表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

少女の本音


カルディア・ジムニーは、ジムニー男爵の三女である。その家族は、父、母、長女、長男、次女、次男、そしてカルディア。毎日贅沢をするにはチョットばかり足りないところはあるけれど、自然豊かな虹の国で皆仲良く暮らしていた。


「先生、先生。氷の国の王子様って、どんな方ですか?」

「おや。彼の方々にご興味がおありで」

「ン〜、興味というか……敵を知ろうとおも」

「テキ?」

「エ、あ。そう、なんですよ!チョット興味がありまして、ね。自国のことは粗方学びましたから、外国のことももっと知りたいと言いますか……アハハ」

「そうですね。次回からは、他国についても学べるようにいたします」

「ありがとうございます、先生」


晴れた日の昼下がり。

カルディアは、自分用の書斎で家庭教師のミラー・マンドリクと勉強をしていた。「本日の授業はここまで」と言って退出しようとするマンドリクを引き留めて、いま最も気になることを訊いたのだ。

マンドリクは座るカルディアの横に立って、書棚を見ながらぽつぽつと説明を始める。


「氷の国の第一王子は、オスカー・フォン・アイスラーク殿下です。現国王陛下と王妃殿下の嫡男にございます。それから第二王子は、側室の公爵令嬢を母にもつ、シリウス・フォン・アイスラーク殿下です。カルディア様は、いったいどちらの王子殿下にご興味がおありでしょう?」

「……」


何だかチョット揶揄われているのかしら。マンドリク先生は、きっと私に恋愛感情の毛が生え始めたと思っているのだわ。恋愛なんて興味ないのに。

カルディアはムスッとしてみるけれど、そういえば、と思う。

氷の国の王子様と結婚して殺されるのは知っているけど、どっちなんだろう。王子が二人もいるなんて知らなかったから、考えが及ばなかったわ。

カルディアは困って、横のマンドリクをチラ、と見る。すると、彼はニコと笑うだけで、何も言わなかった。いじわる……。

マンドリク先生って、性悪だわ。気づいていたけど。


「結婚できなさそう」

「何か」

「第一王子のことを教えてください」

「かしこまりました」


マンドリクは地獄耳だった。


「先ほども申しました通り、第一王子はオスカー殿下です。御歳はカルディア様の三つ上。現在、十九歳でございます。たいへんに聡明で、見識が広いとのこと。国王になるべくして産まれた御方だと、専らの評判にございます。それに……」

「ウン」

「かなりの美丈夫だそうで。マアこれは噂ですから、実のところ、どうなのかは分かりません」

「へえ……」


国王になるべくして産まれた、ね。

カルディアはマンドリクの話を聞いても、あんまりイメージが湧かなかった。何だか、遠い空に浮かぶ白雲のような存在だと思った。

ふわふわ。輪郭の見えないオスカー像は煙のように消えていく。


「それじゃあ、第二王子はどんな方?」

「第二王子のシリウス殿下は、控えめな方だと聞いております。ご年齢が十四歳ということもあり、まだ正式に社交界デビューなさっていませんので、オスカー殿下よりも詳細な実態は掴めておりません。しかし、オスカー殿下に引けを取らず、美しい方だと言われています。こちらも噂ですが」


話し終えたマンドリクは机に立て掛けた杖を取り、コツンコツンと床を突きながら短い挨拶をして退室した。

それからカルディアはウーンと、考える。

どちらが自分を氷漬けにする冷血王子か、と。

第一王子は聡明で国王の気質がある。第二王子に関しては情報が乏しいので、よく分からない。

カルディアは小さい頭でグルグル考えた。

そして。


「分かるわけないわ!」


勢いよく部屋を飛び出していったのだった。







カンカン。コンコン。

鉄を打つ音が心地よく流れる場所――城下の鍛冶屋にカルディアは忍び込んでいた。


「ミルトン!」

「……」

「おーい、ミルトーン」

「……」

「ミ・ル・ト・ン!」

「わあああ!」


ミルトンと呼ばれた少年は作っていた剣を手放して、椅子から転げ落ちた。カルディアはアハアハ笑って、彼に手を差し出す。せっかく手を貸そうと思ったのに、ミルトンが自力で起き上がったものだから、彼女は面白くなかった。「つまんないわ」と言ってそっぽを向いてしまう。


「どうしたの。また抜け出してきたの?」

「そうね。そんな感じ」

「ふーん」

「ネ。ミルトンてさ、どんな子が好き?」

「……は?」

「だから、どんな女の子が好みなのかって聞いてるの」


グッと顔を近づけられて、ミルトンは慌てた。どもりながらカルディアの名前を呼んで、華奢な肩を引き剥がす。

それから深呼吸をひとつ。落ち着いてから、カルディアに向き直った。


「カルディア、何かあったね?」

「……」

「全部話さなくていいよ。話したいこと、訊きたいことだけ訊いて」

「……ウン。あ、のね。今朝、怖い夢を見たわ。私の未来の夢。私が結婚相手に殺されて、死んでしまう夢……」

「カルディア……」


カルディアは初めてそれを口に出して、自分が泣きそうになっていることに気付いた。声は震えて、弱弱しい。

ミルトンがそっと彼女の右手を握った。大丈夫だよ。そんな声が聞こえてくる。カルディアはチョットだけ安心して、ミルトンを優しい目で見た。


「結婚したくないと思ったわ。怖い思いをするくらいなら、優しくて大好きなお父様たち、ミルトンやみんなに囲まれて、ずっとここで暮らしたい……!」

「っ」

「このままがいいわ。ずっとこのまま……。ミルトン……ミルトンも、結婚なんてしないでよ?」

「っ……。ああ、きっとしないよ。カルディア」


ピスタチオグリーンの綺麗な瞳が、涙で濡れて揺れていた。ミルトンは衝動的に彼女を腕の中に収めて、ぐずる赤子をあやすように、ゆっくり。ゆっくりと、背中を撫でた。

ミルトンは彼女を抱きしめながら思う。

できもしないことを言ってしまった。ボクは近いうちに結婚するだろうし、カルディアもこれから社交界で出会う好き男と結婚するだろう。貴族で、しかも女の子だから。カルディアの意思に反して結婚の話は進んでいく。そうなったら、結婚して幸せだと言ってほしい。たとえボクたちが側にいなくても、この国でなかろうとも。幸せで溢れていてほしい。だって、カルディアに悲しい顔は似合わないから。

しばらく二人は抱きしめ合っていた。カルディアの呼吸が静かになったのを肌で感じて、ミルトンは彼女の頬に纏わりついた癖のある栗毛を、まあるく撫でてよけてあげた。睫毛はまだ、しっとり濡れていた。


「落ち着いた?」

「……ウン」

「ボクは、カルディアの一番近いお兄チャンだからね。また何かあったら、いつでもおいで」

「……ありがとう、ミルトン」


カルディアの真っ赤になった鼻をツツ、と人差し指で突く。すると、彼女が笑ったので、つられて彼も笑った。







鍛冶屋からの帰り道。

カルディアは赤くなった目元を擦りながら、トボトボと歩いていた。

夕日の赤が目に染みる……。

そう思って早く帰ろうと、歩を速めたときである。


「!」


ドレスの裾を引っ張られて、思わず立ち止まる。振り返れば、視界の隅に淡いブルーが見えて、目線を落とす。そこに、ちいさな男の子が頬を膨らませて立っていた。今にも泣きだしそうである。

カルディアは男の子の身長に合わせてしゃがんで、ニコ、と笑った。


「こんにちは。私はカルディア。ボクのお名前は、なんて言うの?」

「……エリオット」

「エリオット、素敵な名前ね。パパとママがつけてくれたの?」

「ウン」

「そうなの。エリオットに素敵な名前をくれたパパとママに、私も会いたいわ……。パパとママはどこにいるのかしら?」

「……わ、わから、ない」

「ア」


エリオットは堪えていた涙をとめどなく流した。カルディアは男の子を抱きかかえ、「ヨシヨシ」「大丈夫だよ」と声を掛けた。

ミルトンもこんな気持ちだったのかしら。

先ほどの出来事を思い出しては、チョットだけ恥ずかしくなる。カルディアの目元は、男の子のように赤いままであった。

早いうちにこの子を親御さんの元へ帰してあげなくちゃ。

夕日は半分沈んで、夜の風が舞い込んでいる。

カルディアはいっそう明るく笑って、エリオットを呼ぶ。


「カルディアお姉チャンと一緒に探しましょ」


エリオットはべしゃべしゃの顔のまま、コクリ。頷いた。

さて。


「ね、エリオットのお家はどこ?」

「……」

「エ」


カルディアに抱きかかえられたまま、エリオットは指を差す。

それも、この国で一等大きな建物を。

それつまり、宮殿である。

エ、エリオットって、何者なの……。

何だか嫌な予感がした。警告するかのように汗腺が開く。


「お城に、住んでいるの?」


コクリ。

お願い。


「パ、パパと、ママって……何、してる人、かしら……」

「オウサマだって、いってた。ママは、オキサキサマなんだって」


違うと言ってほしかった。エリオットから「いまのはぜーんぶウソ。ドッキリ。やーい、ひっかかったひっかかった~」と悪ガキの言う台詞が出てくるのを待ったけれど、無垢な碧い瞳は嘘など吐いていなかった。

ど、どうしよう。きっと王子には護衛がついているはず。今ははぐれているだけで――マア、あってはならないことなんだけど――そのうち見つかる。そうしたら、私は誘拐犯にされるかしら。「たまたま通りがかった親切なお姉さん」と言ったら、信用してくれるかしら。

カルディアは大きく息を吐いた。困ったわ、と思ったとき。


「エリオット様……っ!」

「!!ヴィ―!」

「ア」


ヴィ―と呼ばれた青年は顔面を白くしながら、エリオットの元へ駆けてきた。その後ろには数名の騎士が追いかけた。

エリオットも青年を見ると、カルディアの腕から飛び降りて走って行ってしまう。

それから、感動の再会と言わんばかり。仰々しくエリオットを心配して、何も異常がないことを確認していた。

カルディアは思う。

ヨシ。逃げよう、と。今しかチャンスはないのである。善は急げだ。誘拐犯にされる前に逃げてしまおう。

そう思ったのに。


「エリオット様、あの娘さんはどなたでしょうか?」

「!」


忍び足で退散しようとするカルディアを目敏く見つけたのはヴィ―と呼ばれる青年である。


「カルディアだよ。ぼくのパパとママにあいたいんだって」

「エ」


王子……。その言い方では誤解を生んでしまいますわ。

「会いたい」と言ったのは言葉の綾。エリオットが迷子なのかを、遠回しに聞くためにつかった口上にすぎない。それを本当のことだと受けとられた。エリオットは純粋な子であった。

カルディアは心なしか頭が痛むような気がした。いや、実際に頭は痛くなっているし、抱えたいくらいである。

青年はカルディアをチラ、と警戒の眼差しで見る。その射抜くような視線に、彼女の喉は無性に乾いていた。カルディアは青年の視線に囚われたまま、唾をのむ。


「ヴィ―!にらんじゃダメ!カルディアは、やさしい、いいひと。ぼくをたすけてくれたよ」

「……エリオット様」

「いじめないで」

「……申し訳、ございません」


カルディアはエリオットの手を取って、広場の真ん中でダンスを踊りたくなった。それくらい嬉しかった。

エリオットのおかげで、誘拐犯の疑惑は晴れた。ありがとう、エリオット王子。ありがとう、神様。

心の中の教会で、神とエリオットに感謝を告げる。

「さあ、帰りましょう」と青年がエリオットの手を引いて、いつの間にかやって来た馬車に乗せた。カルディアはエリオットに一礼をして、ちいさく手を振った。

エリオットは走る馬車から、顔をチョコっと出して「バイバイ」と言った。だからカルディアも馬車が去ってから「バイバイ」と返した。

日はすでに沈んでいて、街の明かりがキラキラと輝いていた。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ