祝賀会
王宮の大広間。煌びやかな装飾で彩られた会場で着飾った男女がグラスを片手に語り合う。
もうすぐ日が沈み、空も暗くなり、大人の時間がやってくる。
そう、生誕祭最後の催し、“祝賀会”が始まるのだ。
リオラに手を引かれドラグノスとヴィヴィラの元へ向かう。
2人の元へより「お父さん」と声をかける。
抱き上げられ、ドラグノスが一歩前に出ると会場に流れていた音楽がピタリと止み会場に集まっていた人達が一斉にこちらを向く。
「皆、忙しい中娘の為に集まってくれた事感謝する。今宵は祝いの席、存分に楽しんでくれ。フィラルシェーラのこれからに、乾杯!」
「乾杯!」という声と共に再び音楽が流れ始める。
「ねぇ、フィーシャ何したらいいの?」
正直、こういったパーティは生まれて初めて。
何をすればいいのかわからない。やはり王女として何かしなくてはいけないのだろうか。
ドラグノスの腕の中で首を傾げるとドラグノスもヴィヴィラも笑いながら「何もしなくていい。」と言った。
「お前の生誕を祝うパーティだ。好きに過ごせばいい。」
「ただし、王族として礼儀正しくなさい?」
ドラグノスの腕から降ろされると今度は別の腕に抱きかかえられた。
視線を向けるとそこにはウォールドがおり、「よう」とウインクしながら頬を撫でてきた。
「よろしければ、エスコートさせていただけますか?お嬢さん?」
「ウォールド…貴様っ」
「陛下、狼王閣下直々のお申し出ですよ。」
「しかし…」
ヴィヴィラに諌められているが随分嫌そうだ。一体何故だろうか。
自分的にはウォールドは嫌いじゃない。
近所のお兄さん、いやおじさんと話をしている感じだ。
不快な感じはしないので断る理由もない。そう判断して「良いよ」と頷いた。
▽
祝賀会とは言っても貴族同士の交流の場。偉そうな人(実際偉い人)達がたくさん集まっている。
人の波を避けて、たくさんの料理が並ぶテーブルにウォールドに抱えられた状態で近づく。
そこには綺麗に盛り付けされた料理やスイーツが並んでいる。
どれも王宮の料理人達が腕によりを掛けて作った一級品ばかりだ。
「さて、どれから食うか。嬢ちゃんは何が好きなんだ?」
「うーんとね、フィーシャ甘いの好き。あとすっぱいのも好き。」
「ほぉ、小せぇのに酸味のあるもんが好きなのか。」
スイーツが並ぶ皿を2人で眺めていると後ろの方からヒソヒソとした声が聞こえてきた。
(あれがウォールド王…狼王国の狂王か…)
(何故ここに…?)
(抱いているのはフィラルシェーラ龍王女殿下ではないか…大丈夫なのか?)
(子供嫌いで有名なのに…もしや殺そうとしているのでは…)
(龍王陛下も何故あのような方に姫殿下を任せているのか…)
嫌でも耳に入ってくるその声にムッとする。
しかし、ウォールドは「気にすんな、慣れてる」と言っていくつかスイーツを乗せた皿を持って何も言わずにその場を後にした。
▽
人気のないテラス席に来ると、スイーツを差し出してくるウォールドに問いかける。
「何で何も言わなかったの?」
「長いことついてた嘘の代償ってやつだ。良いんだよ、いずれおさまる。」
「…おじさん、いい人なのに…」
「くっ、ははは!おじさんか、せめて俺の事はウォルって呼んでくれよ。」
「ウォルおじさん?」
「あぁ、それでいい。嬢ちゃんにしか許してない呼び方だ。特別だぞ?」
「特別!?やったぁ!特別!」
「その代わり、俺にも嬢ちゃんの特別な呼び方をくれよ。」
「フィーシャの?良いよ?何て呼ぶ?」
「それは少し考えさせてくれ。似合うもんを考えるからよ。」
この時、フィラルシェーラは知らなかった。男女間で特別な呼び名を与え合う事の意味を。
▽
「さてと、いつまでもお前を独占してるとお前の親父に怒られるからな。そろそろ戻るか。」
「うん。」と頷いて抱き上げられると不意に何かゾワリとした感覚を覚えた。
そして、それはウォールドも同じ様で見たこともない顔で牙をむき出しにしている。
ゆっくりと視線を前に向けるとそこにはあの黒いフードを被った人族が立っていた。
「てめぇ…昨日捕えたはずの人族か?どうやって牢屋から出た?」
「…」
耳をすますと荒い息遣いが聞こえてくる。
どうやらフードやマントで隠れているだけで深傷を負っている様だ。
「ドラグノスのヤツ。もっとしっかり拘束しとかねぇから…」
フードの男は黒い剣を構えてこちらを睨みつけている。
ウォールドはフィラルシェーラを降ろすと小さく耳打ちした。
「嬢ちゃん、悪いがドラグノスのところまで1人で行けるか?俺がこいつを食い止めておく。」
ウォールドの言葉に自信がなかったが、近くにメイドか騎士がいればその人を連れてくることはできるかもしれないと小さく頷いた。
一瞬の沈黙の後、フードの男が剣を振り下げるのと同時にフィラルシェーラは走り出した。
王宮内のどこに何があるかはまだ把握出来ていない。
だが、今の自分に出来るのはただ走って味方を見つけることだけ。
ウォールドの無事を祈りながら小さな足で走った。
しかし…
「龍王国王女、フィラルシェーラ。その命、人族の礎として差し出せ。」
廊下の死角からフードを被った男が音もなく現れた。
(仲間がいた…!?やばい!ここがどこか分かんないし、近くに誰もいない!このままじゃ俺もウォルおじさんも…)
男はさっきの男が持っていたものと同じ黒い剣を眼前に突き出してくる。
切っ先を向けられ、恐怖で足が竦む。
ジリジリと距離を詰める男に後ずさる事しか出来ない。
どうしよう、どうしよう、どうしよう…
ここで死んでしまうのか?
せっかく転生して今度はちゃんと生きようと決めたばかりなのに。
助けてセレン…助けてリオラ…助けて……お父さん…
「助けて…」
「死ね…」
「助けて!!誰かぁぁぁ!!」




