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【第2節】その果てを知らず   作者: 中樹 冬弥
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第49話

 翌日、流石に長旅で疲れが溜まっていたのか、セイガはいつもより少しだけ遅くに目が覚めた。

 傍らには豪快にいびきをかいているハリュウの姿、昨夜は結局ハリュウと遅くまで酒を組み交わしながらアレコレと喋っていたのだ。

「今日は、朝の鍛錬をする余裕は…無さそうだな」

 この日は午前中にレイチェルの講義に出て、その後は訓練と報告を兼ねてデズモスの地下基地ホームに行く予定だ。

 本来なら大佐と訓練をする前に体を慣らしておきたかったが、仕方がない。

 セイガは頭を切り替えるとふたり分の朝食の用意をすることにした。


「おはよっ♪…あは、今日はハリュウも講義を受けに来たの?」

 学園の教室、最前列に座るセイガ達をみつけたユメカが手を振りながら近付く。

 この日はポニーテールに水色のパーカー、黒いパンツとまるでジョギングにでも行くかのような格好だ。

「おう、折角の美人先生の特別講義だぜ?、最前で拝まないときっと後悔するからなぁ…とはいえかなり眠いぜ」

「俺は…一応いつも前の方にしているだけなのだけれど…やはり今日は早く来て良かったよ」

 久しぶりの講義だからか、教室はいつも以上に多くの人で賑わっていた。

 ここは学園内では一番広い教室で、各段にアーチ状の長椅子が配置されているので詰めればかなりの人数が入れるだろう。

「そんなわけで、私も入れてね☆」

 ユメカがセイガとハリュウ、ふたりの間に入り込む。

 ユメカは小柄とはいえ、そこには元々充分な隙間が無かったので、お互いの体が触れ合ってしまう。

 セイガはユメカの果実のような柔らかさと、香りに胸が高鳴る。

「…ああ、そういえばメイ達は大丈夫…だったかな?」

 話題を作らないと冷静ではいられなさそうだったので、昨夜から気になっていたメイの話をする。

「うん、今はふたりでおるすばんしてるよ~、心が休まったのか少しだけ笑顔も増えたと思う…ふふ」

「そうか…それは良かった、あー…それからユメカは今窮屈ではないかな?」

 自分の体が強張っているのを自覚しつつセイガが尋ねた。

「え?…せまいと言えばせまいけど…大丈夫だよ? あはは」

「ああ、分かった」

 セイガはそれだけ確認すると前へと視線を伸ばした。

「?」

「あー、コイツ、ユメカさんがあまりに近いんで緊張してるんすよ」

「ハリュウ!?」

 ハリュウのからかいにまともに反応してしまう。

「うふふ…なるほど~…ゴメンねくっついちゃって、でも今日は混んでいるから仕方ないよね…それに私はイヤじゃないからセイガもあまり気にしないでね♪」

 ユメカの優しい気遣い、イヤでは無いのかと思うとさらに恥ずかしくなってセイガは赤面した。

「おやおや?気にしなくていいのにセイガは余計緊張しているように見えるなぁ」

「あはは」

 ふたりに笑われていたそのタイミングで、レイチェル先生が入って来た。

「皆さん、おはようございます」

 季節的に過ごしやすくなっていたので、今日の服装は白い半袖のシャツに黒いタイトスカートに白いタイツ姿だ。

 教室中の瞳がレイチェルに注がれる。

「今日はちょっと予定を変更しまして、特別講義を行いたいと思います♪少し難しい概念なのでこの講義を継続して受けている人でも理解しきれていない方も多いと思いますし、頑張って学習しましょう☆」

 その時、レイチェルの視線がセイガに向けられた。

 背後のモニターにひとつの言葉が表示される。

「絶対系…この言葉をちゃんと理解しているよって方はどれくらい、いるかな?」

 ぱらぱらと手を挙げる人の姿も見えるが、どちらかと言えば手を上げていない人の方が多い。

「わかんなくはないけど…ちゃんと理解って言われると難しいなぁ」

 ユメカも手を挙げていない、一方ハリュウは自信満々に手を挙げていた。

「ありがとうございます、手を降ろしていいですよ♪ 絶対系というのはこのワールドに於ける力の概念の一種ですね。用語として説明するならば…」

 レイチェルがモニターの一部を指し示す。


『ある特定条件下に於いて、絶対に効果を発揮する力のこと』


「『真価』や『固有能力』など様々な所でこの絶対系は存在します、ここで特筆すべきは絶対系はそうでないものに必ず勝つということです」

 ここに来て、セイガも気が付いた。

「例えば…この中に何か絶対系の『真価』を持っている方はいるかしら?」

 ざわざわとしながらも数名が挙手する。

「それではそちらの彼…起立して自分の絶対系の説明をしてもらっていいかしら」

 そこには中肉中背、見た目は30代ほどの男性がいた。

「はい…私の『真価』は…じゃんけんで必ず勝つことが出来ます」

「あら、それはとても興味深いですね♪ それでは前に来て私とじゃんけんをしてみましょう」

 ゆっくりと教壇前まで男は移動する、レイチェルと相対し、声を掛ける。

『じゃ~んけ~ん ほい』

 レイチェルがチョキ、男がグー、男の勝ちだ…それ自体は別に普通に見えた。

 しかし…10回連続、しかもあいこすら一度も起きず男が勝利した時、それは確かに『真価』による力だとセイガにも理解できた。

「このように、彼の『真価』はじゃんけんという限定した条件ですが、必ず勝利することができます。これが絶対系というものです」

 レイチェルが教室を見渡す。

「しかし、世の中には絶対は無い、という言葉もあるようにこの絶対系の能力も対処法があります。一番分かりやすいのは…そうね、同じく絶対系の能力で対抗する事ですね♪」

 その言葉と同時にレイチェルの気配が大きく膨らみ、周囲を何か強力な存在が支配する…彼女の絶対領域だ。

「私の『固有能力』、絶対領域は自分の領域内では自分の思うがままにほぼ何でも可能な力です、望めばじゃんけんに必ず勝つ事が可能です」

 そう言いながら常勝の男を見つめる。

「それでは、これでじゃんけんをしてみましょう……じゃ~んけん…」

 ふたりの間に緊張が走る。

『ほい!』

 レイチェルがチョキ、男は…パーだった。

「さて、この場合どうして私の方が勝ったのか…セイガ君、分かりますか?」

 セイガは急に自分が指されるとは思ってなかったので少し間を置く。

「ええと…『世界構成力』が、レイチェル先生の方が高いから…ですか?」

「大体正解ですね♪ 絶対系同士の場合、そのお互いの絶対系の能力+『世界構成力』の総合的な数値…これを効果値と呼びますがその値が大きい方が効果を発揮するのです」

 あの時、セイガが最後に出した魔性天切は絶対系だった。

 だから一瞬だけベルクの光にも負けなかった。

 しかしベルクが更に力を上げ、効果値を上げたから結局負けてしまったのだ。

「ありがとう♪、もう下がって大丈夫です」

 男が自分の席に戻る、心なしかその表情は明るい。

 それを見届けてからレイチェルが説明を続けた。

「とはいえ、誰しも絶対系の『真価』や『固有能力』を持っている訳ではありませんよね、その時に便利なのが絶対系を打ち消す効果を持つ簡易魔法の『ディスワース』です」

 モニターにディスワースの説明が表示される、簡易魔法というのは学園が頒布している魔法で覚えやすく、さらに術者の『真価』使うため、ワールドの人間ならほぼ全員つかうことが可能なのである。

「ディスワースは『真価』による絶対系しか打ち消せません、けれど、技自体の効果値が非常に高いので、ある程度の『世界構成力』の差ならば、覆す事が可能なのです…ディスワースのように条件を狭めたり、消費を多くすることにより効果値を高める事、これが絶対系同士の戦闘の場合、とても重要なのです」

 レイチェルは最初から、セイガにベルクのあの光への対策を教えるためにこの特別講義を行っていたのだ。

 おそらく昨日、夜遅くまで講義の準備をしていたのだろう、目の下には化粧で隠してはいたがうっすらと隈が出来ている。

「そういうこった、セイガがこれから考えないといけないのは新しい技…その開発と鍛錬なんだよ…オレも手伝ってやるがな」

 自分の中で、もやもやとしていたもの、届くように思えなかったベルクへの対抗策…仲間の思いやりにセイガは心が熱くなった。

「それじゃあ、私のディスワースもあのベルクに通用するのかなぁ?」

 ユメカも大体の簡易魔法は既に習得している。

『いや、それは止めておこう!』

 セイガとハリュウ、二人同時に声が出る、結構な音量に挟まれたユメカ。

「うひゃ…ふたりとも心配性だなぁ…はは」

「そこ~うるさいですよ♪ 他にも絶対系は条件に大きく左右されるので、それを敢えて外すことで効果を防ぐことが可能ですね」

 レイチェル先生が窘めながらも優しく説明を続ける。

 絶対系といえども、無敵ではない。

 必ず手はある筈…セイガは再び、ベルクと戦うために、もっと強くならなければと決意を新たにしたのだった。

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