腹黒若様の陰謀
ぎくりとして肩を跳ねさせる。
ちょっとちょっと、謙介さん何言ってるの⁉
そもそも壺を保管していたのは上杉家なのだから、事を荒立てないようにしてほしい。四百年の間に直江家はどこか遠い地へ行ってしまっただとか、そういうことにすればよいのではないだろうか。
きゅっと心臓が縮んだ南朋に、因幡は胡乱な目つきを向けた。
「全然似てない。なお姫はこんな、ちんちくりんじゃねえ」
「……そうですか。ちんちくりんで悪うございましたね……」
全く似ていないようである。顔で判明することはないらしい。安堵したというより、何だか複雑な心境だ。
そもそも生まれ変わりだとか、ロマンの領域だろうと思う。
因幡は過去の恋愛を取り戻したいようだが、なお姫自身はすでに亡くなっているわけなので、もはや終わったことだ。なお姫と南朋は別人なのだ。
哀しい恋は忘れ、別の人を探して嫁にもらったほうが幸せになれるのではないだろうか。因幡のことだから、絶世の美女が『わたしはなお姫の生まれ変わりです』と言えば信じそうである。なんかね、そういうチョロそうな雰囲気ある。
残る問題は勾玉だが、さて、どうしたものか。
この場で勾玉を返却すれば、許してもらえるだろうか。
けれど、父になんと説明しよう。この勾玉は娘にまとわりつく邪を祓うものなので、常に身につけさせよという遺言を、父は信じ切っている。本当の持ち主に返したと言って、納得してくれるとは到底思えなかった。
南朋は胸元の勾玉を取り出そうとしては手を下げることを繰り返す。所在なげに、うろうろと視線を巡らせた。
「えっと……勾玉なんだけど……」
「そうだ。特別に勾玉の力を見せてやろう。千代丸も、おまえに礼が言いたいようだしな」
そう言った因幡は腰を上げると、隣室へ赴いた。
勾玉の力とは、何だろう。単なるお守りだと思っていたが、披露するようなことができるのか。
南朋と謙介はあとに続いて、うさぎが戯れている部屋へ入室した。
先程南朋が連れてきた千代丸が、ぴょこりと耳を立ててこちらへやってくる。
因幡は千代丸に向けて、手にしていた勾玉をかざした。
すると、柔らかな光が勾玉から発せられる。
まるで初夏の木漏れ日のようだ。
その光は千代丸に降り注ぎ、彼の小さな体を包み込んだ。
「えっ……?」
目の前で繰り広げられる奇跡に、南朋は瞠目する。
ふわりと光が広がったかと思うと、そこには小学生くらいの男の子が立っていた。
「え、どうして……どこから⁉」
男の子は茶色の髪を揺らして微笑んだ。千代丸と同じ、チェスナットカラーだった。そして同じ色のうさぎの耳が頭から生えている。服は作務衣に似た和装をまとっていた。
突然現れた彼の代わりに、千代丸が姿を消していた。
男の子は、漆黒の瞳で南朋を見つめる。
「ぼくは千代丸です。南朋さん、ぼくを連れてきてくれて、ありがとうございました。帰り道がわからなくて、車道に出ちゃうところでした」
「……どういたしまして……」
ぺこりと丁寧にお辞儀されたので、唖然としつつも、南朋はお辞儀を返す。
うさぎが車道に出てしまいそうになった、という情報は、南朋と千代丸しか知りえないことだ。彼は本当に千代丸本人なのだと、納得せざるを得ない。
因幡は光の消えた勾玉を掲げた。
「この勾玉を使えば、眷属を人型にすることができる。ただ、現代はあやかしに馴染みがないらしいな。だから特別な事情があるときのみにしている」
「……すごい力があったのね」
「客にはもちろん秘密だぞ。おまえは特別だ。謙介の親戚だからな。いわば関係者だ」
「関係者にしなくてけっこうなんですけど、勾玉のことは秘密にしておくね」
勾玉にそのような特殊能力があるなんて、全く知らなかった。
南朋は幼い頃から勾玉を持たされていたのだが、勾玉が光を発したり、特別なできごとが起こったことは一度もない。
片割れということは、南朋の持っている勾玉にもそのような特殊な力があるのだろうか。
南朋はさりなげく因幡に訊ねた。
「ということは、なお姫にあげた勾玉にも、そういう力があるの?」
ところが因幡はその質問に、訝しげに眉を跳ね上げた。
「なんだぁ? おまえが知ってどうする、ちんちくりん」
もったいぶる因幡に、口端を引きつらせる。
まさかここで『私が勾玉を持っているからです』とは言えない。だが、なお姫の勾玉にどのような隠された力があるのか、そうするには勾玉をどのように使用すればよいのか、ぜひとも知りたいところだ。
「謙介さんは知ってるの?」
穏便に教えてもらおうと謙介を頼ってみたが、にこやかな笑みを浮かべる彼は、さらりと述べる。
「さあねえ。僕も因幡の勾玉の力には驚いたけどね。うさぎたちが人型になると彼らと話せるからとても便利だし、ときにはお手伝いもしてもらえるから助かるよ。悪いものではないから、ふたつあっても困らないんじゃないかな。……そういえば、南朋ちゃんが子どものとき……」