第4話:前例は作るもの
零威さん達、妖は最初は人の世に隠れ住んでいた。
でも、ある時を境に人間社会に出てこないといけない事情が出て来た。
「幼い桜花みたいに、巻き込まれる人間がいるんだ。時々、迷ったりするのは妖の世界との境界線があいまいになったから」
何でも通常では目に見えない存在――異形が人を攫い、妖を攫っては喰らうんだという。
それらを専門に対処する人達も居たが、近年では術を扱う家も少なくなり圧倒的に守りが少ないらしい。
「だから私やさっき吹っ飛ばした弥世のように、強い妖力を持った妖達を筆頭に人間社会に住む形にしたんだ。力の弱い妖達の居場所を作ったり、人間社会でも影響力を作れば色々と便利だし」
「お兄様は、歴代の妖狐の中でも最強なんです。前にお兄様の素晴らしさを教えた事があったでしょ? あれはまだ一部だけど、異形を処理するお兄様のカッコよさと言ったら!!!」
4時間近くは語り尽くしたと思っていたお兄さんの魅力が、ほんの一部。あれで? あんなに語ったのに、まだ一部なんだ。
お兄さん好きの凄まじさを感じ、零威さんが「あとで説教するからね」と言うとすぐに黙った。でも、表情は嬉しそうにしている。
……お兄さんに与えられるものなら、何でも嬉しいのか。
「あの時の私も一歩間違うと、食べられちゃった可能性があるんですね」
「うん、あの時は数も多かったからね。前から術を扱う人間との協定として、私達も異形を狩ってるから驚いたよ」
人が入って来られないように結界を張り、処理を始める手筈。でも、新人の術者だったから綻びもすぐに見つかり、零威さんがそれを上書きした。
その綻びに私がたまたま入ってしまったのか。……さっきの喫茶店でも、同じように人が入って来られないようにした術の効果なんだね。
「ま、私が助けた事で余計に命を狙われる羽目になった訳だけど」
「え……」
その異形は強い妖力も欲しているようで、少しだけ零威さんと関わった私に釣られていたみたい。今まで何ともなかったのか、影で子ぎつねと小鬼が倒していたのもあるし、恵美ちゃんが手伝ったからだとか。
そして、1度狙われると一生付いてくるみたい。
なんて迷惑な……。
「だから私の花嫁になって欲しいんだ。一生をかけて守るし、そうしてしまった責任も取るから」
「人間と妖の結婚は前例がないだろうが!!」
復活したであろう弥世さんが、リビングに割り込む。しかも屋根を突き破って来ているから、凄い音と衝撃がここに来た。
私に怪我がないのは零威さんの尾に包まれていたからだ。驚く位に頑丈なのに、フワフワとした絨毯みたいで不思議な感覚だ。
「前例がないなら、作るだけだ。文句ないだろ」
言ってのける零威さんと違い、弥世さんは「アホか!!」と怒鳴りつけていた。
でも、良いの? 言いにくい事なんだけど、リビングだけじゃなくて家そのものが吹き飛んでるけども……。
そんな中、子ぎつねが様子を見に戻って来る。話を聞いていたのかコテンと可愛らしく首を傾げて膝の上に乗ってきた。嬉しそうにしていると、こっちも嬉しくなるから不思議だ。
「私のパートナーである九尾は、性格も似ている所が多い。心を許すにも早いし、好きだからね」
「そ、そうですか」
頭を撫でられるとは思わず緊張で体を固くする。
視線を感じて、下を見ると小鬼が見え上げており瞳が羨ましいと訴えている気がする。
「……乗る?」
「おにっ!!」
子ぎつねの隣に移動し、持っているクッキーを頬張る。
すっかり私と居るのが好きなのか慣れてしまったのか……。
そして、小鬼のパートナーである鬼の当主さんはじっと観察されていて居心地が悪い。
「……弥世。相手になるぞ」
「冗談よせ。零威の恐ろしさを知らないのは、女だけだなって話」
恵美ちゃんによると、鬼柳 弥世さんは、零威さんと同じく一族の当主。鬼は体が頑丈で妖力も強いのだが、妖狐の零威さんよりは弱いのだと。
零威さんを基準にしたら全部ダメだとは思う。と感じてしまうのは、言わない方が良いんだろうな。
すると、今まで笑顔で対応していた零威の目が鋭くなった。