竹馬のタケオと僕、それと世界の終わり
──それは、僕がまだ小学生のころのお話。
僕の家は、ペットを飼うことを許してもらえなかった。
でもその日、通学路の途中のゴミ捨て場で僕は、生まれたての小さな竹馬を見つけたんだ。
だから、かたいっぽうだけでぶるぶる震える、わりばしサイズのその子を僕は、近所の神社の裏でこっそり育てることにした。
名前は「タケオ」に決めた。
そのまんまじゃないかと言われるかもしれないけど、三日間ご飯を食べているときも授業中もトイレでもずっとずっと考えに考えて、最後に初心にもどってつけた名前だ。
はじめてそう呼んだときタケオは、うれしそうに三回、その場でとびはねてくれた。
竹馬は草食動物なので、誰も手入れをしない草ぼうぼうの神社なら、エサの心配はいらなかった。
だけどタケオは、僕がときどき少ないおこづかいをやりくりして買っていく「ちくわ」が大好物で、そのときも三回その場でとびはねて喜ぶものだった。
ちなみに、ちくわをあげてみた理由は、竹馬で遊ぶ仲の良い友だちのことを「ちくわの友」とよぶって話を、どこかで聞いたから。それで仲良くなれるかなって思ったんだけど、大正解だった。
タケオはすくすくと順調に育って、すぐに僕が乗るにはちょうどいいサイズになったけれど、ふつうの竹馬は二頭立てだから、一本だけのタケオを乗りこなすのはなかなか難しかった。
でも僕とタケオは、お互いの信頼関係のもと、バランス感覚と体重移動と「しなり」で支えあって、それを可能にしたんだ。
僕とタケオは毎日のように、神社の敷地のなかを走り跳びまわった。タケオに乗って風を切る楽しさと気持ちよさは、今まで生きてきたなかでも最高のものだった。けれど、幸せな日々はそう長くは続かなかった。
僕らのことをこっそり見ていた近所の悪ガキが、僕がいないときタケオに無理やり乗ろうとして、ふり落とされケガをしたんだ。
親からさんざん怒られた僕にできることは、危険だからつかまえて折ってしまえという大人たちから、タケオがうまく逃げてくれることを祈るだけだった。
それからタケオがどうなったのか、大人たちは誰も教えてくれなかった。僕はときどき神社の裏でタケオを待ってみたけれど、会えたのはノラネコだけだった。
──あれから十年以上たった。
あいかわらずペットを飼えないわが家の、緑のトタン屋根の上に腰かけ町の景色をながめつつ、そんなことをぼんやりと思い出したのは、たぶん僕の人生がもうすぐ終わるということを、僕自身が受け入れたからなんだろう。
町のそこここでは黒いケムリがもくもくと青空にたちのぼり、赤い火の手もちらほらと見えた。
町じゅうの道を、ものすごく顔色の悪い住民たちが低いうなり声をあげつつ、ゆっくりした足取りでねり歩いている。
町が、というか、世界がこんなふうになってから、もう一ヶ月以上だ。
原因とかはよくわからないが、まだテレビが見れたころニュースで言っていたのは、どうやらこの世界がゾンビ病の大流行のせいで終わるらしいということ。
それからしばらくたつので、もうあらかた終わってしまっているころだろう。
僕は、世界がこうなりはじめてすぐに、となり町のアパートからあわてて実家に帰ってきたのだけど、両親はとっくにゾンビになっていた。
僕を食べようとする両親を必死で外に追い出してカギをかけ、心配性の彼らふたりがたっぷり備えてくれていた非常食で食いつないで今日まできたけれど、それもとうとう底をついた。
だから、屋根の上に出てひさびさに青空と外の空気を味わっていたのさ。
僕というエサの匂いをかぎつけたゾンビたちが、家の周りにどんどん集まってくる。両親も混じっているかもしれないけれど、もうよくわからない。
そのうち連中はお互いの体を踏み台によじのぼって、ここまでやってくるのだろう。
そして逃げ場のない僕は、お腹のやわらかいところだけむしゃむしゃ食べられて、残った体で彼らゾンビの仲間入りを果たすというわけさ。
あー。うーん。よくよく考えると、食べられるのはものすごく痛そうだ。受け入れたつもりだったけど、やっぱりすごくイヤだな。そう思い直したとき、ふと目のはしっこに、奇妙なものが見えたんだ。
いったい、いつからそこに立っていたのだろう。それは電柱と変わらない高さと太さの、とてもとても立派な一本の竹馬だった。
「もしかして……タケオ……なのか?」
まさかと思いながらの僕の問いかけに、竹馬はうれしそうに三回、その場で跳びはねて答えてくれた。
僕は、タケオがちょうど屋根の高さに合わせてくれた足場に迷わず乗り移った。もちろんゾンビの手なんか届きやしない。
久々のタケオの乗り心地はあのころよりずっと力強く頼もしく、ゾンビをけちらしながら風を切って僕らは、終わりかけの町の中を跳びまわり、走りぬけた。
「よし! まずはモールに行って、ちくわを探そう!」
タケオはうれしそうに三回、空に届くほど高く跳びはねた。
──こうして僕らの、最高に楽しい二人一脚の旅がはじまったのさ。




