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米沢上杉あやかしうさぎ茶房  作者: 沖田弥子
第四章 なお姫を巡るふたりの男たち
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謎の陰陽師

「……さて。そんなことを言ったかな」

 違和感を覚えるが、案内されたので敷居をまたぐ。

 廊下に上がる前に、侍従の男は振り向いた。

「ご家老の御前で帯刀することはならぬ。刀を預かろう」

「俺は見てのとおり、丸腰だよ。新発田重家の怨霊なんて言われてるけどな、刀を持ったこともないんだぜ」

 腕を広げると、男は因幡の胸元を掌で探った。短刀を隠し持っていないか確かめたのだ。

「なるほど」

 それだけを呟くと、侍従はさっさと身を翻す。飴色に磨かれた廊下をわたると、とある一室の前で彼は跪座した。

「因幡殿をお連れしました」

「入れ」

 すらりと襖を開けた侍従は顔を上げない。

 あの声の主が、直江兼続だ。

 ごくりと息を呑んだ因幡は、部屋に足を踏み入れた。

 だが、そこにいた人物に真紅の双眸を細める。

 なんだ……こいつは……?

 上座に座している袴姿の男が、直江兼続だろう。智謀の将と謳われる直江兼続は意外にも小柄だが、落ち着きのある佇まいを見せていた。

 不審なのは同席している男のほうである。

 狩衣を纏い、尖った帽子から垂らした布で顔が隠されていた。丸腰だが、この男からはおびただしい血の匂いがする。ただの貴人でないことは確かだった。

 警戒を滲ませつつ、畳に膝をついて頭を下げた。

「因幡と申します。ご招待いただきまして、光栄です」

 うむ、と直江兼続は頷いた。

 頭を下げるなど己の矜持が許さないが、なお姫の父親となると話は違う。

 認めてほしかった。因幡という男を。

 屋敷の者たちの警戒するような態度は、因幡が危険な物の怪だと思ってのことかもしれない。だが直江兼続は存外に、ゆったりとした空気を纏わせて因幡を迎えた。

 因幡の心中を汲んだかのように、狩衣の男を紹介する。

「こちらの者は、我が殿が雇っている陰陽師だ。そなたの噂を聞いているのでな、念のためにと同席してもらったまでだ」

 上杉景勝の直属の陰陽師と聞いて、奇妙な恰好に納得する。

「天明と申す。よしなに」

 低く呟いた陰陽師の男は、かすかに顔に垂らした布を揺らした。

 顔を晒せないということは、名も偽名だろう。

 彼の目が見えないためか、どういう人物なのかまるでわからない。だが直江兼続が、はなから因幡を退治するつもりではないことに、ひとまず胸を撫で下ろす。

 因幡は直江に向き直った。

「直江殿。先日は、なお姫に怪我をさせてしまい、申し訳ありませんでした。俺の配慮が足りませんでした」

 わずかな沈黙が流れた。

 それを因幡は奇妙に感じる。

「なお姫の怪我は、さほどでもない」

「そ、そうでしたか」

 直江はどうでもよいことのように、あっさりと片付けた。怪我はたいしたことはないのだと知って安堵したが、それならば、なぜわざわざ因幡を屋敷に呼び寄せたのだろうか。

 かすかな疑念を抱いた因幡に、智謀の将は淡々と言葉を紡いだ。

「あの娘が誕生したとき、占い師に『物の怪憑き』だと明言されたのだ。それゆえ、四人目の子の存在は公には明かさず、辺境の村に隠すようにして育ててきた」

「……は。そうなのですか」

 突然の話に目を瞬かせる。

 なお姫の出自には何やら事情があると思っていたが、そういうわけだったらしい。

 しかし、『物の怪憑き』とはいかなる意味なのか。因幡が見る限り、なお姫には何も憑いていなかった。

 直江は昔を思い出すように、遠くを見やった。

「いずれ憑かれた物の怪に、殺される運命らしい。当時は半信半疑であったが、まさか本当にその日がやってこようとはな」

「……直江殿! なお姫には何者も憑いていません。もしそのようなあやかしが近づいたなら、俺が退治します」

 クロヌリのときは出遅れてしまったが、二度となお姫を危険な目には遭わせない。

 そう決意した因幡は、必死に言い募った。

 また奇妙な沈黙が満ちた。

 直江兼続は何も喋らず、ただ因幡を見つめている。陰陽師がむせたように、小さな咳を零した。たまりかねて嗤ったようにも聞こえた。

 ――今しか言えない。

 沈黙を打ち破り、因幡は直江兼続に直訴した。

「なお姫を、俺の嫁にください。生涯大切にします」

 それは魂から迸った言葉だった。

 己の嫁になる女は、なお姫しかいない。

 だが次にかけられた直江兼続からの言葉が、冷ややかに因幡を突き刺す。

「なお姫に憑いている物の怪とは、そなたのことだ」


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