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米沢上杉あやかしうさぎ茶房  作者: 沖田弥子
第四章 なお姫を巡るふたりの男たち
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因幡となお姫の出会い③

 詳しく聞きたい気持ちはあるが、因幡は軽く受け流した。自分も出自について訊ねられると答えに窮する立場だからだ。

 新発田重家の首から出た怨霊と囁かれるのは腹が立つのだが、かといって人を納得させられるものを持ち合わせていない。

 触るなと言ったにもかかわらず、なおもなお姫は因幡の耳を撫で続ける。

 指先でちょいちょいといじるので、くすぐったくてたまらない。

「おい、いつまで触ってんだ。本物の耳だぞ。俺はうさぎの大妖怪なんだよ」

「噂には聞いております。山奥にそびえる大妖怪の城に近づくと、首を刎ねられてしまうと」

「知ってんじゃねえか。呑気に俺の背におぶわれていいのか?」

「おぶわれていては、逃げられません」

「……おまえは本物の天然だな」

 なお姫の呑気さに呆れてしまう。

 けれど、この娘と話していると、気の置けない友人と語っているかのように感じて心が軽くなる。

 なお姫が暴れて逃げだしたら、そのまま帰してやろうと思ったが、やがて城に到着してしまった。目を丸くした文太が走り寄ってくる。

「因幡さま! どうなさいました。その娘はどちらさまでございましょう?」

「なお姫だ。罠に嵌まって怪我をしていたから、連れてきた」

「なるほど……。では、お怪我の手当てをなさいますか? それとも、お風呂を沸かしましょうか?」

 どういう二択だと訝しく思ったが、嫁を連れ込んだので初夜の支度が必要かと、文太は気を遣ったのかもしれない。因幡は迷わず言った。

「まずは怪我の手当てをする。俺がやるから、道具を持ってこい」

「はい。ただいま」

 文太は俊敏な動作で奥へ行った。

 沓脱ぎ石に草履を脱ぎ捨てると、なお姫をおぶったまま室内に入る。畳に下ろしても、なお姫は逃げだそうとしなかった。足首を引き寄せて、痛みに顔をしかめている。

「かなり痛いか?」

「いいえ……子を産むときよりは、ずっと痛くありません」

 さらりと述べられたその台詞で、心臓を抉られたような衝撃に襲われる。瞠目した因幡はたじろいた。

「こ、子を産んだことがあるのか?」

「いいえ、ありません」

「……はあ? 今、『子を産んだときよりは痛くない』って言ったよな」

「想像で言いました。子を産むときは相当な痛みだと聞き及んでおりますので」

「…………」

 こいつは俺をおちょくってんのか?

 真紅の双眸を細めると、なお姫は大きな目をぱちくりと瞬かせる。

 何が因幡の機嫌を損ねたのか理解していないらしい。やはり天然の阿呆だ。

 文太が薬箱と水の入った盥を持ってきたので、手当てをしてやることにする。

「おら、足を出せ」

 すでにあられもなく、なお姫の足は投げ出されていたのだが、そう言って無造作に血のついた足袋を脱がせる。胡坐を掻いた足の上に、掴んだ細い足首をのせた。濡れた布で血と泥を拭う。

 折れそうな足首だった。この娘は首を刎ねるという噂の大妖怪に足首を掴まれても、何とも思わないようだ。剛胆なのか、阿呆なのか。きっと後者だろう。

 おかしくなり、因幡は口端を引き上げた。丹念に傷口に薬を塗って、その上から包帯を巻く。

「ほら、できたぞ」

 手当ては完了してしまった。

 なお姫の足首を手放さなくてはならない。名残惜しいという想いが胸に湧いた。

 おそるおそる足首を引いたなお姫は、安堵の笑みを零す。

「ありがとうございました。因幡さま」

「……『さま』は、いらねえ」

「では、因幡……と、呼んでよろしいですか?」

「おう。その怪我じゃ、山を下りるのは無理だろ。ゆっくりしていけよ」

 養生のために数日泊まってもよいだろう。ちょうどよく、文太がお茶を運んできた。

 だが、なお姫は凜として言った。

「陽が落ちる前に帰ります。乳母が心配しますから」

「……おう、そうか」

 そう返事をするしかなかった。

 呑気かと思えば、意外にも毅然とした態度は姫君らしいといえた。因幡としても、妖怪が姫をかどわかしたなどという展開に至るのは本意ではない。

 なお姫は品のよい所作で湯呑みを手にし、お茶を飲んだ。薬を片付けている文太に微笑みを向ける。

「おいしいお茶です。ありがとう、あやかしうさぎさん」

「はっ、恐悦至極に存じます。僭越ながら……なお姫さま、わたくしはあやかしうさぎには違いないのですが、名は文太と申します」

「文太さんですね。因幡の弟なのですか?」

「とんでもございません。わたくしは城の小間使いでして、ちょいと人型に変化できるあやかしうさぎといったところです。因幡さまはすごい妖力をお持ちの城主でございます」

 誇らしげに語る文太を、因幡は胡乱な眼差しで見やる。


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