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架空  作者: テラサキマサミ
14/15

#13  シュウ 26

―シュウ 26―



「いらっしゃいませ。何名様ですか?」


 たまに見かけるチェーンのレストラン。おしゃれな洋食屋という感じだ。ファミリーレストランほど大きくはないが、明るくて、清潔感のある店内。そう、ここがぼくの職場だ。若い女の子に人気のお店で、ランチ時にはお待ちの列ができるほど。いやぁ、毎日忙しい。

 ついこの前、店長に昇格したばかりなんだ。とは言っても、仕事がキツいから社員だってすぐ辞めてしまう。いつも人手不足だし、店長ともなるとなんでもやらなきゃいけない。ホールに出て接客もするし、キッチンに入って料理も作る。事務仕事は山のようにあるし、忙しいばかりで割の合わない仕事だなぁなんて思っているけれど。

 振り返れば、2年前のことだ。一緒に住んでいた彼女がいなくなって急に一人になったんだ。

 彼女、詩織は結局、尼崎に帰った。ぼくも詩織も別れる気なんかまったくなかったし、あくまでも療養ってことで実家でしばらく過ごして、また戻って来るっていうはずだったんだけどさぁ。

 後で知ったことなんだけど、あの頃詩織は昼間の他に夜も働いていたんだ。お給料取りに来てって電話が来て、行ってみたんだ。小さなスナックでさ、週に3、4日働いてたとかで。夜の仕事を辞めさせたくて一緒になったはずなのにさぁ。ぼくはほんとにバカだったんだ。ぼくと一緒にいたら、詩織の負担になるばかりだもんなぁ。気付くのが遅かったよ。

 ちゃんとしなくちゃ。安定した生活をしなきゃいけないってことで、就職しようと今の会社に入ったんだ。なんで飲食の会社にしたのかって?それはいつか詩織と飲食店を開くためさ。そのために、少しでも経験を積んでおきたいと思ったんだ。

 何もなくなってしまったからさ、真面目に働いたよ。ちゃんとしなくちゃ。まともにならなくちゃ。ちゃんとした大人になるんだってね。

 それまで料理なんてしたことなかったけど、やってみれば楽しいもんだ。いつか自分でお店を開くぞって思ったら、勉強することがいっぱいある。

 詩織とはたまに連絡は取っているけど、なんかおかしなことになってるらしいんだ。お母さんと二人で、大阪でお店を始めたとかなんとか。喫茶店なのかな。けっこう料理もやってるとか。ええって感じでさ、あれ?オレとお店やるって話は? ってまぁ、元気にやってるんならいいんだけどさぁ。

 詩織が帰る時に、おかあさんと一度だけ電話で話したんだ。あんまり仲良くないようなこと聞いてたから、恐いお母さんなのかなってちょっと緊張してたんだけど。


「初めまして、加瀬シュウと言います。この度は、ぼくの力不足で、詩織さんを・・・」


「あー、いいのいいの。シュウくん?詩織のことありがとな。あのコはがんばりすぎて無理するとこがあるから。気にせんでええのよ」


 ちょっと拍子抜けしたんだ。


「あのコはね、あたしが19ん時の子だからな、あたしは自分の好きなこと犠牲にしたのよ。だからあのコには、好きなことさせたかった。そばにいてくれて感謝してるわ」


 お母さんは詩織に似てるなって思ったんだ。きっと似た者同士だから、反発したんじゃないかな。


 そういえば、詩織がいなくなって落ち込んでた頃、ある男の人から連絡があったよ。片山竜司って言ってた。詩織の古い友達だって。詩織は地元に帰ったって伝えたから、そっちで会えただろうか。詩織に伝えるの忘れてたよ。

 あれからぼくは、きっぱりと音楽は辞めてしまった。元々たいした才能なんてなかったのは、自分でもよくわかってたし。あの頃は詩織に対して、何か自慢できるものがほしかっただけなんだ。

 今度、大阪の方へ行ってみようと思ってる。詩織がやってるっていうお店に行きたいんだ。だってさ、お店の名前が『ホーボーズ・カフェ』って言うんだろ。どんなお店なんだろう。


 この前、驚くようなことがあったんだ。偶然テレビを見ていたら、あいつが出てきたんだ。あいつだよ。山口ケイタ。

 デビューしたことは知ってたし気にはしてたけど、ぼくも仕事が忙しかったし、音楽からも遠ざかってたからさぁ。

 ずっと音楽を続けてたんだなぁ。そらぁそうだ。あいつは才能あったもんなぁ。ぼくは嬉しかったよ。そして、詩織も見てるかなぁなんて思ったんだ。だって、あの曲を歌ったんだもん。懐かしかったよ。デビュー前に、レコード会社のスタジオでデモ・テープをレコーディングした時の曲だった。あの時は新曲だって言ってたけど、きっとずいぶん前に作ってたんだと思ったよ。あぁ、こいつもおんなじだ。ずっと詩織を追いかけてたんだなって。オレたち二人して、詩織を追いかけてたんだなぁ。

 そして、ぼくはわかったような気がしたんだ。ケイタは自分であろうとした。自分であることにこだわっていた。自分自身で勝負してたんだもんなぁ。ぼくのように何者かになろうとしたわけじゃない。架空の人物になんて、なれるわけがないんだ。



「それでは、次のアーティストを紹介しましょう。夜のヒット・ステーション初登場です。山口ケイタさーん」


「どうも、山口ケイタです」


「今日歌っていただく曲は、映画の主題歌なんですよね。高校を卒業して、様々な経験をする男女を描いた『架空』という青春映画で。そもそもこの曲は、映画に合わせてお作りになったんですか?」


「いえ、前から作っていた曲で、映画の内容にピッタリだということで・・・」


「やはり、山口さん自身の青春を歌っていらっしゃると?」


「そうですね。学生の頃からぼくの曲をほめてくれる人がいて、その人にほめてもらいたくて、ずっと音楽を続けてきたというか」


「そうですか。では、歌っていただきましょう。ヒット・チャート急上昇中。山口ケイタさん、『しおり』です。どうぞ」





   しおり


  本にはさんだしおりみたいに

  君はいつもぼくの目印

  今ぼくはどこにいるのか

  君はいつもぼくの目印


  いつだって

  ぼくの先を行く君を

  追いかけていたんだ

  追いつきたかったんだ


  しおり

  遠く離れたこともあったけど

  いつも心の中に君がいた

  しおり

  君の笑った顔が見たいんだ

  また会えるその時を

  いつも待っているんだ


          ーつづくー

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