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架空  作者: テラサキマサミ
13/15

#12  シュウ 24

―シュウ 24―


 ぼくは部屋で詩織の帰りを待っていた。少し苛立っていたと思う。いや、怒りと失望に満ち溢れていたと言った方が正しいだろう。じっとしていられず、部屋の中をうろうろ動き回っていた。ついさっき、寺田さんから電話があったのだ。

 待ち疲れた夜遅く、やっと詩織が帰って来た。


「ただいま」


 詩織の顔は疲れているように見えた。それなのにぼくには、思いやる言葉をかける余裕はなかった。

 この2ヶ月ほど、ケイタとの音楽活動は一旦停止していた。ケイタの父親の会社が倒産したとかなんとかで、それどころではないのだろう。それはしょうがない。それでも予定していたソニック・レコードのデモ・レコーディングだけは終わらせた。何か動きがあるのでは、と寺田さんからの連絡を待っていたのだった。ところが電話の内容は、ぼくの期待するものとはまるっきり真逆だった。ぼくはそのやるせなさをぶつける相手を間違えてしまったことに気付いてなかった。


「詩織、どうゆうことなのか教えてくれ」


 抑えられなかった。ぼくはまくしたててしまった。


「詩織が頼んだのか?ケイタに、オレと組んでくれって。それであいつはオレと組んだって?どうゆうことなんだよ」


 詩織は何も言ってくれなかった。ぼくは余計に苛立ってしまった。


「だいたいケイタとはどうゆう仲なんだよ。ホントはケイタの方が好きなんじゃないのか」


 言い過ぎたことは自分でもわかってるんだ。でも、止められないもんなんだ。キッチンに立つ詩織の後ろ姿が小さく見えた。


「シュウ、、、憶えてる?わたしのこと守ってくれるって言ったんだよ。なんだか、遠くへ行っちゃうようで、不安なんだよ」


 ぼくは詩織が今にも泣きそうな顔をしていることにようやく気付いた。


「音楽を応援したい自分と、うまくいかないでって思う自分がいるの。デビューしたら違う世界の人になっちゃうじゃない」


 ぼくには何も返す言葉はなかった。気付いたら外に飛び出していた。アパートの外階段を降りるカン・カン・カンと響く音が、しばらく頭に残っていた。どこにも行く場所なんてないんだけれど。



「加瀬くん、電話よ」


 ぼくのアルバイト先、荷物整理の倉庫に事務のおばさんの声が響いた。


「あ、すいません。今・・・」


「女の人よ。なんか急いでるみたい」


 真っ先に詩織の顔が浮かんだ。今朝、体調が悪いと言って、仕事を休んでいるのだった。夕べ、夜中にぼくが戻った時には詩織はもう眠っていた。朝、調子が悪そうな詩織の姿が気にはなったけど、うまく言葉をかけられずに出て来てしまったのだった。


「もしもし、詩織?どうした?」


「シュウごめん、息が苦しいの。立てないの・・・」


 受話器からは、なんとか聞き取れるほどのか細い声。こんなかすれた声聞いたことない。ぼくは詩織の普通じゃない様子を察した。


「大丈夫か?ちょっと待って、救急車呼ぶから。待てるか?」


 事務所の職員が心配そうに見守る中、ぼくは慌てた声で救急車を呼んだ。


「すいません、帰ります。すいません」


 ぼくは全速力で駆け出した。

 オレのせいだ。オレのせいだ。オレのせいだ。


 詩織は眠っている。病室のベッド。腕に繋がれた管の先には、点滴が下がっている。ちょっと痩せたかもしれないな。ぼくは詩織の頬に手をやった。

 自立神経失調症。病院の先生から言われた。不安神経症とも言うらしい。疲れが溜まっているんだろうと。動悸、息切れ、頭痛、吐き気、貧血、人によっていろいろな症状が出るらしい。

 詩織はずっと不安だったんだ。ぼくは顔を覆った。数日入院して様子を見ることになった。

 治療は長期に渡ること、生活環境を変えることが大事とのこと。ストレスなく、ゆっくりと心が休められる生活。それって、今のぼくと一緒でできるのか? ぼくは詩織に安心を与えられるのか?


 夕方、詩織が目を覚ました。詩織の手を握りしめて、ぼくは何度も謝った。


「詩織、ごめんな。オレのせいだ。ごめんな」


「シュウ、そんなことないよ。謝らないで」


 詩織は笑ってくれたけど、ぼくは涙が止まらなかった。


 部屋に戻ったぼくは一人だった。一人を痛感した。詩織と生活をしていた部屋。詩織だけがいない部屋。ぼくは何もなくなってしまった。ゆっくりと部屋の中を眺めた。そして、自分の無力に情けなくて泣いたんだ。


          ーつづくー

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