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米沢上杉あやかしうさぎ茶房  作者: 沖田弥子
第三章 雛乃と新しい命たち
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それぞれの贈り物

 自信満々に掲げてくれた因幡の大作は、まるで白いおむすびのようにずんぐりとした造形で、少々目と耳の位置がずれていたのだった。

 それを見た南朋たちは笑みを弾けさせた。


 クビ騒ぎのあと、羊毛フェルトを作成してから一週間が経過した。

 いつ長尾が来店してもいいように、雛乃は毎日人型になって店を手伝っているのだが、長尾が店を訪れることはなかった。プレゼントを用意して待っているので、始めはそわそわしていたものの、雛乃からは次第に元気がなくなっていった。

 キッチンカウンターに凭れて、雛乃は泣きそうな声を絞りだす。

「由佳……来ないのかしら。やっぱり、怒ってるのかしら」

「そ、そんなことないわよ、きっと来てくれるから大丈夫!」

 励ましてみたものの、長尾が必ず来てくれるという確証はどこにもなかった。またいずれ来店すると謙介に約束してくれたそうだが、それがいつになるのかはわからない。

 不安な思いを押し隠し、雛乃にメニューを見せて気を紛れさせる。

 そのとき、カロン……と鳴ったドアベルが来客を告げる。

 直感的に、南朋はそれが長尾ではないかと思った。

 何度もそう思っては落胆することを繰り返してはいたのだけれど。

 すぐに雛乃はドアへ走っていった。そして彼女は息を呑む。

「こんにちは。雛乃ちゃん、いてくれてよかった」

「……由佳」

 微笑んだ長尾は、バッグから小さな袋を取りだした。

 掌にのるほどのそれはピンク色で、金のシールが貼られている。

「これ、雛乃ちゃんへのプレゼントです」

「え……あたしに……?」

 長尾にプレゼントをするはずが、逆にもらってしまい、雛乃は戸惑いを隠せない。南朋が頷くと、雛乃はおずおずと袋を受け取った。

「開けてみて、いいの?」

「ええ、もちろん」

 雛乃が袋を開ける。中から取りだしたのは、手編みの靴下だった。黄色の小さな靴下は、雛乃の手に収まるほどのサイズである。

「ちっちゃい靴下……これ……」

「雛乃ちゃんの、赤ちゃんにと思って」

「え……あたしの、子どもに……?」

「お子さんが、いらっしゃるでしょう? 何かプレゼントしようと思ったのだけれど、これくらいしか作れなくて……ほら、わたし、願掛けとしてたくさん靴下を編んでいたから、編み物は慣れているのよ」

 唇を引き結んだ雛乃は俯いた。

「あたし、ひどいこと言ったのに。どうして……」

「仲直りしたかったから。わたしもずっと、雛乃ちゃんに自分の辛いことを聞かせていたから」

 長尾のその言葉に、南朋は傍にいる因幡と目線を交わす。やはり、長尾は黒うさぎと目の前にいる人間の雛乃が同一人物であると気づいている。

 けれど彼女は、その不思議な現象について追及しなかった。

 変身はまるでこの店でだけ叶えられる魔法であるかのように、キッチンから香ばしいクリームの香りが流れてくる。

「……由佳。あたしからも、プレゼントがあるの」

「まあ、何かしら」

 雛乃は靴下をポケットに仕舞うと、代わりに取りだしたものを掌で包み込み、長尾の前に差しだす。

 手を開くと、そこには先日作成した羊毛フェルトの子うさぎがあった。

 その白い子うさぎは、耳の先のみが黒い。

 長尾は壊れ物を扱うかのように、雛乃の手から、そうっと人形を掬い上げた。まるで、生きている子うさぎを抱くみたいに。

「この子は……もしかして、先日産まれた赤ちゃんのうちのひとりですか?」

 南朋は答えに詰まった。長尾は赤ちゃんのひとりが亡くなったことを、まだ知らないのだ。

 長尾の袖を掴んだ雛乃が、彼女をうさぎ部屋へ連れていく。

 子うさぎのふたりがいるケージの前で、掴んでいた袖をするりと離した。

「その子、死んだの。あたし……由佳に子どもを産むことを諦めてほしかったの。だって由佳はすごく苦しんでるんだもの。それに、産まれてから子どもが死んだら、もっと苦しむから……だから、あんなことを言ったの。ごめんなさい……」

 雛乃は辿々しく、謝罪の言葉を述べた。

 巣箱にいるふたりの赤ちゃんはまだとても小さいけれど、ふわふわの毛に覆われて、うさぎらしくなった。幸せそうに、くっついて眠っている。

 目を細めた長尾は、雛乃の背をさする。

「雛乃ちゃんも、苦しんだわね」

 堰を切ったように、雛乃は嗚咽を溢れさせた。

 もらい泣きをした南朋が目元を拭っていると、眠りから覚めた子うさぎたちが、ぴょこりと顔を出す。

 因幡は腰を屈めて子うさぎを凝視すると、こちらを振り返って大声を出した。

「おい! こいつらの目が開いてるぞ!」

「怒鳴らなくても聞こえてるから……って、わああ! ホントだ、開いてる!」


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