怒りの竜化
「助けて!誰かぁぁぁ!!」
ガキン!!!
「大丈夫?姫様」
「アルドっ…」
アルドが「はっ!」と剣を振り上げると男は舌打ちをしながら後ろへと退いた。
「姫様、ウォールド王のところまで戻って。あっちはもう片付いてるはずだから。」
「逃すと思うか…小僧、その娘をこちらへ渡せ。渡せば貴様は見逃してやる。」
男の言葉にアルドは何も答えず剣を構え直した。
それを拒否と取った男は「ならば貴様も死ね」と剣を床に突き立てブツブツと何かを唱え始める。
『怨念の鎖』
剣を突き立てた場所からどす黒い何かが蠢いているのが見えた。
フィラルシェーラはあれを知っている。
ウォールドの尻尾の付け根についていたものと似ているのだ。
だが、今目の前で見ているそれはウォールドのあれよりも更に嫌な感じがする
あれに触れてはいけない、あれはとても“危険”だ。そう直感した。
「姫様!危ない!!」
「遅い…」
「ぐっ!!」
黒い鎖の様なものはアルドをあっという間に捕らえてしまった。
アルドがとっさに突き飛ばしたおかげでフィラルシェーラはどうにか鎖から逃れることができた。
「姫様っ…逃げっ!?がっ、あ゛ぁぁぁぁ!!!」
「アルド!!」
「怨念の鎖は呪いの魔術。繋がれた者は無数の怨念にその身を滅ぼされる。」
「やめて!アルドが死んじゃう!」
男はニヤリを口角を上げて「やめてほしいか?」とわざとらしく聞き返した。
「やめてほしければこちらへ来い。」
「ダメだっ…姫様っ…逃げてっ…あぁぁぁぁ!!」
「さぁ、このままではこの小僧が死ぬぞ?」
アルドを助けたい。だが、足が竦んで前に踏み出せない。
このままではアルドが死んでしまう。
どうしたらいいのかとスカートの裾を握りしめる。
すると、目の前に一筋の“雷”が落ちた。
「我が国の星の涙はあなたの様な下賤な蛮族風情が流させて良いものではなくてよ…」
「…こんなところまで入り込みやがって…」
「フィーシャ様に危害を…万死に値します」
雷の音と光と共に、3人の騎士が目の前に現れた。
「ハクビ…バーネット…リオラ…っ」
不安と恐怖で張り詰めていた糸が切れ、ボロボロと涙が溢れ出す。
「フィーシャ様、遅くなり申し訳ありません。お怪我は?」
「ううんっ、平気…でも、アルドがっ…!」
リオラに抱きつきながらアルドの方を見る。
アルドはすでにぐったりとして声をあげる事も出来なくなっていた。
「アードナルドくん!」
アルドに駆け寄り「アルド!アルド!」と呼びかけるが反応しない。
それどころか少しずつ体が黒く変色していく。
「怨念に全身を食われたか。その小僧はもう助からん。」
「おのれっ…よくもウチのアルドを!」
「生きてここを出られると思うなよ!」
ハクビとバーネットが剣を構え男に飛びかかろうとした。
その瞬間。
『許サナイ…』
その場の全員が強大な威圧感に固まった。
だが、男以外の者はこの威圧感を知っている。
3年前、まだ生まれて間もない赤子が同じ威圧感で騎士達を屈服させたのだ。
そう、今この場にいるフィラルシェーラが。
『許サナイ…アルドヲ傷ツケタ奴…』
突如、眩い光がフィラルシェーラの体を包む。
次第に光はフィラルシェーラの体を龍へと変貌させていく。
伝説の“聖龍”の姿へと。
『嫌イ…オ前…嫌イ!!!』
カッと光が弾けると同時に男の体に尻尾を巻きつけ床に叩きつける。
何度も何度も、男が喋らなくなるまで何度も叩きつけた。
ぐったりと動かなくなった男にトドメを刺そうとグァっと牙をむき出しにするとバーネットが声を張り上げた。
「姫さん!落ち着け!それ以上は戻れなくなっちまう!」
血走った目でバーネットを睨みつける。
あぁ、収まらない。腹の奥底からドロドロとしたものが湧き出てくる。
動かなくなっても男が生きているのは分かっている。
(どうして止めるの…?だってコイツは悪い奴で、酷いことをしたんだよ?)
口に出そうとした言葉はただの唸り声に変わる。
「そのくらいにしとけ、嬢ちゃん…」
背後からした声にギョロリと視線を向けるとウォールドとヴィヴィラ、そしてドラグノスが立っている。こちらを見て何故か悲しそうな顔を向けるウォールドにもう一度言葉を発してみる。
(おじさん!コイツ!コイツ悪い奴!アルドに酷いことしたの!)
しかし、ギャウギャウとただ鳴きわめく声にしかならず言葉は伝わらなかった。
するとウォールドの後ろからドラグノスがゆっくりと近づいて来て優しく胴体を撫でながら問いかけてきた。
「フィラルシェーラ、怒りのままに姿を変えてはならない。元の姿に戻れなくなってしまうぞ…?さぁ、戻っておいで?」
ドラグノスが差し出した手にゆっくりを近づいていく。
そして、鼻先が触れた瞬間、再び眩い光がフィラルシェーラを包んだ。
「おかえり、我が娘よ…」
「うぐっ…うぅっ…うえぇぇぇぇぇんっ!!!!」
光が晴れるとドラグノスの腕の中で泣きじゃくるフィラルシェーラがいた。
まだ3歳になったばかりの幼い姫の姿で。
▽
「よしよし、怖かったな。もう大丈夫だ。」
「うぐっ…お父さんっ、アルドがっ…アルドが死んじゃった…!!」
視線を巡らせると黒ずんだ肌で横たわるアードナルドと、バーネットに制止されているハクビがいた。
「アルドっ…アルド!目を覚ましなさい、アルドぉ…っ!!」
「ハクビ、まだ近づくな。」
フィラルシェーラを抱いたまま横たわるアードナルドに近づく。
「フィーシャ、お前なら触れられる筈だ。無事を伝えてあげなさい。」
せめて、自分が守った者の無事を知ってから弔ってやりたい。
もし生きていたなら、ぜひフィラルシェーラの護衛騎士としてその剣を振るって欲しかった。
フィラルシェーラがゆっくりと彼に近づくのを見ながら静かに片膝を立てる。
ヴィヴィラも、そしてウォールドもそれに習い膝を立てる。
バーネット達は騎士として剣を抜き、目の前に掲げる。
「アルド…フィーシャのこと、守ってくれてありがとうっ…」
アードナルドの頬にフィラルシェーラは口付けを落とす。




