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架空  作者: テラサキマサミ
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#08  詩織 21

―詩織 21―


 10代の一年というのは、ものすごく濃く、ものすごく意味があり、ものすごく大きなものなのかもしれないなぁ。同じ12ヶ月でも、365日でも、感じる重さのようなものが違うのかもしれない。

 わたしにとっての一年、一年も、振り返ってみれば大きなものだった。それは例えば、顔の表情や声のトーン、物の考え方まで変えてしまうような、そんな深刻さがあったかもしれない。

 自覚しているだけでも、わたしは変わったと思う。何も考えずに、心から笑えたような日々はいつまでだったのだろう。すっかり臆病になってしまったし、自分に自信が失くなってしまった。

 そんな時にシュウと知り合った。いつもニコニコしているし、屈託なくよく話すし、その明るさがまぶしかった。シュウといる時は、いやなことを考えずにいられた。こんなわたしに興味を持ってくれることが嬉しかった。

 シュウに、一緒に生活しようと言われた時、ためらう自分がいたのも本当だけれど、もしかしたらこの人がわたしを救ってくれるかもしれない、そんな風に思ったのも事実だった。


 高校の同級生だったケイタは、大学受験に失敗し浪人生活を選んだ。その時点から、わたしとケイタはなんとなく疎遠になっていった。本音を言えば、一年は長かった。あの時、さらにもう一年、ケイタを心の拠り所にして待つ気力はもうなくなっていた。

 シュウと一緒に暮らす前、ケイタから電話があった。


「詩織、久しぶり。元気か?オレなぁ、早明大受かったんや。もうすぐ東京行って一人暮らしする」


「そうなんや、ケイタおめでとう。よかったなぁ」


「東京行ったら思い切り音楽やるで。それで詩織にも会いたい」


「うん、そうやなぁ」


 ピンポーン、ピンポーン。


「詩織ぃ、いる?」


「あ、誰か来たんか。友達か?」


「うん、ケイタごめん。また連絡する」


 訪ねてきたのはシュウだった。

 ケイタとはそれきりで、引っ越したわたしは新しい電話番号を教えなかった。わたしはシュウに賭けてみたのだから。


 シュウとの生活は楽しい。あんまりお金はないけれど、シュウはわたしを大事にしてくれる。それだけでよかった。なのにシュウったら、バンドなんか始めてしまった。わたしはただ穏やかに毎日を過ごせればよかったのに。

 ライヴで見るシュウはとても輝いていた。小さなライヴハウスのステージだけれど、人前に出て歌うシュウはかっこよかった。そして、少しうらやましかった。

 結局わたしは、人前に出ることはできなかったから。


 ある時シュウが落ち込んで帰ってきた。バンドを辞めたと言っていたけど、辞めさせられたんだな。わたしにはわかるよ。

 がっくり落ち込んで、この先どうしようなんて言うから、わたしは言ってやった。


「一人でやればいいじゃん。一人でステージ立って歌えるでしょ」


 その時のシュウの顔ったらなかったわ。呆気にとられた顔してさ、しっかりしろよって感じ。なんでわたしがハッパかけてんのよって言ってやりたかったわ。

 それからシュウは曲を作り、ギターを練習し、一人でライヴをやるまでになった。またステージに立ちたいという強い思いがあったみたいだ。

 わたしとしては、本当は就職でもして働いてほしいという、そんな願いもあったけれど。

 

 そんな頃、わたしはケイタに連絡をした。情報誌のライヴハウスの出演者の中にケイタの名前を見つけたのだ。

 ケイタは音楽を続けている。山口ケイタという出演者の名前だから、きっと一人で弾き語りのライヴなんだろう。シュウに見せたらきっと刺激になるんじゃないか、そんな思いもあって電話をかけてみたのだった。そしてケイタは、自分のライヴのチケットを二枚送ってくれたのだった。



「ねぇ、山口ケイタって誰?」


「友達よ。いいでしょ、そんなこと」


 シュウはしょぼくれた顔をしている。


「それよりライヴハウスはどこ?渋谷なんてあんまり来ないからわからないよぉ」


「オレだって知らないよぉ」


 シュウはチケットの裏に印刷された地図を見ながら、きょろきょろとしている。


「あ、あそこだ」


 そのライヴハウスはアコースティック専門の老舗で、昔はフォーク・シンガーの登竜門のようなお店だったらしい。ロックのライヴハウスとは違い、こじんまりとしたアットホームな雰囲気で、開演前には出演者も客席でくつろいでいる感じだった。

 わたしはカウンターにいるケイタを見つけた。実際に会うのは約4年ぶりだ。声をかけるのをためらうには充分な時間だった。


「ケイタ、久しぶりです」


「詩織?来てくれたんだ、ありがとう」


 21歳のケイタは、すっかり大人になっていた。適度に伸びたクセのある髪の毛、まっすぐに通った鼻筋、シュッと引き締まった顎のライン、男の顔だ。一瞬わたしは、シュウの存在を忘れてしまうほどケイタに見入ってしまった。


「あ、こちら加瀬シュウくん。やっぱり音楽をやっているの」


 あ~、またシュウはしょぼくれた顔をしている。


 素人のわたしが言うのもおこがましいのだけれど、ケイタのライヴは素晴らしかった。心に響く歌だった。こんなに上手くて、魅力的だとは思わなかった。ケイタのファンらしいお客さんもたくさん来ていた。

 帰り道、隣にいるシュウも同じことを思ったのだろう。悔しさみたいなものを感じていたんだろう。普段よりも口数は少なく、わたしと目を合わせようとしない。

 わたしが思っている以上に、シュウにとって刺激になったようだった。その夜を境に、シュウが音楽に打ち込む度合いが明らかに変わったのだった。


 レコード会社には、新人発掘のための部署がどこにでもあるものだった。いわゆるデモ・テープを受け付けて、才能のある新人を探すのだ。シュウも自分の曲を録音しては、デモ・テープを送るようになっていた。たまに返事が来ているようだったけど、反応は決していいものではなかったみたいだ。

 一人で弾き語りのライヴもやっていたけれど、お客は少なく、わたしは毎回かける言葉に困っていた。

 音楽にのめり込むごとに、シュウのバイトの時間は減っていった。当然、収入は減り、わたしたちの生活も楽ではなかった。

 なんとなく、シュウに元気がなくなっていくのをわたしは感じていた。



「ねぇシュウ、駅前に新しくできたイタリアンのお店に行ってみない?部屋にこもってたら煮詰まっちゃうよ」


 ある時、気分転換も兼ねて二人で食事に出かけた。


「いい感じのお店だね」


「大丈夫か、今月お金ある?まだ半ばだよ」


「大丈夫よ、なんとかするから」


 お店は若いお客さんでにぎわっていた。わたしには、同じ年頃でおしゃれに着飾った女の子たちがまぶしかった。


「わたし、いつかシュウと二人でお店やりたいなぁ。こんなレストランでもいいし、居酒屋さんとか。ほら、大宮の叔父さんのお店憶えてる?あんな感じのあったかいお店」


 シュウはパスタを口に運びながら、目は遠くを眺めている。心ここにあらずという雰囲気だ。


「一緒に内装考えてさ、ペンキとか塗るの。シュウ得意そうじゃない。お金かかるのかなぁ。いまから少しずつ貯めていこうよ」


「そうねぇ」


「あー興味なさそう。なんか、シュウ最近暗いよ。音楽のことばっか考えてるんでしょ」


「しょうがないよ。このまま終わるわけにはいかないじゃん。オレ、まだ何も残してないからさ」


「何も残してない?」


「そうさ。詩織と出会う前の、どこにでもいるような男から何も変わってない。まだ何者にもなってない」


「シュウはシュウじゃないの?」


「オレって何?詩織はオレのどこが好きなの?オレなんて何もないじゃん。望むような自分に、ぜんぜんなれないんだよ」


「シュウ・・・」


 わたしはハッとした。今のシュウは少し前のわたしだ。わたしだって本当は何者かになりたかったのに。胸が締め付けられるように苦しかった。


          ーつづくー

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