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米沢上杉あやかしうさぎ茶房  作者: 沖田弥子
第一章 俺様うさぎと美貌の若様
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あやかしうさぎ

 幼なじみの上杉謙介が、今どうしているかは知らない。元藩主である上杉家の三男坊なので、世が世なら彼は若様という立場だ。

 記憶の中の謙介は穏やかな空気を纏う、爽やかな美男子だった。整った顔立ちゆえ女子に騒がれていたが、本人はおごり高ぶることもなく、悠々としていたことを覚えている。それも殿様の血ということなのかもしれない。

 完全に母から話の筋を奪われた父は、黙って紅茶を飲んでいる。

「そうなのよ。ほら、動物を触れる喫茶店で……何だったかしら。お母さんも話を聞いただけで、行ったことはないのよね」

「猫カフェじゃない?」

「ううん、猫じゃないのよ。犬かしらねえ」

 母は首を捻っている。

 南朋は動物が大好きだが、母が猫アレルギーなので、家で動物を飼ったことはなかった。

 猫か犬かはわからないものの、謙介が経営している店なら、ぜひ訪問してみたい。職探しのことは抜きにしても、動物に触ってみたかった。

「じゃあ、明日にでも行ってみるわ」

 この沈んだ心が、動物に触れることで癒やされるかもしれない。

 もふもふした毛並みを想像して頰を緩めた南朋は、母から店の住所を聞き出した。


 翌日の米沢市内には、爽やかな青空が広がっていた。

 母から聞いた謙介のカフェは、自宅からさほど遠くない区画にあるようなので、散歩がてら徒歩で向かうことにする。

 まつりの時期でないときの米沢の街はとても静かだ。平日のため街を歩いている人はごくわずかで、南朋と擦れ違ったおじいさんは犬の散歩をしていた。

「そういえば、謙介さんの店は犬カフェ……なのかな? でも、犬カフェはあまり聞いたことがないかも。散歩が大変そうだしね。ほかにはフクロウカフェなんかもあるけど……お母さんは動物って言ってたから、フクロウじゃないのかしら」

 どんな動物がいるのか楽しみだ。南朋は期待に胸を弾ませる。

 最上川と米沢城跡で挟むように広がる街の一角に足を運んだ。

「この辺りのはずだけど……どこかしら?」

 かつて城下町だったため碁盤目に区切られた街は、目印がないと迷いやすい。

 南朋は肩掛けのバッグからメモを取り出した。

 そのとき、もふもふした丸いものが視界に飛び込む。

 猫かと一瞬思うが、それにしては歩き方が妙だ。その動物は後ろ足をそろえて、飛び跳ねるように角から出てきた。

「えっ……うさぎ⁉」

 町中で野生のうさぎだなんて考えにくいけれど、確かにうさぎだ。頭から生えた耳は長くてぴんとしており、尻尾は見えないくらい小さい。体のサイズは小型で、茶色の毛に覆われていた。もしかしたら、どこかで飼っているうさぎが脱走したのかもしれない。

 うさぎは車道を渡ろうとしているのか、道路脇でうろうろした。

「いけない、轢かれちゃう!」

 うさぎを保護しようと駆け出した南朋だが、寸前で歩を緩める。いきなり体を掴もうとしたら、うさぎは驚いて逃げてしまうかもしれない。

「お菓子で油断させて……あ、でも草食動物だから、人間のお菓子なんて食べないわね」

 飴は与えてはいけないだろう。とはいえ、うさぎが大好きなニンジンなんて持っているわけもない。南朋は取り出した飴をポケットに仕舞った。

 南朋に気づいたらしいうさぎはじっとして、周囲をうかがっているようだった。

 草食動物は顔の両脇に目があるので、視野が広い。うさぎは馬と同じく、首の後ろまで見えているという。そのため、近づいてくるものはすべて視界に映っているのだ。

 うさぎを怯えさせないよう、南朋は腰を屈め、ゆっくりと近づく。

「おいで、おいで……るーるるー」

 奇妙な調子の歌を口ずさみつつ、両の掌を差し出す。

 猫は上から手を出すと警戒する。誰でも頭を押さえつけられるような仕草をされたら、怖がるのは当然だろう。それならばうさぎも同様に、下から手を差し出せば、すぐには逃げられないかもしれないと思ったのだ。

 歌いながらすり寄ってくるという南朋は傍から見れば怪しげなのだが、幸いにも不審を抱かれることはなかったようだ。南朋の手が触れても、うさぎはじっとして動かない。

「わあ、ふわふわ……いい子だね」

 もふもふの毛は手触りが滑らかだ。瞳は黒くて毛は茶色の短毛なので、もしかしたらネザーランドドワーフという有名な種類のうさぎかもしれない。ひょいと胴を持って抱き上げると、うさぎは南朋の腕の中にすっぽりと収まった。

「ひゃああ、だっこしちゃった! ……大人しいわね。あなたはどこから脱走してきたの?」

 うさぎはまるでぬいぐるみのように動かない。

 だが、ふりふりと長い耳を揺らし、道の向こうを指し示した。

「えっ? あっち……ってこと?」

 南朋の問いに対して、うさぎは応えるかのように、両耳をそろえて前へ倒す。

 その仕草が肯定のように思えた。不思議に思いながらも、南朋はうさぎの示すとおりに道を歩んでいく。

 交差点に通りかかると、今度は耳がぴょこりと右へ傾く。

「右……かな?」

 問いかけると、またうさぎの耳はぺこりと前へ倒された。

 それでは前進というわけで、しばらく路地を進んでいく。

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