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米沢上杉あやかしうさぎ茶房  作者: 沖田弥子
第四章 なお姫を巡るふたりの男たち
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陰陽師の素顔

「ああ。俺も、解決したいことがある」

 動物の首無し死体の件があった。あの件を明らかにすれば、直江兼続は態度を緩和させるかもしれない。

 なお姫は去り際、つと因幡を振り返った。

 そんな仕草に既視感がよぎったが、それはつい先ほど、直江兼続が見せた所作にそっくりだった。

「因幡、また明日、ここで会えますか?」

「ああ。ここで落ち合おう」

 侍従が見張りについているくらいだから、なお姫が山へ行くのは難しいのだろう。因幡が城を出て、村の麓まで来るのは容易だった。

 答えると、なお姫は笑顔を見せる。手にした片割れの勾玉を、大切そうに胸に抱いていた。

「では、また明日に。宝物、大切にしますね」

「おう。なくすんじゃねえぞ」

 なお姫は足早に道を駆けていった。脱走してきたとのことなので、探されると困るからだろう。彼女がそれほどまでに因幡に会いたいと願ってくれたのは嬉しかった。

 なお姫の姿が道の向こうに見えなくなると、因幡は山道を登り、城へ急いだ。

 天明が残した捨て台詞が、頭の隅によみがえる。城について零した予言めいたものが気にかかった。

 あの陰陽師はなぜ、因幡が城に住んでいることを知っているのか。因幡の知らぬところで思惑が巡っているのを感じた。

 草を掻き分け、山を越え、もうすぐ城へ辿り着くという頃、因幡は異変に気がついた。

「なんだ……何が起こっているんだ?」

 城の方角から煙が上がっている。

 雉が甲高い鳴き声を響かせた。逃げだすように、鼠たちが駆けてくる。

 因幡が駆けだそうとした、そのとき。

 行く手を遮るように、狩衣をまとった天明が立ち塞がった。

「てめえは……!」

「自刃した武者から生まれた物の怪よ。あるべきところへ還るのがよかろう」

 刀に見立てた右の手で九字を切る。陰陽師が得意とする破邪の法だ。

 やはり彼ら人間にとって、因幡は悪しき物の怪でしかないのだ。屋敷に正体されたのも、初めから因幡を誘導して倒すのが目的だったのかもしれない。

 直江兼続が、俺を排除しようとしたのか……?

 信じたくはなかった。招待されたことに浮かれていた今朝までの己を殴りたいと思った。

「臨・兵・闘・者・皆・陣……」

 唱えられる真言を耳にした因幡は、裏切られた憎しみを痛烈に感じた。

 だが、直江兼続にとって初めに裏切ったのは、新発田重家のほうなのである。因幡は顔も知らない武将を激しく恨んだ。

 咆哮を上げ、天明めがけて突進する。

 破裂音が響き渡り、術が破られる。天明は体をぐらつかせた。

「うぐっ……」

 そのとき、呻いた陰陽師の顔にかけられた布が剥がれた。

 因幡は目を見開いて、彼の素顔を見る。

 天明の両眼には、一文字の傷が刻まれていた。

 それは明らかに人為的につけた傷だ。

「おまえ……目が……」

 体勢を立て直した天明は飛びすさり、因幡と距離を取る。とても目が見えないとは思えない俊敏さだ。彼は耳を澄まし、因幡の呼吸までも拾おうと神経を研ぎ澄ませていた。

「わたしは、五つのときに師の手で目を潰されたのだ。優れた陰陽師となるためにな。大勢いた子たちは傷をつけられ、物の怪の谷に突き落とされた。生き残ったのは、わたしのみであった。ほかの子らはみな、物の怪に喰われて無残に死んだ。我々の運命を哀れと思うであろう?」

「けっ……くだらねえ。呪うなら物の怪じゃなく、師匠のほうだろうが」

「ところが、そうはならぬのだ。そなたも、己の運命には抗えぬ。せめて生まれたことを呪うがよい」

 何の前触れもなく、天明は護符を投げつけた。

 まるでいい加減に放ったように見えた。

 因幡は妖力をもって、護符を弾き飛ばす。

 その刹那。

 小さな壺を構えた天明が、呪詛めいた真言を唱えた。

 途端に凄まじい力が起こり、因幡の身が引かれていく。

「うおっ……!」

 足で踏ん張るが、とても耐えられない。暴風雨に引きずり込まれるかのような引力だ。

 体が浮き上がり、壺めがけて吹き飛んだ。

 奇妙な浮遊感が訪れたあと、ゴトン、と頭上で蓋をしたような重い音が鳴る。

 瞬くと、そこには暗闇しかなかった。

「よし……呪符を貼ったぞ。これでそなたは、二度とこの壺から出られぬ」

「なに? おい、どうなってるんだ⁉」

 まさか、あんな小さな壺に吸い込まれてしまったのだろうか。手で辺りを探ろうとしたが、どうにも体が動かせなかった。腕があるのかも、感覚がわからない。

「安心せよ。そなたがいなくなりさえすれば、人々は平穏に過ごせるのだ。首無し死体が見つかることも、金輪際なくなる」

「あれは俺がやったんじゃねえぞ!」


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