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承_1

 またこの夢なのか、そう思った。


 様々な言語が交わされる会場の廊下を足早に通り過ぎる。腕に抱えた分厚すぎるプレゼンテーション資料が、キリストの背に括られた十字架のように重く感じる。

 くすんだ金髪の長い髪と度の強い眼鏡が、周りからの目線と、何より私自身の強い感情の発露を抑えていた。

 暦史書管理機構研究局、国際総合学会。

 私の予言学のプレゼンテーションは、それはもう見事に、なかったものとして扱われていた。予想はしていたことだ、予言学は見捨てられた学問なのだから。それでも人並みに堪えたし、腹もたった。


 そんなタイミングで、この男は私とぶつかったのだ。


「うわっ!」

「…!」


 丁度会場を出ようとしたところで、男の身体に弾かれて尻もちをついた。資料は散乱し、踏んだり蹴ったりな状況に私は思わず男を睨む。


「すまない、僕の不注意だ。怪我してないかい?」


 男は私に手を差し出した。

 上背のある私の背丈よりも背の高い男だった。私が睨んでいるのにも関わらず、柔和な顔で心配そうに私を覗き込んでいる。

 私はその男の無害そうな顔が気に入らず──どんな人間にでも何かしらのケチをつけただろうが。その時は、そういう気分だったのだ──その手を無視して腰をあげ資料をかき集める。

 その様子を見て、男は気を悪くするでもなくしゃがみ込んで資料を拾い始めた。

 正直、もう放っておいて欲しかった。自分の内に押し込めていた衝動…徒労へのいら立ち、無理解からの悲しみ、理不尽への怒り…そういったものがぐるぐるとわだかまり、喉のすぐ下まで来ていたからだ。

 男は私のプレゼン資料の表紙を拾った。すると男は"予言学"と書かれたそれをまじまじと見て、笑うでも見下すでもなく単純に困ったような顔で、


「予言学はやめたほうがいい」


 そう言い放った。


「…は?」


 信じられなかった。今まで発表や発言を無下にされたことはあっても、直接学問を否定されたことはなかった。

 その瞬間に、私の喉元で渦巻いていた感情が固まりポンと出て、それは私が想定していた激怒や失望でなく意外なことに"理解させてやる"というある種前向きなものであった。その男に怒りをぶつける気にならなかったか、単純に話を聞いてくれそうで、心の奥底では誰かに話を聞いてほしかったのか。今となっては定かではないけれど、とにかく私はその男の腕を掴んで、猛然と会場を飛び出した。


 ………


「──逆に言うなら、私達は望む未来を算出することができるはずなの。予言学のブレイクスルーさえあれば」


 明洞(ミョンドン)の小洒落たカフェにて、私は周りの目も気にせずにまくし立てた。


「でもそれには乗り越えなければならない壁があって、私以外の奴らは全員その壁に恐れをなして逃げ出した!」


 ヒートアップした私の手のひらがテーブルを叩いて、"あ、まずい"と思ったのと同時に、2人分のアイスアメリカーノを咄嗟に持ち上げる男の姿が目に入った。私は行動を読まれた恥ずかしさもあって、男をジロリと見る。

 男は飄々とした態度でグラスをテーブルに戻すと、そのままテーブルを滑らせて、カラコロと氷の音が鳴るグラスを一つ私の目の前に押し出した。


「まあ、一旦落ち着こうか。せっかくの飲み物がぬるくなってしまうし」


 言われるがまま浮きかけていた腰を落ち着けて、私はその冷えた液体に口をつけた。喋り通しで乾いた喉に香りと苦みが通り過ぎて、思わず一息つく。そして、自分が今なにをしているのか、ようやく客観的に見ることができた。ぶつかった相手を強引にカフェに連れ込んで、小一時間予言学についての講釈を垂れている。


「…ごめんなさい、私、あなたに迷惑をかけてる。帰ります」


 見ず知らずの相手に、よく知らないだろう学問の話を延々と聞かせてしまった。ほとんど八つ当たりに近い行動に、私は恥ずかしさでいっぱいだった。とにかくここから早く立ち去りたい気分だった。

 私がお金をおいて立ち上がろうとすると、男は傾けていたアメリカーノのグラスから口を離して、いたずら好きの子どもめいた表情で単語を一つ言った。


「"虫喰(missing)い仮説(hypothesis)"」

「…!?」


 私はその言葉を聞いて目を見開く。


「予言学の壁、つまり仮定される歴史の空白…だろう?実のところ予言学は全くの無知じゃない。君の話し相手くらいにはなれるよ」


 男は今まで全くそんな素振りは見せていなかった。私は相手がそもそもわかっているようなことを、偉そうな口でまくし立てていたことになる。自分の行動をもう一度正しく客観視して、顔から火が出そうになりながらも、私の体はゆっくりとカフェの椅子に戻っていた。

 どうしても、喋りたかった。話が通じることが、同じ学問の仲間がいたことが、なかったから。

 男はその様子を見て、ニコニコと嬉しそうにしている。


「…クリス。私の名前は、クリス・カラス」


 未だ気恥ずかしさで火照る手のひらをアイスアメリカーノで冷やす。茶髪の柔和な顔の男は、やっと自己紹介をした私に可笑しそうに笑って、


「僕の名前はエドワード。エドワード・アダムズだ」


 そう名乗った。

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