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米沢上杉あやかしうさぎ茶房  作者: 沖田弥子
第一章 俺様うさぎと美貌の若様
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大妖怪と美貌の若様

 やがて瀟洒な建物が目に入った。淡いクリーム色の外壁に、白い窓枠が並んでいる。喫茶店か雑貨屋だろうか。

 そのとき、抱きしめていたうさぎが「クゥ」と鳴き声を上げた。

 鳴いたというよりは、お腹から息を吐き出したようだ。

「ここがあなたのおうちなの?」

 問いかけると、うさぎは懸命に「クゥ、クゥ」と息を吐き続けている。

 そういえば、うさぎは声帯がないので声を出せないと聞いたことがあった。

 店の看板を見ると、そこには『上杉うさぎ茶房』と可愛らしい丸文字が躍っている。窓の向こうの店内には、お客さんの影は見えなかった。平日の午前中なので、まだ開店前かもしれない。

 もしかして、うさぎに関係する店だろうか。

 この子のことを訊ねてみようと思い、南朋は白い扉の前に立った。金色のドアノブに手をかける。

「……こんにちは」

 扉を開けると、カロン、と軽やかなドアベルが鳴った。

 その音色を粉砕する重低音の声音が響く。

「おう、客か」

 およそ客の来訪にふさわしくない台詞に、南朋は眉をひそめる。返事をした男が、奥から姿を現した。

「……あのう」

 圧倒された南朋は言葉が続かない。

 店員と思われる男は、あまりにも派手すぎる外見だった。

 輝く銀髪をふわりと跳ねさせ、瞳は血が滴るような真紅。肌が雪のように白く、精緻に整った顔立ちをしているが、そこに儚さは微塵もない。眦が切れ上がった双眸は凶悪だ。精悍な容貌からは雄の凄みが滲んでいる。

 しかも彼が身に纏っている服は、振り袖のような和装だった。

 剛健そうな右の肩は薄紫色の衣の中で千鳥が舞い、左側は白綸子地に金銀の菊模様が描かれている。緩く纏った着物を黒の帯を用い、腰で締めている。そして足元は編み上げブーツという恰好だ。お洒落なのかどうなのか、よくわからない。ただただ眩い。ここはコスプレカフェなのだろうか。

 さらに、怪訝に思う点がある。それは男の銀髪から、長くて白い耳がふたつ生えていることだった。

 まるでうさぎの耳のようだが、こういったカチューシャを成人男性が堂々と装着しているのはいかがなものか。

 唖然としている南朋が抱いているうさぎを目にした男は、ぴんと長い耳を立てた。

「おっ……千代丸! おまえ、どこに行ってたんだ。また俺が目を離した隙に脱走したな!」

 びくりと体を揺らしたうさぎは、南朋の腕から飛び降りる。叱責されるのを避けるかのように、男の脇を駆け抜けて奥の部屋へ入っていった。

「ったく、あいつはしょうがねえな」

「あの子、千代丸っていう名前なんですね。この店で飼っているうさぎなんですか?」

 南朋の問いに、ぎろりとこちらを見た男は一歩近づいてきた。

 背が高いので見下ろされる恰好になる。

 まるで猛禽類が小動物を吟味するかのような体勢だ。何だか距離感がおかしいんですけど?

「ここは、うさぎを愛でつつ茶を飲む店だ。あいつはこの店のキャストってやつで、俺の眷属のひとりだな」

「もしかして、うさぎカフェですか?」

「それだ。そして俺の名は因幡だ。かつて大妖怪として越後に君臨したうさぎの頭領さ」

 よくわからない自己紹介だが、そういったコンセプトの店なのかもしれない。メイドカフェのようなものと考えると、彼の奇抜な恰好も納得がいく。

 因幡はさらに、ずいと顔を近づけてくる。覆い被さりそうなので、南朋は後ずさりした。すると、その分を因幡は詰めてくる。

「……頭領ということは、因幡さんはカフェのオーナーですか?」

「店主じゃないぞ。俺はとある目的のために人間と契約して、客の相手をしたり、雑用をしてるんだ」

 要するに彼はアルバイトらしい。それにしては随分と居丈高なのだが。

 そのとき、奥のキッチンからもうひとりの男性が出てきた。

「いらっしゃいませ。……やあ、きみは……南朋ちゃん? 南朋ちゃんじゃないか。久しぶりだね」

 笑顔の爽やかなイケメンは白シャツにギャルソンエプロンを着て、足元に千代丸を従えている。因幡とは正反対の好印象を与えたその人には見覚えがあった。

「謙介さん⁉ もしかして、ここが謙介さんのカフェなの?」

 数年ぶりに再会した謙介は、すっかり落ち着いた大人の男性に変貌していた。

 柔らかな目元に、すっと通った鼻筋、唇は美しく弧を描いている。昔よりもっと背が伸びて、すらりと手足が長い。

 けれど謙介は記憶の中と変わらず、優しげな雰囲気を纏っていた。

「そうだよ。ついに憧れのうさぎカフェをオープンさせることができたんだ。南朋ちゃんが千代丸を連れてきてくれたんだよね。どうもありがとう。よかったらサービスするから、僕が淹れたカフェラテを飲んでいってよ」

 透き通るような涼やかな声音は耳心地がよい。

 大きく頷いた南朋は快く了承しようとするが、そこへドスのきいた声音が邪魔をする。

「なんだ、おまえら。親戚か? 上杉家の親戚ってことは、まさか直江じゃないだろうな」

 南朋のひいおばあさんは上杉家から嫁入ってきたそうなので、直江家は遠縁にあたる。

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