第5話:4月が大忙し
「で? 文句を言いに来たのは良いけど、家を吹き飛ばしてくる奴が何処に居るんだ。お前の事だよ、弥世」
「うぐ……。それはその通りなんだが」
「これは恵美の言うように、隷属しないと無理か」
「そうしましょ、お兄様。そうすれば私達の力はもっと強くなるし、今から鬼柳家に乗り込んでいく準備をします」
正座をさせられている弥世さんに、小鬼はシュンとしている。逆に子ぎつねの方は怒っている様子で9本の尾に白い炎が灯った状態で怖い。いつでも燃やせる準備をしているようで、何とか止めさせて私の膝の上でじっとしている。
鬼柳 弥世。
鬼柳グループと言えば、レストラン業界で聞いた事が必ずある名前。そして、あの喫茶店もその鬼柳グループが取り締まっている所だったように思う。
あと、今思い出したが狐森グループも同じく大企業だった筈だ。
恵美ちゃんがお金持ちなのはここから来るのか。妖狐と鬼の一族は、当主同士で誓いを立て協力関係を結んでいる。
零威さんと弥世さんも、その繋がりで協力関係らしいが明らかに零威さんの方が圧が凄い。
今も涼しい顔をしているのに、時々に脅しを使う様にして白い炎を生み出している。
妖狐の炎は、妖力の高さによって色が違うのだとか。
一族の中で最大の力を手にして生まれた零威さんは、初めての10本の尾を生み出した。1本1本が妖力の塊だから、攻撃にも防御にも扱える。
「これから戻るお父さん達が驚くだろうな。帰る家が鬼によって木っ端みじんになってるって」
「……」
「異形を狩り尽くすのにも時間が必要だ。その間、幼い彼女の護衛に私と弥世のパートナーを使ったんだ。10年も居れば絆されるのは当たり前。これから大学生になる彼女に、何の守りもなく過ごせって?」
完全に除去する気でいる零威さんの目の本気。……あんな絶対零度で睨まれたら誰でも怖い。
思わず恵美ちゃんの事をギュっと抱きしめていると、自分と代われと言わんばかりに子ぎつねと小鬼が混ざってくる。
「そう言えば、大学の近くでシェアハウスを試しにやっている物件があるな」
「え」
滝のように流れている弥世さんの汗からして、かなりの無茶を頼む気だ。
すると、零威さんにひょいと抱き込まれる。恵美ちゃんが「お兄様、最高!!」と興奮しているが、止めて欲しいな!!!
「へっ!?」
「決めた。花嫁と言うのが早いというのなら、これから知って行けばいい。ここに居る4人でシェアハウスをすれば、私達のパートナーだって無理に離れる必要はない。今まで通りの日常だ」
「コンコン♪」
「おに!!」
名案だと声を上げる子ぎつねと小鬼。凄く嬉しそうにしているのは、私と過ごした日々が忘れられないって事だよね。
でも、どうしよう。シェアハウスか……。断ろうと思ったが、1人暮らしはしておいた方が良いか。まだ知らない人よりは、恵美ちゃんがいてくれる方が安心だ。
そう思って色々と考えてしまい、その思考は零威さんに見事に読まれている。
「彼女も乗る気だ。今から、その物件を何が何でも取り押さえろ。それと見付かるまでの間、私達の仮自宅もお願いしようか」
「え、今から!?」
「出来るよな。出来ないとは言わせないぞ?」
笑顔で押し切る零威さんに、弥世さんは苦し気に「りょ、了解……」と言って姿を消した。
「前例がないから作るとは言ったが、色々と大変だからね。喫茶店で働いてたのだって、桜花の事を見たいからだよ」
「うっ……」
あまりのストレートさに脳がパンクしそうだ。
でも、まだ零威さんの事は知らない。そ、そう意味でもシェアハウスでお互いの事を知ってからでも花嫁として考える時間はある……?
「文句を言う所は、ある程度の力は奪ったし嫌だとは言わせないから安心してね」
「えっ」
「勿論です、お兄様。反対する家々は既に調べ尽くしてますし、私達はお兄様の意思1つで何でもこなします。お兄様に色目を使う人達の事も、詳細に調べてあるので――使えるものは使っていきましょう」
恵美ちゃん……。そんなにウキウキした気分で言わなくても。
そして、考える時間はとか思ったがこれが完全に外堀を埋めに行っている……?
「大学祝いに、シェアハウスだなんて驚きね……」
後日、両親にそれとなくシェアハウスの事を言いつつ一緒に住むのが恵美ちゃんのお兄さん。そして、そのお兄さんの知り合いともなれば多少の心配は軽減かな。
反対されるかとも思ったが、いずれば1人暮らしをと考えているのなら体験してみるのも良いだろうとなった。
その中に、零威さんと付き合い始めるというのを含めて両親には言わないでおこう。
付き合うと言ってもまだお互いを知らない。が、それは私だけだったようで零威さんは子ぎつねと小鬼から報告を受けている、と。
だらしない所とか結構見られてるし、一緒に過ごしているから全てがバレてるんですね。
恥ずかしいったらないよ……。そして、弥世さんは本当にやってのけた。無茶を通して、4人でのシェアハウスもだし食事係も任命されている。
「お、美味しい……!!」
「当たり前だ。ありがたく食え!!」
「料理が出来て、普段の力加減が出来ないって謎だよね」
「お兄様、逆に料理しか出来ないと考えればいいのでは?」
「お、確かに」
「そこの妖狐兄妹、文句あるならご飯喰うな」
恵美ちゃんと同じ大学に入り、4月も中旬頃。
まだ始まったばかりのシェアハウスは順調。小鬼がいつもより沢山食べるのは、弥世さんの料理だからだろう。
子ぎつねも認めざるをえないのか、何だか悔しそうにしている。
食事係だからか、毎日のお弁当も用意してくれている。
弥世さんが神過ぎる……。一瞬、零威さんに、睨まれた気はしたが気のせい、だよね。
そう思うと完全に外堀が埋まっている感じに思いつつ、大学生活を楽しみにしつつこの先の事も考えないといけない。
少しずつではあるが、零威さんとも時々デートをしている。
ちょっとずつではあるが、惹かれていくのも花嫁になるのも……そんなに時間がかからない気がしたのだった。