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架空  作者: テラサキマサミ
7/15

#06  詩織 17

―詩織 17―


「ちょっとキツすぎるかなぁ」


 わたしは鏡の前で化粧をしていた。まぶたの上に引いたアイラインの長さが気になっていた。

 女なんてメイクや服装でどうとでも変わる。大人っぽく見せるべきか、純真な少女を演じるべきか。

 今日これから会う人、映画のプロデューサー、沖田宗一さん。オーディションの時にいたのはわかるんだけど、はっきりと顔を覚えていない。その人に少しでも気に入られるよう自分を作りたいのに、相手のことがわからないのだから話にならない。


 毎週通っているプロダクションには、テレビやCM、グラビア、映画などいろいろなオーディションの告知が、一覧で貼り出されている。スタッフと相談しながら、わたしもこれまでにいくつかのオーディションを受けていた。そのうちのひとつからプロダクションへ連絡が来たのだ。もう一度会いたいとのこと。プロダクションのスタッフと二人で、プロデューサーのオフィスに伺うことになっていたのだった。



「新しい会社だから、うちもまだ仕事したことないんだよねぇ。ただバックにはテレビ局が付いてるんで、これから伸びるかもしれない」


 プロダクションのスタッフである河口さん。若いがやり手だとの評判だ。


「この辺だね。じゃ降りて」


 河口さんの運転するクルマを降りて、わたしは辺りを見回した。ビルに囲まれたオフィス街。わたしは、ここがどこなのかまったくわからなかった。


「もし役もらえたら大抜擢だからね。とりあえず聞かれたことだけ答えればいいから」


 河口さんの言葉にうなづいて、わたしたちはエレベーターに乗り込んだ。


 尼崎から埼玉に来て、もうすぐ2年になる。親元を離れ一人で生活をするのは大変なことだった。親のありがたみを感じていた。たとえ、夜はいつもいない親だったとしてもだ。

 昼間はウェイトレスのアルバイトをしていたけれど、そのお給料だけで家賃を払い、生活をし、プロダクションのレッスン代までまかなうのは厳しいものがあった。ましてやレッスンで出される課題をこなすことに必死で、高校も休みがちだった。近くには叔父さん夫婦が住んではいるけれど、心配はかけたくない。もちろん親に甘えるつもりもない。強がってはいるけれど、本当は一人で不安な毎日を過ごしていた。

 東京はとても華やかで、魅力的で、楽しそうに見えるけれど、現実は手の届かない憧れの世界にすぎなかった。今のわたしにはまるで無縁の世界だ。

 

 広いオフィス。電話で話している人、書類片手に打ち合わせをしている人、黙々とデスクで何かを書いている人。皆忙しそうにしている。その張り詰めた空気に、わたしは圧倒されていたのかもしれない。

 そのオフィスで何を話したのか、正直ほとんど憶えていない。大人の人が二人で仕事の話をしている。そしてそれを聞き流しているわたし。映画の配役について、主人公の友人役にどうかとのこと。無名のわたしからしたら願ってもないチャンスだ。そのくらいはわかる。

 気付くと河口さんは帰ってしまい、わたしは沖田さんと二人きりになっていた。


「大事な役だからね、もうちょっと話したいな。お腹空いてない?食事に付き合ってくれるかな」


 そう言うと沖田さんは立ち上がった。


「このまま上がるから。あとはよろしく」


 スタッフに声をかけ、オフィスを出る沖田さん。わたしは慌てて後を追った。

 外はもう暗くなっていた。入ったお店はタイだかベトナムだかの、アジア料理のお店だった。美味しいんだよ、と言われたけれど、メニューには見たことも聞いたこともない料理が並んでいた。わたしは「東京」を感じて、気後れしていた。

 いろんな映画のことや、名のある女優さんのこと、演技がどうだ性格がどうだと話されたところで、わたしには返す言葉はない。正直なところわたしは早く帰りたかった。それに、今どこにいて、どうやって帰ればいいのかさえわからないでいた。その不安の方が大きかった。

 店を出てタクシーに乗った。送ってくれるのだろうと安心したのも束の間、ホテルに入ったのだった。わたしは入るのを拒んだ。その時の沖田さんの言葉が、その夜の間中、耳にこびりついて離れない。


「女優になる覚悟があるなら、どうってことないはずだ」 


 そうゆうもんなんだと自分に言い聞かせた。何度も何度も言い聞かせた。納得するしかなかった。アイラインを長く引きすぎたことを、少し後悔した。あのオフィスで河口さんが帰り際に、笑っていた顔を思い出した。


 わたしは子供だった。世間知らずだった。夢を叶えるとか偉そうなことを言って、結局何もできないでいる。この東京では、生きていくだけで大変だ。心が壊れないようにするだけで精一杯だった。自分を支えていた細い糸が切れようとしていた。もう限界だ。


 そしてわたしは、プロダクションに通うのをやめた。もうすぐ18になろうとしていた。


          ーつづくー

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