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米沢上杉あやかしうさぎ茶房  作者: 沖田弥子
第四章 なお姫を巡るふたりの男たち
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因幡となお姫の出会い①

 時は戦国――越後の山奥には、あやかしが跋扈していた。

 あやかしたちの頭領は大妖怪の因幡と名のり、うさぎの耳を生やしたそれは美しい青年だと人々の間で囁かれていた。

 そんな優男ならば退治してやろうと言いだす荒武者に、周りの人間はまことしやかにこう言った。

「あの物の怪は、新発田の殿様の首から出てきたのだとさ」

 御館の乱を経て、上杉景勝は正式に謙信公の後継者となった。

 だが恩賞の件で冷遇された新発田因幡守重家は反乱を起こす。戦いの末、ついに上杉軍に新発田城が取り囲まれた。滅亡を悟った重家は馬を駆り、「親戚のよしみをもって、我が首を与えるぞ。誰かある。首をとれ」と叫ぶと、甲冑を脱ぎ捨てて自刃した。皮肉な辞世の句であった。

 そのときに重家の首を落としたのは、嶺岸佐左衛門という男である。

 佐左衛門が刀を一閃させた瞬間、血飛沫とともに、重家の首から純白のうさぎが飛びだした。

 その奇跡を目にした上杉軍は、因幡守の怨念が物の怪になった……と囁いた。

 大妖怪の因幡という男は、壮絶な死を迎えた新発田重家の怨霊だ。己の恨みを晴らすため、誰かの首を落としてやろうと徘徊しているのだ。

 そういう噂が市井に広がった。恐れた人間たちは誰も因幡の居城には近づかなかった。

 因幡守の化身だから、因幡と名のっているのかと察した荒武者は沈黙した。

 非業の死を遂げた新発田重家の道連れにされたくはない。

 さわらぬ物の怪に、たたりなし。

 あるとき、ひとりの猟師が山から転げるように逃げ帰ってきた。遭遇した因幡は勾玉を使って、不思議な術を繰りだしたと彼は語った。

 けれど猟師には無論、首がついていたので、人々はその話に興味を持たなかった。


 因幡は大あくびをひとつすると、ごろりと縁側に寝転んで手枕をした。

 この世はひどく退屈である。

 見上げた空は快晴で雲ひとつなかった。

 またうたた寝しかけたが、純白の耳がぴくりと反応する。

「因幡さま! またゴロゴロしているのでございますか。あやかしの頭領たる御方様がそのように怠惰では示しがつきませぬ」

 甲高い声で小言を述べるのは、うさぎのあやかしの文太だ。

 文太は猟師に撃たれそうになっていたので、妖力で猟師を幻惑して助けた。そのせいで懐かれてしまい、因幡から離れないので、城の小間使いとして雇っている。ほかにも身よりのなかったあやかしたちが城に集い、門番や小間使いとして働いていた。

「うるせえな。眠いんだよ」

「季節がうつろうのは一瞬なのですよ。眠っている時間がもったいないとは思いませぬか」

「はは。くだらねえ」

 笑い飛ばすと、文太は頰を膨らませた。人型に変化しているので褐色の耳だけがうさぎの面影を残している。少年のような幼さの残る顔立ちをしているが、文太はすでに成年だ。それゆえ因幡に説教くさいことを言ったりもする。

 文太の小言はけっこうしつこいので、因幡は身を起こした。

「見回りにでも行ってくるか。留守を頼んだぞ」

「そうなさいませ。城の警護はお任せください」

 慇懃に礼をした文太に感心する。常日頃から思っているが、こいつはなんと真面目なやつなんだ。

 幻惑で城に見せかけているのだが、ここは至ってふつうの屋敷だった。打ち捨てられた山奥の屋敷は、以前は貴族の所有物だったのかもしれない。そこを因幡が見つけて住まいにしているのだ。

 ぶらりと山道を歩きだした因幡は、この山へやってきたときのことを思いだす。

 巷では、大妖怪は新発田因幡守重家の首から出現したなどと囁かれているようだが、それが嘘かまことか因幡は知らない。

 昔の自分が何をしていたのかは、よく覚えていない。ただ、血を求めてさすらっていたような記憶が断片的にある。転機が訪れたのは、とある者に出会ったときだ。

『そなたはなんと因果な者だ。この翡翠の勾玉を持っていれば、心が落ち着くであろう』

 そうして受け取った勾玉を手にしていると、不思議と邪心が消え失せるのである。そうして襲いかかる凶悪なあやかしを退治しているうちに、この地に住み着いたのだった。

 以来、勾玉は紐をつけて首から提げている。妖力を蓄えることができるので、呪術に使用する道具なのかもしれない。

「あの人は……神だったのかな。いや、そんなわけはねえか。俺みたいなあやかしに、神が施しをくれるわけがない」

 首を横に振った因幡は、ふと足を止めた。

 何者かの気配がする。ぴんと、純白の耳を立てた。

 がさがさがさ。

 血の匂いだ。無駄に暴れている。

 音のするほうへ足音を立てずに近づく。

 すると、藪の中でうずくまっている人影を見つけた。

 女だ。

 足元の罠を外そうと、必死にもがいている。

「おい。そんなことしても外れねえぞ」


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