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米沢上杉あやかしうさぎ茶房  作者: 沖田弥子
第三章 雛乃と新しい命たち
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上杉家の墓地

 長尾から心配されてしまい、いたたまれない三人は気まずく目線を交わし合った。

 くるりとこちらに向き直った謙介は、きつく眉根を寄せている。

「きみたちは、クビだ」

「えっ……謙介さん、クビだなんて……」

 南朋が驚いている後ろで、因幡は自分の首を触りながら「クビって、どういうことだ?」と雛乃に聞いている。雛乃も知らないらしく、彼女は首を横に振った。

「お客様に暴言を吐いたうえに大騒ぎして、どういうつもりだい。ふたりとも店を出て、頭を冷やしてくるんだ」

 謙介は扉を指し示す。不服そうな顔をした因幡と雛乃だが、謙介の威圧には逆らえず、無言で外へ出ていった。

 ふたりを追いかけようかと迷った南朋に、謙介は小声で告げた。

「南朋ちゃん、ふたりに付き添ってくれるかな。夕方には戻ってきてほしい。僕は長尾さんに話をしておくから」

「わかったわ」

 頷いた南朋は、ふたりを追って店を出た。

 クビというのは、反省を促すために言ったのだ。

 穏やかな米沢の街路を、うさぎ耳を揺らしながら、ふたりはぶらぶらと並び歩いている。因幡と雛乃は互いに悪態を吐いた。

「おまえのせいだぞ」

「なによ。因幡さまのせいに決まってんでしょ。あーあ、ほっぺた痛いわー」

「うっせえ。唾でもつけとけ」

「どうするのよ。あたしたち、もうオーナーの店に帰れないんじゃないの?」

 その問いに、因幡は口を噤んだ。端麗な顔を横目で見つつ、雛乃はぺろぺろと手を舐めてから、頰を撫でている。うさぎのときに顔を洗っているような仕草だ。

 ふたりの後ろについた南朋は、明るく声をかける。

「だ、大丈夫よ! クビっていうのは仕事を辞めろという意味なんだけど、反省して謙介さんに謝れば許してもらえるわよ、きっと」

 ところが、クビの意味を知ったふたりは落胆して耳を下げてしまった。

 はっきり言わないほうがよかったかもしれない……

「雛乃、おまえのせいだぞ」

「なによ。因幡さまが悪いんでしょ」

 しばらくふたりの無限ループの会話が続けられる。

 あてもなく歩いていると、やがて御廟までやってきた。御廟という町名がつけられたその一角には、歴代米沢藩主の墓所である御廟所がある。杉木立に囲まれた静かな場所だ。

 一行は木立に誘われるかのように、郵便局を右折する。ふらりと上杉家廟所へ足を向けた。

 厳かな鳥居の奥には、長い石畳が続いている。南朋は何度も見学しているので、御廟所のことは無論知っていた。

「御廟所は景勝公が亡くなってから、歴代藩主の墓地として作られたそうよ。明治時代に謙信公の遺骸がここに移されて、それまであった拝殿が撤去されたり、参道も作り替えられて今の景観に至ったの」

 説明すると、雛乃と因幡は「ふうん」と気のない返事をした。

「つまり、殿様のお墓でしょ?」

「湿っぽい気分だから、墓でも見ていくか」

 ふたりが堂々と石畳を突き進んでいくので、南朋は慌てて脇にある社務所に顔を出した。財布を取りだし、三人分の拝観料を支払う。

 杉林に囲まれた参道を歩いていくと、開けた場所に出る。左右にずらりと建ち並んだ廟屋と、それを守るかのように前に置かれた石灯籠が整列しているさまは壮観だ。

「へえ。石の墓じゃないんだな。まるで神社だ」

「小さい石垣の上に、おうちが建ってるのね。殿様だから、死んでからはこの城に住むってことかしら」

 因幡と雛乃はそれぞれの感想を述べる。

 ふたりの言うとおり、石垣の上に建設された廟屋は小さな神社のような造りをしている。各廟屋にはぐるりと柵が巡らされ、小さな門が構えていた。石段がついているが、門は閉ざされているので内部には入れない。

「中央の奥にある廟屋が、謙信公ね。すぐ左側が二代目の景勝公で、反対側の右が三代目の定勝公、と交互に続いていくのよ」

 明治に建築された上杉謙信の廟屋はひときわ大きく、歴代藩主の廟屋から奥まったところにあった。また、十四代の茂憲公のみ廟屋ではなく、記念碑が建てられている。

 左右に伸びる参道を、南朋たちは向かって左側に建つ廟屋を眺めながら歩く。

「ひとつひとつ、廟屋のデザインが違うんだな」

「あっ、ほんとね。屋根の形とか、ちょっとだけ違うわ。因幡さま、よく気づいたわね」

 歴代の米沢藩主のうち、十代の上杉鷹山は、破綻寸前の米沢藩の財政を立て直したことで有名である。

『為せば成る。為さねば成らぬ何事も、成らぬは、人の為さぬなりけり』

 この和歌は、上杉鷹山が息子の顕孝に藩主としての心構えを説いた名言だ。

 上杉神社には、鷹山公の銅像が建てられている。それは上杉景勝と直江兼続の銅像の斜め向かいに佇んでいた。

 その鷹山公の隣に、ほかのものより少しだけ奥に位置している廟屋があった。

 それを見た雛乃は小首を傾げる。

「どうしてこれだけ、奥にあるのかしら? ほかのはきっちり真横に整列してるのに」

「えっと……ここは確か、世子の顕孝公のお墓ね。世子というのは次の殿様、つまり王子様のことで、顕孝公は上杉鷹山の長男だったのよ」


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