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架空  作者: テラサキマサミ
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#00   序章

まだ何者でもなかったぼくは

何者かになりたかった。

それが何なのかはわからなかったけれど、

例えば架空の人物のような

そんな何者かになりたかったんだ。




ー序章ー


 できたばかりの真新しいライヴハウス。黒塗りの壁にアルファベットの赤い文字。倉庫のような無機質な建物ながら、近未来を思わせるデザインは、いくら都会の繁華街とはいえかなり人の目を引く異質さがあった。音楽ファンの間では、完成前から話題になっていた注目のスポットだ。

 お昼前だというのにたくさんの人が入場を待っている。個性を主張するような思い思いの服装で、いかにもロックが好きそうな若い人たちがほとんどだ。列を整理する係員のアナウンスが聞こえる。今日は休日、いい天気だ。まだ春先ではあったけれど暑くなりそうだ。もうすぐ開場の時間だ。

 入口に貼られたポスターには、今日の出演者の名前が連ねてある。7、8組はいるだろうか。いくつものヒット曲を持つ、かなり有名なロック・バンドの名前もある。オープニング・イベントらしい華やかさだ。その中のひとつ、HOBO<ホーボー>という名前。それがぼくとケイタのユニット名だ。二人組で、アコースティック・ギターを弾きながら歌う。そんなスタイルだ。


 ぼくらはまだアマチュアだったけれど、少しは人気があったんだ。ライヴを重ね、お客さんは増えていき、耳の早い音楽ファンからはそれなりに注目されるようになっていた。

 ぼくらのようなアコースティックな音楽は、ロック・バンドのような華やかさはない。アコースティック・ギターを思い切りかき鳴らしたりはしても、やっぱりエレキ・ギターには敵わない。なのでサウンドよりも、なにより曲で勝負なのだ。曲に魅力がなけりゃ、多分相手にされない。ぼくらはいい曲をやっていると思う。そこはちょっと自信があるんだ。

 ほとんどの曲はケイタが作っていた。ぼくも曲は作るんだけれど、正直ケイタの方がいい曲を作ってくる。そこはちょっと悔しいところもあるんだけれど、まぁいいんだ。いい曲を演奏して、人気が出ればいいだけだから。

 今日はいろんなメディアや音楽関係者も来るらしい。控室にいても、ステージ裏の慌ただしい雰囲気が伝わってくる。ぼくもケイタもいつもとは違うその空気に、少し緊張していたけれど、気合いも入るってもんだ。

 鏡を見ながらヘアスタイルなんかを気にしていると、激しい演奏が壁伝いに聴こえてきた。どうやらライヴが始まったようだ。ぼくらの出番はこの後だ。


「今日、詩織ちゃんは来てるの?」


 ミネラル・ウォーターのペットボトルを開けながら、ケイタがぼくに聞いてくる。


「おう、来てると思うよ」


「そうか」


 ケイタはペットボトルの水をぐいっと飲み込んだ。

 控室のドアをノックする音。


「ホーボーさん、準備お願いします」


 さぁ、いよいよだ。ぼくらは目を合わせ、にやりと笑った。ケイタの自信にあふれたその顔にぼくは安心する。アコースティック・ギターを手に、ステージに向かって廊下を歩く。その向こうからライヴの歓声が聞こえる。ステージの明るい光が見えた。


 その日ぼくらは、最高のステージを披露した。そしてそれはぼくにとって、最後のステージになることをぼくはまだ知らなかったけれど。


           ーつづくー

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