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米沢上杉あやかしうさぎ茶房  作者: 沖田弥子
第三章 雛乃と新しい命たち
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新しい家族

 なかなか目が開かないので心配していたが、ふたりの子うさぎは、ぱっちりとつぶらな瞳でこちらを見ていた。

「うるせえぞ、南朋。やったな!」

「よかったね!」

 因幡と南朋はハイタッチを交わす。

 様子を見に来た謙介は、ほっと胸を撫で下ろしていた。

 その謙介に、神妙な顔をした長尾は向き直る。

「オーナーさんに、お話しがあります」

「何でしょうか?」

「この子たちと、雛乃ちゃんを、お迎えしてもよろしいでしょうか」

 南朋は目を見開いた。まさか長尾がお迎えしたいと申し出るとは思わなかったのだ。

 表情を引き締めた謙介は、長尾の心を推し量るかのように目の奥を見つめる。

「それは、三羽をお迎えするということですね?」

「はい。わたしは子どもを産めませんでしたけれども、また違った方法で命を育めると、御廟所でみなさんとお話ししてから考えたのです。ぜひ、うさぎの子どもたちを、わたしに育てさせてください。母子を引き離すことはしたくありませんので、雛乃ちゃんも一緒に暮らしたいです。それをこの一週間で決心しました。お迎えのための準備は済ませています」

 切々とした長尾の気持ちを聞いた謙介は、足元に目を向けた。

「雛乃の気持ちを、確認してみましょうか」

 ふと南朋が目線を追うと、そこには黒うさぎの雛乃がいた。長尾の背後にいたので彼女からは見えてないが、話の最中にうさぎの姿に戻ってしまったようだ。

 慌てているのは南朋と因幡だけで、微笑んだ長尾はうさぎの雛乃に訊ねた。

「雛乃ちゃん、子どもたちと一緒に、わたしと暮らしましょう。雛乃ちゃんのこと、娘みたいに思っているの。子どもを産んだことのないわたしが、娘がいるように思うなんて、おかしいかな?」

 ふるふると耳を振った雛乃は、長尾の足元にぴたりと寄り添った。

 雛乃自身が、子どもたちとともに長尾と暮らしたいと望んだのだ。そして亡くなった『うー』の分身はすでに、長尾が手にしている。

 雛乃の様子を見た謙介は、双眸を細めた。

「雛乃と子うさぎたちを、よろしくお願いします。家族となって、仲良く暮らしてください」


 後日、長尾は旦那さんとふたりでカフェを訪れた。

 二羽の子どもたちの体調に問題はなく、お迎えできる月齢に達していた。

 ふたつのペットキャリーに、それぞれ雛乃と子どもたちが入れられる。満面の笑顔を浮かべた旦那さんは、両手にキャリーを提げた。

「うちに着いたら、すぐに親子一緒にしますから。離してるのは移動中だけなので」

「すみません。うちの人ったら、雛乃ちゃんと子どもたちをお迎えするのが楽しみで仕方ないんですよ。お迎えするためにたくさん飼育本を読んで勉強してくれたんです」

 南朋は微笑ましい夫婦を眩しげに見やる。

 長尾の旦那さんは目尻に皺の刻まれた、優しそうな男性だった。

 雛乃と子どもたちの門出を仏頂面で眺めているのは因幡ひとりである。

 また眷属がいなくなってしまうので寂しいのはわかるが、ここはせめて笑顔で送り出してあげたいところなのだが。

 車に乗せられて去っていく雛乃たちを、店の前から見送る。

 うさぎカフェを卒業した雛乃はもう人型に変化する機会はないが、彼女は胸の裡をすべて長尾に打ち明けられたので悔いはないのだろうと思える。

 車が道の向こうに見えなくなると、南朋は振っていた手をようやく下ろした。

「よかったわね。直江兼続が敗走で名を上げた……っていう逸話を因幡が話したおかげでもあるんじゃない?」

 望みどおりの成果が得られなくとも、別の形で叶えることができる。そのために、いかなる状況であっても最善を尽くせという教訓ではないだろうか。

 よい助言だったと南朋は思うのだが、因幡はふてぶてしく鼻を鳴らす。

「はあん? そんなこと言ったか?」

 やれやれと肩を竦めた南朋に同調するように、謙介も同じ仕草をする。

「終わりよければすべてよしとは言うけれどね。因幡は結局、雛乃に謝っていないんじゃないかい? 女の子をひっぱたくなんて、最低な男のすることだよ」

「うっせえな。あれは……俺自身に言われたような気がしたから、カッとなったのさ」

 そう呟くと、因幡は背を向けた。

 あのとき雛乃は、努力をしても無駄といった言い方をしたが、それが因幡の琴線に触れたようだ。だから、苦労は無駄にならず、ほかにいいことがあると説いたのかもしれない。

 彼も何かを諦めた経験があるのだろうか。

 しかしそれを訊ねることはできなかった。南朋は胸元に隠した勾玉に、そっと触れる。

 なお姫から受け継がれた翡翠の勾玉は、沈黙を保っていた。 


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