第2話:子ぎつねと小鬼
そんな幼少の時の不思議な体験をふと思い出す事がある。
学校に行く時間の前に、自然と目が覚めて身支度を済ませる。すると、ひょこりと顔を覗かせ見るのはあの時の子ぎつねと小鬼だ。
「おに、おにー」
「コンッ!!」
バシッと良い響きの音が私の部屋の中で起きる。
9本の尾を持つこの子ぎつねは、器用に小鬼に当てていく。吸い込まれるようにして攻撃が当たり、そして目を回して倒れる小鬼。
これはもはや日常だ。
6歳の時に会った縁なのか分からないが、気付いた時にはこうしているのだ。しかも、私以外には見えていない。
壁も扉を通り抜けたり出来るのだが、私から触ることは出来る。そして、驚くことに私から物を上げたりも出来る。なんとまぁ不思議なものだ。
「今日は、卒業式だから大人しくね?」
「コン!!」
「おに~」
倒れた筈の小鬼はすぐに復活し、元気よく返事をする。子ぎつねも同じく返事をし、タタッと小鬼を蹴り飛ばして部屋の外へと出て行く。
何度も挑んでるのに、勝った様子がない子鬼。いつか勝てると信じながら制服に着替えて、玄関の近くにカバンを置きリビングへと向かう。
「おはよう。お父さん、お母さん!!」
「おはよう、桜花」
「そんなに慌てるな。十分、時間はあるんだからゆっくりしなさい」
「はーい」
朝食を家族でし、その日の予定を告げる。
高校3年生になった私はもう卒業だ。次は大学生かとあっと言う間に過ぎる時間。
子ぎつねと小鬼との生活も、10年以上続いている。両親から見えないからといって好き放題はしない。いい子達過ぎる。
決まって子ぎつねが小鬼をコントロール。自分の尾を器用に使い動きを封じるからかも知れない。
何度か抜け出し、小鬼が反撃に出るが必ず返り討ち。
子ぎつねが強すぎなのか、小鬼が単純すぎるのか。思わずその光景にふふっと笑うと、お母さんは良い事があったのかと聞いてくる。
「ううん、そうじゃないんだ。もうすぐ卒業なのと、大学に行くから楽しみでね」
小学生の頃からの友達である恵美ちゃん。
彼女は転校生なのに、ハキハキとしたしっかり者。引っ越しには慣れていると聞き驚いた。
私はちょっと人見知りな所があるから、何度も引っ越しとかされると不安だ。上手く自分の意見をはっきり言えないのもあるかも知れない。
だから、恵美ちゃんは私にとって憧れ。
自分の意見を言いながらも、クラスの中心人物。お兄さんがいるらしく、凄く素敵だと聞いた事がある。
まだ会った事は無いんだけどね。
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狐森 零威さん。
恵美ちゃんのお兄さんだ。高校の卒業式が終わり、恵美ちゃんと帰ろうかとした時だった。兄を紹介すると何故だかルンルン気分の恵美ちゃんに、引っ張られてやってきたのは駅前の喫茶店。
どうもお兄さんは、ここでバイトをしているんだって。
そう言えばクラスメイト達が騒いでたなぁ。駅前の喫茶店で、カッコいい人がいるって。
(恵美ちゃんのお兄さんの事だったのか……)
恵美ちゃんが自慢するのも分かる。
零威さんは、知的な雰囲気なのに凄くふんわりとした温かい感じの人だ。出された紅茶を飲みつつ、店の中なのに静かだと思っていると、貸し切りにしていると聞いて驚いた。
「まぁ、僕は今日でバイトを止めるからお別れ会みたいな感じかな」
「あ、何だかすみません……」
そっか、もう就職が決まるからかな。
恵美ちゃんは何度かお店に来た事があったけど、人混みが凄いから私を誘うのは遠慮したそうだ。ま、うん。人混みは苦手だから助かる……。
「今日をきっかけに、通ってくれると嬉しいな。……なんてね」
「!!」
「きゃーー、お兄様。大胆です!!」
ビクッと私だけでなく子ぎつねと小鬼も、驚いて固まる。
そう言えば恵美ちゃんは、お兄さんの事が好きだもんね。
前にうっかりお兄さんのどんな所が好きなのか、と聞いたら――彼女の家に強制的に連れて行かれた。
下校時刻の15時過ぎから、夜7時までほぼノンストップでどんなに素晴らしいかを聞いたのだった。まだあの熱意じゃないのは、一応は外だから加減してるのかな……?
「恵美。一体、外で何を言ってるんだ」
「お兄様の素晴らしい所を余すところなく広げてます!!」
「よし、分かった。帰ったら説教だ」
「あぅ、喜んで!!」
違うだろうにと困った顔で言う零威さんと違い、恵美ちゃんのテンションが上がっていく。
チラリと子ぎつねの様子を見ると、ガタガタと震えている。小鬼の方を見ると、耳を塞いでいるから聞きたくないって事かな。
(店長さんも、慣れてるかな)
助けて欲しいなぁと思って店長さんに視線を向ける。
視線に気付いていたのに、ふふっと笑ってそのまま別室に行ってしまった。あ、逃げられた……。
零威さんに言われたからって訳でもない。でも、ここの紅茶もケーキも美味しかった。大学の帰り道に寄るのは丁度いいかも知れない。
「すみませんでした。私の分もおごって頂いて」
「気にしないで。恵美が迷惑を掛けたからその分だと思ってくれれば良いよ」
「そんなっ。私はお兄様の魅力を桜花に伝えているだけですよ。ほぼ毎日ですが」
「その熱意は別の所に向けてくれ」
デコピンを受ける恵美ちゃんは「うぅ、そんなぁ」と悲し気に言い、迎えに来て欲しいと電話をしに離れる。急に2人きりになった事で、ちょっと緊張して静かに距離を開ける。
「家まで送るよ。恵美の所為でかなり遅れたからさ」
その時、唐突に思い出されていく。
幼い私を送ってくれたお兄さんの事。雰囲気と声が――あの時と被っていく。