと、恐怖を知りながらもそれを乗り越えられるのとは大きく違う…俺の推測だがセイガ、お前はある意味特別製なのさ、だから恐怖の存在は知っていても本当の意味での恐怖を感じたことが無いのだろう」

 言われてみると、セイガにも少し分かる気がした…

 怖いけど怖くないというか、意外と平気なのだ。

「それは危険だ、何故なら死んで初めて自分の行いを知ることになるのだからな」

「そうですね…自分が本当は危ないのに気付けないなんて…そうなのか……」

 このワールドに来て、まだ自分でも自分のことが分からない、なんて事例が沢山あったが、これはその中でも飛びきり問題があると改めて感じたのだった。

「とはいえ…恐怖を教える…この方法は正直に言えばいい方法ではない、何故なら強烈な恐怖は心に傷を与える…一生立ち直れない程の傷になる場合だってある」

「そうっすよ、流石にそれは危険すぎますって!」

 ハリュウが慌てている。

「時間があれば少しずつ、心と体を鍛えていけばいいんだがな…今のセイガには時間が無い、俺もそこまで付き合ってやることが出来ない」

 大佐も迷っている。

「でも!大佐のやり方は荒療治だ…オレは反対です」

 ハリュウが大佐に反対するなんて…とても珍しいことなのだが、流石にセイガはそこまでふたりを見ていた訳ではない。

「決めるのはセイガだ、俺が今回…お前に訓練をつけてやれるのはたった7日間、さっき言ったのがプランAだとするならば、恐怖のことは抜きにして時間いっぱい訓練し続けるプランBもあるわけだが…どちらにする?」

 だから

「承知しました、プランAでお願いします」

 そう告げた、覚悟はもう、決めていたから…

「馬鹿野郎!セイガ自分が何言ってるのか分かってんのか? 大佐はお前を殺す気で戦うって言ってんだぞ!?」

 ハリュウが激しくセイガの肩を掴む。

「分かっている…つもりだ」

「だったら!」

 セイガがハリュウの手を優しく払って大佐を見上げる。

「それでも気付いてしまったんだ、今のままの自分じゃダメだと」

「ダメじゃない!単に時間が掛かるか掛かんないかの差だ」

「違う、そうじゃないんだ…俺はメイと一緒に戦うと約束した……メイにとってベルクは親の仇でもあるが…大切だった神だ、その圧倒的な強さも俺達の中で一番痛感していただろう…それなのに、そんな強大な恐怖を抱えたまま…メイはそれでもベルクと戦ったんだよ」

 メイが覚悟を決めた理由…それはあの時傍にいたハリュウの方が知っているのだが…おそらく熱心に自分を助けてくれる仲間…特にセイガがいたからだ。

 セイガはそれに気づいていない。

「だから俺が本当の意味でメイを助けたいのならば、きっと今のままじゃあダメなんだよ…」

「セイガ…」

 真実を告げると、多分メイに怒られると思ったのでハリュウはそれは言わないようにした…かわりに

「ホント馬鹿野郎だな、わぁったよ、オレもセイガが潰されないよう一緒に戦ってやんよ!」

 そう言って後ろから大きくセイガの背中を叩いた。

「ハリュウ…ありがとう」

「あ、主役(ハリュウ)は参加禁止な☆」

「は?…え?」

 大佐が申し訳なさそうに角の部分を擦る。

「お前明日からデズモスの任務だろうが…そんな時にふたりも再起不能になっていたら困るだろう?」

「やっぱり再起不能にする気満々じゃないっすか!」

「当たり前だ、やるからには本気で殺る、じゃないと恐怖など教えられない」

 こころなしか、大佐は胸を張っているようにも見えた。

「やっぱり鬼だこの竜人、セイガやはりここは逃げっ」

「これ以上は訓練の邪魔だ、さっさと明日の準備でもして来い!」

 大佐の言葉と共にハリュウは消えていた。


 正しくはこの特別訓練室からハリュウの気配が無くなった。

 同時に特別訓練室の様子も変化している。

「これは…」

「ここは特別訓練室、俺が本気を出してもいいように特別に作られた場所だ」

 ぱちりと大佐が器用に指を鳴らす、すると空間が一瞬で無限に広がり、周りの風景、地面も含めて高温多湿なジャングルに変わっていた。

「こんな風に様々な状況下での訓練も可能な上」

 続いて元の灰色の床に戻ったが、天井は遙か遠くに霞み、四方の壁も離れ、地下とは思えない広大な空間になっていた。

「空間を調整しているからかなり強力な攻撃でもびくともしないぞ」

 おそらく魔法や高度な技術を合わせたものなのだろう。

 やはりセイガの中では恐怖より、この部屋にワクワクする気持ちや、本気の大佐と戦えることへの高揚の方が強い。

「凄いですね…ここならば周りに迷惑も掛からないで全力を出せる」

「そういうことだ、それじゃあ今日の訓練だ」

 …

「はい」

 セイガは『剣』…狼牙を取り出し、構える。

 途端、強烈な気迫を感じた。

 大佐だ。

(これは…殺気!?いや違う)

 殺気ならば、不思議と体に染みついているようでセイガには感じることが出来た。

 しかし、大佐の気迫はそれとは別で…

(戦う意志が…圧倒的なんだ)

 下手に触れれば一瞬で崩壊してしまいそうな、純粋な破壊のイメージ。

 同時にそれは美しいと思えるほど研ぎ澄まされ、眼力と体全体から放たれている。

 セイガはその気迫に負けないよう、精神を集中させる。

「聖河・ラムル…参る!」

 掛け声と共に刀を前へ、まずは高速剣…

「!」

 刹那、セイガの刀の下から大佐の右手が突き上げられ、その鋭い爪と衝撃がセイガを撃ち抜いた。

 狼牙は手を離れ、セイガ自身は10m程飛ばされ壁に激しく叩き込まれる。

 壁には傷ひとつないが、セイガへのダメージは強大で、床に滑るように落ちた後も身動きが取れなかった。

「はぁ…はぁっ!」

 油断していたつもりはない、けれど殆ど不意打ちみたいな感じでまともに喰らってしまった。

 圧倒的に速いのか…それとも

「わざわざ休ませるつもりはないぞ」

 声に反応して咄嗟に出したアンファングで左右の『顎』を放つ、がそこには大佐の姿は無く、雷鳴の如く上から落とされた右手に捕まりセイガは激しく床へと叩き潰された。

「ぐはっ!」

(逃げないと!)

 高速剣の移動をかける、しかし移動後のセイガの背中にはまだ大佐の手が添えられたままだったため、即座に横壁へと抑え込まれた。

 ぐしゃりと嫌な音がする…息が…苦しい。

「まずはこんなものか…」

 セイガは雑に放り投げられた。

 一瞬、大佐と目が合う…そこには先程と同じ瞳…だが痛みと苦しみの中で見るそれは違った印象…をセイガに与えた。

 座り込むセイガ…しかし不意にその体が軽くなる。

「ほら、治してやったぞ、次だ」

 大佐が回復魔法を使ったのだ、これならまだ戦える…これは以前にレイチェル先生ともやった方法だ。

 短期間で修行するには適している。

 しかし…あの時と違うのは……

 セイガの心の中で「戦いたくない」という気持ちが生じていた。

 大佐と目を合わせたくない…

 唾を飲み喉が鳴る、体力は回復したのに、額に汗が流れる…

「どうした?来ないのか?」

 大佐の声がする、心臓を直接掴まれたような気分だ。

「うおおおおお!」

 セイガは大声を上げると大佐へと切りかかった。


 それから、どれくらい時間が経ったのか…セイガには認識できなかった。

 セイガは果敢に戦い続けたが、結局大佐に対して攻撃は全て通用しなかった。

 ただの一度もだ。

 大佐は5m以上の巨体だが、とんでもなく俊敏で、その両手から繰り出される攻撃はまるで2人の達人と戦っているかのように苛烈で変幻自在だった。

 しかも、本気とは言っていたが明らかに全力とは言えない。

 何故なら大佐は全て素手での攻撃しか行っていなかったのだ。

 これが実戦ならば、自分は何度死んでいただろう…

「さて、今日はここまでだな、何か聞きたいことはあるか?」

 大佐の優しい声がする、あの凄まじい気迫は消え失せ、金色の瞳からは労りの光が窺える。

「あの……いえ、特には無いです」

 気になる面はあったのだが、今は何も考えたくない…体は回復しているが、とても疲れた……早く休みたい。

「…そうか、それじゃあまた明日、会えるのを楽しみにしているぞ」

 大きな口をあけて欠伸をしてから、大佐が背中を向ける。

 …今なら、一撃を与えられるかも…そんな昏い考えがセイガに過る。

「止めておけ、そんなつまらない心根では俺は倒せんぞ」

 背中を向けたまま、大佐がセイガの心を見透かしたかのような声を掛ける。

 ダメだ、この人には勝てない。

 一人部屋に残されたセイガは、虚ろな瞳で自らの弱さを恨んだ。

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