生誕祭の準備
検査の翌日、フィラルシェーラは生誕祭に向けての準備に取り掛かる。
「それでは、本日のレッスンを行います。まずは挨拶から。ご機嫌よう、フィラルシェーラ王女殿下。」
「ごきげんよう、マダム・アジーヌ。」
当然のことながら、王族たる者マナーは大事。
目の前にいるのはマダム・アジーヌ。フィラルシェーラのマナー講師だ。
生誕祭の祝賀会ではお偉いさんがたくさん来る。
その時、失礼がない様に最低限のマナーと立ち居振る舞いを教わっている。
「王女殿下、挨拶の際は尻尾の先を少しだけ上に向けると好印象ですわ。尻尾は感情を表す重要なモノです。下を向いていると機嫌が悪いと思われてしまうので注意なさいませ?」
「はい、マダム・アジーヌ。」
マダム・アジーヌは一見厳しい人だが褒める時は褒める。
言わば飴と鞭の使い方が上手い。
だからなのか、マナーレッスンの時間は嫌ではない。
正直、最初の頃は出来るわけがないとやる前から諦めモードだったが始めてみれば中々楽しい。特にダンスのレッスンが一番だ。前世ではポークダンスすらやった事がなかった身だがリズム感はあったのか意外に覚えるのが早かった。
(いつか、誰かと一緒に踊る日が来るのかな…)
▽
「本日のマナーレッスンはここまでとします。最後にご挨拶、お疲れ様でした。」
「ありがとうございました、マダム。」
最後まできっちりとカーテシーを行いレッスン終了。
「フィーシャ様、お疲れ様でございました。お茶のご用意が出来ております。」
レッスン後は恒例のティータイム。セレンが淹れてくれるお茶を楽しむ。
「そう言えば…セレン、今日はリオラ来ないね?」
「リオラは赤龍騎士団の野外訓練で来れないそうです。ですが代わりの者を手配しております。」
(そっか…護衛といっても騎士団に所属してるんだから訓練もあるか。いつも近くにいたから落ち着かないな…)
飲みかけのカップを眺めながら誰が来るのかと考えているとノックの音と共に聞き覚えのある声が響いた。
「失礼します。」
「どうやら来たようです。お入りなさい。」
「ドラグノス龍王陛下よりリオラ様の代理としてフィラルシェーラ王女殿下の護衛騎士の任を拝命致しました、白龍騎士団所属アードナルドと申します。」
(おぉ!アルドじゃん!見知った奴で良かったぁ…)
アードナルドとはバーネットとセイガの喧嘩を止めた時以降、頻繁に会うようになって今では良き話し相手だ。
「アルド!今日はアルドが護衛係?」
「うん、今日は俺が姫様を守るからね。」
「アルド、フィーシャ様がお許しになっているとはいえ態度には気をつけなさい。」
「あ、はい。」
セレンに注意されアードナルドとフィラルシェーラは互いにクスリと笑った。
▽
「ねぇ、ずっと気になってたんだけどね?アルドとセレンって知り合いなの?」
初めてアードナルドを見たときも互いに親しそうに話していた事を思い出す。
セレンはメイドだがフィラルシェーラの専属メイドなので一般のメイドと違い、騎士より上位で立場的に敬語で話すのが普通らしい。
「うん、セレンさんは俺の育ての親みたいな人かな。俺、元々は平民で両親と3人で暮らしてたんだけど両親が戦争で死んじゃって…一人ぼっちになった俺を引き取って育ててくれたんだ。」
アードナルドの言葉にフィラルシェーラは言葉を詰まらせる。
ただ興味本位で聞いた事がアードナルドの過去の傷を抉ってしまった。
謝るべきだと声に出そうとするが言葉が出てこない。
アードナルドはハッとしたように席を立ちフィラルシェーラの頬に触れた。
「あっ、そんな気にしないで。そりゃ、両親が死んだときは悲しかったけど今はすっごく幸せなんだ。セレンさんに育ててもらって、憧れだった騎士団にも入れて。だから、泣きそうな顔しないで…ね?」
コクンと頷きながら頬に触れるアードナルドの手を強く握る。
その様子に安心したようにアードナルドは椅子に座り直し話題を変えた。
「そういえば、もうすぐ姫様の生誕祭だね。」
「うん、アルドもパレードの護衛するの?」
「ううん、パレードの護衛に参加するのは団長と団長直轄の騎士だけだよ。俺はまだ見習いだから参加出来ないんだ。でもいつか騎士に昇格してみせるよ!」
アードナルドの意気込みに笑顔で頷きながら残りのお茶を楽しんだ。