第41話
『さあ、ゴット選手の状況も気になりますが、ここは一旦会場に戻ります…何故なら……この会場の視界に入る距離までクレスト選手が近付いてきたからだぁ!!』
アルランカ正門から北へ500m程先、渓谷から抜け出したグラシオンが遂に姿を現した…勿論その傍には剣聖アルザスの姿も見える。
強力な撃ち合い、アルザスが道を塞ぐ形で前に出た。
『ほうほう♪ 近くで見ると一層迫力が増すのぅ…しかも攻撃の手が増えおる』
ゴール近くで待ち構えていた大勢の参加者がグラシオンとアルザス、ふたりを囲むように展開している。
『さあさあ、この多数の参加者がどんな展開を生むのか?…クレスト選手、アルザス選手…両者一歩も動かないぞ!』
緊張した空気…果たしてどちらが先に仕掛けるのか……
重圧で押しつぶされそうな時間が続く。
「…っ」
「わわあああああ!」
弾けるように、ロケットに見える物体がグラシオン目掛けて飛んだ。
それはよく見ると人間がロケット状の鎧をつけた姿で、つまり参加者のひとりがこの緊迫に耐えられずに特攻したものだった。
「くっ…邪魔だよ!」
クレストは左腕のシールドを振るってその参加者を打ち返した。
しかしその隙をアルザスが逃がすはずもなく、一瞬で間合いを詰めるとシールドの真下、即ちグラシオンの左から懐に入り込む。
「あああ!」
グラシオンは上昇して回避しようとするが、間に合わずアルザスの重い一撃を脇に受けてしまう、グラシオンのコックピットは胸部にあるので、かなり危険な攻撃だった。
バーニアの噴射に巻き込まれてアルザス自身は地面に押し付けられる。
飛び上がったグラシオンには参加者から攻撃魔法や銃撃が発射されるが、それらのダメージは軽微だ。
『間一髪、クレスト選手が躱したが、アルザス選手も飛行は可能です』
その通り、すぐ体勢を立て直したアルザスが飛翔する。
しかしグラシオンはそれより先に正門を目指していた。
『おっと、ゴール…かえ!?』
ゴール前にはさらに参加者が集まっている。
この壁を抜ければゴール…だが
グラシオンは壁を壊すのではなく…アルザスへと押し付けるように素早く回避行動を取った。
多くの参加者がアルザスへと導かれる。
それを嵐のような剣撃で掃うアルザス…だがそのせいで動きを止められてしまう。
『ここでグラシオンのランスが決まったぁぁ!!』
アルザスは凄まじい勢いで地面を転がる、しかし体には大きな損傷は見えない…どうやら直撃は間逃れたようだ。
『ゾクゾクするのぅ…一歩間違えば即退場じゃぞ』
土煙の舞う中、アルザスが身を起こす。
「どうやら、騎装兵機と言うだけあって、その戦い方の本質は騎士なのだな」
そう大きな声でもない、しかしその声はクレストの心に響いた。
『当たり前だ、僕は戦艦ビクセント・レアを守る…騎士だもの』
クレストは応えるために敢えてスピーカー越しに喋った。
「ふっ」
アルザスが珍しく、笑った。
「ならば……自分もその本分を貫くまでだ!」
大山を穿つような一撃をアルザスが放つ、グラシオンは素早く右へと躱すがその威力はうしろの壁、アルランカの城壁に及ぶ…
『きゃあ!』
振動がメイン会場まで届き、方々から悲鳴が上がった。
それでも城壁は傷が残る程度で壊れることは無かった、見た目は土と石で作られているようだが、その材質はもっと高度な技術を使用したものだからだ。
『会場への攻撃は禁止ですから気を付けて貰いたいものですが…ご安心ください、アルランカの防御機構は万全です♪』
『ま、あれくらいは許してやらんとのう?戦いがヒートアップすれば自然とこうなるものじゃ』
観客を気遣うジャンキー細田に対して、アルランカ三世はもっと刺激的な展開を望んでいるようで…熱い視線を両者に向けた。
『不思議な気分です…戦争ではなく、単純に戦うのがこんなに楽しいなんて、きっとスポーツのようにここでは簡単には死なないから…かもです』
いつもとは違う高揚、このワールドでは例え致命傷を与えたとしても、大抵の場合蘇生が可能だという…
だからこそ、全力で戦えるし、この世界の人間は…強い。
その感覚がクレストをより高みへと引き上げていた。
『行きます!』
「…」
グラシオンが左に旋回移動しながらランスを振るう、すると幾つものビームが同時に発射され…それは追尾するようにアルザスへと向かった。
アルザスはその豪雨を見事に回避しながらクレストへと迫る、お互いに正門を目指して…
『クレスト選手はどう動くのか!?』
『ゴールを目指すのか…それとも迎え撃つのか…二択じゃな』
そう、クレストはアルザスの迷いを誘っていた。
さらに
『おっとぉ、ランスを振りかぶる!』
グラシオンが正門を背にしてランスを構え、アルザスがそれを受ける構えを取る。
しかしその一瞬、クレストは動きを止める、フェイントだ。
アルザスの動きが止まった刹那、グラシオンのシールドから衝撃波が襲い掛かる。
堪らずアルザスは上空へと飛ばされ…
そのタイミングでランスの必殺の突きが轟音を上げた!
『なんという攻防でしょう!クレスト選手の再三の選択、それを対応してきたアルザス選手、しかし最後に読み勝ったのは…クレスト選手だぁ!!』
これであとはゴール前にいる参加者を蹴散らすだけ…そう思っていたクレストだったが、脳内にグラシオンの警告が響く。
『そんな!?』
『面白いのぉ…勝負事はこうでなくっちゃあねぇ』
ランスの先にアルザスはいた。
しかし貫かれていたのではなく、みずから両手で捕まっていたのだ。
『ランスにはビームコートが張っている筈なのに…』
機体状態を確認すると、ランスの一部分、丁度アルザスのいるあたりで破損が見られた…おそらくアルザスの仕業だ。
アルザスは手を離し、着地、同時に自らの剣、絶剣を出現させ手に取る。
「最後まで油断はならない…そうだよね、グラシオン」
コックピット内で呟くクレスト、それに呼応するようにグラシオンのジェネレーターが駆動した。
『残念だけれど、そろそろ勝負をつける時だよ』
グラシオンの戦闘可能時間はもうすぐ終わる、それまでに決着しないといけない…クレストは覚悟を決めた。
「全力で…来い」
歩きながらアルザス、お互いに充分な距離…
本来なら他の参加者もいるわけだが、皆ふたりの気迫に呑まれたのか攻撃する様子はない。
『どうやらこれが最後の攻防になりそうだっ…果たして勝利の栄冠を掴むのはクレスト選手のグラシオンか、それとも剣聖アルザスかぁ?』
高いアルランカの城壁から、影が伸びる、それは両者のほぼ中央で区切りを作る境界線のようだ。
「おおおお!」
『おおおお!』
両者が同時に走り出す、今度はどちらの一撃が速いか…それだけの勝負
大きく振りかぶるアルザス、
裂帛の気合でランスを構えるクレスト、
先に動いたのは…クレストだ。
掠っただけでも吹き飛ばされそうなほどの一撃…しかしそれは
アルザスはそのランスの上を飛び、ランスを踏み台にする。
それは丁度先程壊した部分、アルザスは最初からこれを狙っていた。
『くっ!』
アルザスが大きく踏み出すことでグラシオンの体勢は前に崩れ、一方のアルザスは勢いを増しながらグラシオンの懐へと進む。
斬
アルザスの横薙ぎの剣閃は硬いグラシオンの腹部装甲をも切り裂く。
その巨体を維持できず、大きな音を立て、グラシオンが大地に沈む。
爆発こそしなかったが、最早グラシオンは戦闘のできる状態ではなかった。
『決まったぁぁ! アルザス選手の勝利だぁ…なんという、なんという絶大な一撃でしょう!然しもの騎装兵機グラシオンもこれまでだ』
グラシオンは動かない。
アルザスの腕に銀の紋章が移った。
「……」
アルザスが一度、天を仰ぐ……それから再びクレストの方を向く、どうやら彼の方は無事らしい。
そしてアルザスは正門へと歩き始めた。
『アルザス選手がゴールに向かっているぞぉ…そこにはまだ沢山の参加者が待っている!』
しかし、殆どの参加者は今見たアルザスの剣の凄まじさに戦意を消失していた。
「…行くぞ!」
アルザスが大剣を振りかざし、進むと参加者は逃げ出した。
そして
『ゴール! アルザス選手、見事第2位です!!』
『いい勝負じゃったの』
アルザス対グラシオン、その長い戦いが決着したのだった。




