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氷の国の第一王子③


「か。かくれんぼ、ですか……」

「はい。エリオット様が最近ハマっているようで……。しかし、マア。これがなかなか見つからないのです。日に日に隠れるのが、上手になっておいでで……。昨日なんて半日かけてようやく見つけたものです」


ヴィクトルは疲れた顔をして、項垂れる。カルディアはウフフと、しとやかに笑った。エリオットが年相応の男の子であったから、可愛く思えたのだ。


デビュタントボールから三日経ったころ。王室からジムニー男爵家に手紙がきた。内容はといえばやっぱり、エリオットがカルディアと遊びたいというものであった。

この前は、カルディアに余裕がなくて、あんまり話せなかったから会っておきたいな、と急いで返信を出した。

その翌日。

彼女は王宮の広くて長い廊下を歩いていると、護衛のヴィクトルが嬉しそうに駆けてきた。エリオットの姿が見えないので、尋ねれば、かくれんぼ中なのだと言う。それで、カルディアに見つけてほしいというわけであった。


カルディアは「それなら頑張って探してみますわ」と笑ってみたが、ぽそり。疑問を口にする。


「隠れる範囲は決まっていますの?」

「いえ……。それが決まっていないから厄介なのです。昨日は王宮内で見つけましたが、その前は離れの厩で見つけました」

「マア……。それじゃあ、王宮内にいるのだとしたら、私は探せませんわ。勝手に入ってしまったら大変なことになりますもの」

「そのご心配には及びません!私がカルディア様とご一緒にお探ししますので、王宮のご案内はお任せください」

「助かりますわ」


ありがとうございます、とチョット膝を折って礼をする。ヴィクトルもキザな台詞を言って、礼をした。

はじめ。二人は最も大きな、中央の庭園から探し始めることにした。

この庭園は言わば迷路のようである。以前エリオットに会いに行った中庭とは違い、建物に囲まれていないので、かなり広い。ところどころ、庭を見渡せる区画もあるようだが、ほとんどが背丈以上の木が壁のように並んでいて、立っていれば先も出口も分からない造りになっている。しかも、厄介な迷路はいくつもあった。

ヴィクトルは、いつも最初にこれら迷路をひとつずつ潰していくのだという。それなので、今回も同じように探すことになった。


ひとつめの迷路は一方通行のようで、カルディアはヴィクトルと並んでスイスイ。通っていく。歩きながら、ヴィクトルは他愛ない話をした。


「前国王様はたいへんに酔狂な御方で、お招きになった来賓の方々と、こちらの庭園でかくれんぼなどをされたそうです。エリオット様もこの話を聞いてから、かくれんぼで遊ぶようになりました」

「へえ……。前国王様は愉快な方でしたのね」

「ええ。そう聞いています」

「イコラージュ卿は、エリオット殿下の護衛になって長いのですか?長いと言っても、五年くらいだとは思いますけれど」

「はい。エリオット様がお生まれになったときから、護衛をしております。騎士として王宮に来たのはもっと前です」


ヴィクトルはふと空を眺め、懐古する。その顔は、どこまでも穏やかで、愛しさで溢れるような柔いものであった。

カルディアはその様子を横から見て、エリオットの周りに優しい人がいることを嬉しく思った。




さて。エリオットを探して早ニ時間。庭園の迷路は三つ潰したが、まだあとひとつ残っている。

ヨシ。と二人で励まし合って、入口に進もうとしたときであった。


「ヴィクトル!」

「?ランボルト、どうしました?」

「ア。応接中に失礼いたします」


ランボルトと呼ばれた青年が、カルディアに気付いて、慌てて礼をする。彼女も静かに淑女の礼を返した。


「それで。何かあったんですか」

「ああ。えっと……」


ランボルトはカルディアをチラチラ気にして、話を進めない。察した彼女は身を引いて、離れたところにちょこんと立った。お構いなくという意味である。

それに軽く会釈で返して、ランボルトはヴィクトルに顔を寄せて小さい声で何かを言った。その声は、カルディアの元には届いていない。


「っ!」

「団長も副団長もいなくて、頼れるのお前しかいないんだよ!」

「……」


ヴィクトルは数秒怖い顔をして、拳をつくっていた。それからキッ、とランボルトを睨むように見て、二人は重く頷いた。おそらく、只事ではないのだろう。

去る前に、彼はクルリ。振り返って、カルディアに頭を下げる。


「カルディア様。大変申し訳ございません」

「イコラージュ卿、お顔をあげてくださいませ。私は平気ですわ。庭園は、あとここを見て回ればいいのでしょう?」

「はい。ですが……」

「たぶん出てくるのに四十分はかかると思いますから。それまでにはイコラージュ卿もこちらに戻ってきてくださいますよね?」

「はい!もちろんです!すぐに戻りますので」

「ええ。いってらっしゃいませ」


何も気にしていないふうに明るく笑って見送った。きっとヴィクトルは四十分で戻ってこれないだろう。

カルディアは高い空を見上げて、ちいさく息を吐く。ゆっくり探そうと思った。


最後の庭は、分かれ道が多かった。何度も同じところに戻って、グルグル。抜け出せない。カルディアは、三時間近く歩き続けていたから、さすがに疲れて、その場に腰を下ろした。

中央の庭園は全滅みたいね……。あと、庭園は東と西にひとつずつ。王宮もまだ探していないわ。イコラージュ卿は、半日で見つけたとおっしゃってたけど、大したものだわ。

力なく笑って、フサフサの緑の壁に寄りかかる。太陽の光が気持ちよくて、このまま眠ってしまいそうだった。

ア、だめ……。

本当に、ねむ、って……


「?」


半分眠りかけて脱力した手が、何かに触れた。それは、とても冷たくて。目が覚めるほどであった。

カルディアは気になって、手に当たっているものを探る。四つ這いの体勢で植木を覗くと、接地面にちいさな穴が開いていて。そこからキラキラした宝石みたいなものがはみ出ていた。彼女はこの宝石みたいなものに触れたのであった。きれい……。

それにしても、こんなところに高価なもの(たぶん)が落ちているなんて……。誰かの落とし物かしら。それとも、いたずらな動物が持ってきたのかしら。そしたら、もしかしてこの穴はウサギの穴かしら。

そう思って見てみれば、その穴の奥に空間が見える。カルディアは、アレ?と思った。

なぜなら。その空間が、ずいぶんと広いからであった。

彼女は自分のいる、植木に囲まれた道を見る。そして、考える。

同じであった。この迷路の道幅と同じくらいの道幅が、この穴の奥にある。

カルディアはそれでパチン、と閃いた。


「隠し通路……?」


ぽつ、と言って。次のときには、大胆にも、その穴をかき分けていた。

ア!

やっぱりである。その穴を広げようとかき分けても、枝や幹が邪魔しないので、本当にカモフラージュのようであった。穴はどんどん広がって、カルディアの身体はすんなり通っていく。

カンペキに予想は当たっていた。

のだが……。


「っ!」

「……」


当たりではあったのだが。さすがに、“ここ”までは考えが及ばなかった。

カルディアは、穴の向こう側とこちら側に身体を分けた状態で固まった。顔は右を向いて、手は地面にべたり。ついている。

見えているものといえば、輝く白雪の髪。それから、血のない白磁の肌。それから、硬いプラチナの瞳。

どうして……。どうして、オスカー様が……。

彼女は目の前の現実を疑った。また夢でも見ているのだろうか。

まさか、こんなところで会うとは、誰も思うまい。

お互いの視線は一向に外れないでいる。

しかも。この前会った時よりも、だいぶ距離が近い。手を伸ばせば届く距離にいる。驚きのあまりなのか、恐怖のあまりなのか。カルディアは、目を丸くして、無意識に息を止めていた。だから苦しくなっていることに気付いて、自然に息を抜いて、また吸った。


「ア」


呼吸をしたら、チョット視界が広くなって、下にある淡いブルーを見た。

それは、ずっと探していたちいさい男の子。エリオットであった。

エリオットはオスカーの膝を枕にして、気持ちよさそうに眠っている。

マア。だからといって、カルディアとオスカーの間にこれといった話題はなかった。暫しの静寂。

カルディアはエリオットと目が合っていないだけでも、救いだと思った。


「出てきたらどうだ」

「エ」


静寂を破ったのは、意外にもオスカーであった。冷たい声で、淡々と。それは命令のように聞こえた。

カルディアは少し躊躇って、ゆっくり。赤子が自力で産まれるように、出てきた。

それから、どうしようかと四つ這いのまま思案して。何故だか、オスカーの隣にちょこんと座ったのである。オスカーはチラと、ちいさい女を見て、すぐに正面に顔を戻した。

カルディアは自分の息を聞くのも恥ずかしくなって、近くの話題を手に取る。


「エリオット殿下、こちらにいらしたのですね」

「……ああ」


オスカーが返事のようなものをしたので、彼女は話を続けることにした。


「探すのに苦労しましたわ」

「碧の王子はちいさい」


オスカーの返事が文になる。

だから、見つけるのに苦労するということかしら。


「ええ。ちいさくて可愛らしいです」

「ちいさいものは、苦手だ」

「……私は、片付けが苦手です」

「……そうか」


奇妙だった。

オスカーと何だか普通に話せていることが、奇妙であった。

言葉数は少ないし、淡々としているけれども、拒否の意思は見えない。私のこと、チョットは受け入れてくれているのかしら……。

会って間もないのに、お互いちゃんと挨拶も自己紹介もしていないのに。そんなことはあるのだろうか。


カルディアはふと。視線をエリオットからオスカーに向けた。どんな表情をしているのか、気になったのである。しかし案の定。硬い石のように、何を考えているのかちっとも読み取れない顔をしていた。カルディアは、同じ人間なのか、と疑うが、これが彼のいつもの顔なのだということを、何となく知っていた。だから、別に。反応がなくて悲しいとは思わない。


カルディアがジッと見つめていたので、オスカーは彼女が何か言いたいのかと思って、何も言わずに視線を合わせた。彼女は彼女で、視線が合うと思っていなかったのか、妙にぎこちなく瞬きをして、コクリ。ちいさく唾をのんだ。

それから、ア。と思い出す。


「先日は、どうもありがとうございました」

「……」

「素敵なお花の髪飾りを、贈ってくださいました、よね……」

「……」


あれ?ち、違うの……?

カルディアはオスカーが何も言わないので、不安になった。彼がプレゼントしたものではなかったのか。それなら誰が……?アイスラークをつくることができる人物が、他にいたのだろうか。

カルディアはグルグル考える。しかし分からないので、とりあえず間違いを正そうと思って、謝ろうとした。

が。オスカーはフイと、目を逸らして言う。


「気に入ったか」

「エ……。ア、はい。とても……」

「そうか」


ン?

カルディアは目を擦った。だって、一瞬。オスカーが笑ったように見えたから。

でも、次のときには、いつもの石顔に戻っていた。気のせい、かしら……?


カルディアはオスカーを見るのをやめて、目を閉じ、風で靡く緑の音を聴いた。

こんなに穏やかな気持ちで、彼の隣にいることが自分でも信じられなかった。

そういえば……。


「オスカー殿下は、どのような御用でこちらにいらっしゃったのですか?」

「……」


パチパチ。少女の瞼が瞬いた。

オスカーは表情を変えず、そして答えない。そこでようやく、彼女は失態に気づく。

いけない。こういうことはむやみに訊いてはならないのだったわ!カルディアは好奇心が強い子であった。

すぐに頭を下げて謝る。


「謝る必要はない。顔をあげろ」

「……」


言われて、カルディアはバツが悪そうにしかめた顔をあげた。

それからオスカーは「大した用事ではない」と、カルディアの質問に遅れて答えてくれたが、やっぱり詳細までは言わなかった。

恥ずかしくなったカルディアは肩をちいさくして、大人しくしようと思った。けれどそれは無理である。何せ、カルディアなのだから。


「ウ……ン」

「ア」


ふと。エリオットが寝ながら呻き声をあげた。何だか寝苦しそうである。カルディアはそれを見ると、姉の気持ちになって、心配した。

エリオット殿下……汗をかいていらっしゃるわ。

魔法のようにどこからか、ハンカチを取り出して。エリオットの額の汗を、撫でるよりも優しい手つきで、拭った。

ひと通り、拭い終わってハンカチを離す。ついでに、知らずに近づけていた顔も離すと、今度は硬質なプラチナが目の前に映った。


「!」


エリオットが、オスカーの膝で眠っていることをスッカリ忘れていた。最初よりもずっと距離が近くなって、心臓の大きい音が耳に届く。

銀を溶かした瞳が美しいと思った。鋭くて、ただ一点を射抜くその視線に鳥肌が立った。

声も出ない。音も聞こえない。目の前の光景だけが、彼女にとって、今ある全てだった。


「カルディア」

「っ」


突然。低く、肺を侵す冷たい声で名前を呼ばれて、カルディアは怖がるみたいに驚いた。身体はビク。と跳ねて、瞼がいっぱいに開く。

オスカーは、カルディアと同じく、どこからか一枚のハンカチを取り出してみせた。それで、何も言わないので、彼女は首を傾げた。

オスカーもエリオットの汗を拭おうとしているのだろうか。そう思ったが、すぐに違うと分かった。

彼のハンカチの刺繍が、カルディアのものと酷似していたのである。


「その、ハンカチは……」

「……」

「……どうして。オスカー殿下が?」

「……二年前。城下町で襲われるところを、ある少女に助けられたことがある」

「?」


二年前……?カルディアは、自分の二年前を思い起こす。

ニ年前といえば。淑女教育を終えた年である。それも年を跨いですぐのことであったから、彼女はたいへんに退屈していた。このまま放置したら、本当にどこかへ消えていってしまうのではないか、と不安になった男爵が、仕事ついでに、彼女を氷の国へ連れて行ったのも、その年であった。

そこで、彼女は――。


カルディアは、ハタと気づいた。

そうだわ……私はあの時。ミシェルと城下町で遊んで、それで。自分より大きな男の子を助けたのだわ。

そして、その男の子というのが。


「オスカー殿下でしたのね」

「……」

「まったく気がつきませんでしたわ」


オスカーは何とも答えない。ただ、あの時にもらったハンカチをぼうっと見ていた。カルディアはその様子を見て、チョット顔を赤くする。ハンカチの刺繍は、彼女が十歳のときに練習で縫ったものだった。


「刺繍は、片付けの次に苦手ですの。ほら、見てください。“d”が曲がっていますでしょう?」

「……そうだな」


彼女は下手くそな刺繍の名前を見て、クスリと笑う。オスカーは笑わなかったが、冷たくて優しい声をしていた。

そんな声を聞いたのは初めてで、カルディアは熱に浮かされたように、頭がユラユラした。

カルディアはもう、オスカーのことを怖いとは思っていなかった。今は、彼のことをもっと知りたいと思っている。ほかにどんな声で話してくれるのかしら。どんな表情をして、何を思うのかしら。緑の隙間から入り込む陽光を浴びて、彼女はいつの間にか、夢うつつになっていく。

ア。だめ……ねむい、わ……。

そうして、まどろみに落ちていった。







「……」


スウスウ。寝息をわずかに立てて静かに眠る少女は、美しい男の肩に寄りかかっていた。身体が傾いてしまったための、事故のようなものである。男は、女の栗毛が無造作に自分の前で垂れるのを見て、意味もなく触れてみる。……。柔いな……。

それから、ゆっくり元に戻して、高い空を見上げた。浮かぶ雲は何だか、さっきの栗毛のように見えて、無垢な女そのもののように思えた。

男はチョット目を細めると、太陽の眩しさに己の感情を混ぜて隠した。





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