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米沢上杉あやかしうさぎ茶房  作者: 沖田弥子
第三章 雛乃と新しい命たち
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埋葬

 見ると、畑の脇にはこぢんまりとした石が横並びに置かれていた。風が起こると欅から、さらさらと涼しげな葉音が鳴る。ここに眠ったなら、毎日畑を眺めて陽射しを浴びて、さぞ心安らかに過ごせるだろう。

 因幡は勝手知ったる体で、小屋からシャベルを持ち出してきた。彼は何度も同胞を埋葬したことがあるようだ。

 ざくざくと墓穴を掘る因幡を横目にして、謙介は畑の一角に足を運ぶ。見事に咲き上がっているタチアオイの花びらを、片手に箱を抱えながら彼は摘んでいく。

「南朋ちゃんと雛乃も、好きな花を摘んでみて」

「それじゃあ、私は百日草にしよう。雛乃はどの花にする?」

「面倒ねえ……」

 花壇に咲いている小さな百日草は、橙色に白、ピンクと色鮮やかだ。南朋が花を摘みつつ振り返ってみると、雛乃は茄子の葉をぶちぶちと毟っていた。

 やがて箱の中は、桃色や橙色などの綺麗な花びらでいっぱいになった。雛乃が毟った茄子の葉も、花に埋もれるように敷いてある。

 美しく飾られたうーの姿を目に焼きつけた南朋は、ぽつりと呟いた。

「うーちゃんは、女の子だったのかな……」

「性別はわからないけどね。どうしてそう思うんだい?」

 子うさぎのときの雄の睾丸はお腹の中に隠れているので、うさぎの性別は生後三か月以降にならないと判別が難しい。

 けれど、この子の性別がどちらなのかわからないまま埋葬してしまうのは可哀想と南朋は思った。

「だって、こんなに綺麗なんだもの。きっと、女の子よ」

「……そうだね。南朋ちゃんがそう言うなら、僕も女の子だろうと思うよ」

 染みるような謙介の優しさが、ありがたかった。

 雛乃は何も言わなかったが、唇を噛みしめて、花に埋もれた我が子を見つめていた。

 そのとき、シャベルの柄に手をかけた因幡が呼びかける。

「おい、できたぞ。これくらい掘れたらいいだろ」

 やたらと懸命に掘っていると思えば、墓穴は人間が入れるくらい深かった。うーの大きさは掌に収まるほどなのに。

 南朋は呆れた溜息を吐いて墓穴を覗く。

「こんなに掘って誰を埋めるつもりなの。もしかして因幡の墓穴?」

「俺が墓に入るときは、嫁も一緒だ」

「愛が重い! 私は入らないわよ」

「南朋に一緒に入ってくれなんて、言ってないが?」

 不思議そうな顔をする因幡に、ぎくりと身を強張らせる。

 そうでした。南朋が因幡の想い人であるなお姫の勾玉を持っていて、彼女の生まれ変わり……かもしれないことは、まだ秘密なのだ。

 自分の墓穴を掘ってしまった南朋は、慌てて濁す。

「一応ね。主張しておいただけ」

「おう。意思表明は大事だな。俺は聞く耳を持たねえけどな」

「そんなに立派な耳があるのにね……」

 南朋たちのやり取りにほんの少し微笑んだ謙介が、深い穴に箱を下ろす。

 雛乃は穴の縁に屈み、箱の中を見下ろした。数々の花に飾られたうーは、静かに横たわっている。

「埋めるぞ」

 シャベルを構えた因幡が、掘り起こして小山になった土をさらう。

 土の欠片が、ざらりとうーの体に落ちた。

 その瞬間、雛乃が鋭い声を上げる。

「待って!」

 咄嗟の制止に、因幡はシャベルを引く。

 もしかして……と、うーが生き返ることを期待した一抹の思いは、穴に零れ落ちた雛乃の涙が打ち消した。

 手を伸ばした雛乃は、うーの体を優しく撫でた。穴が深いので、彼女の膝は土で汚れている。俯いている雛乃の顔から、透明な涙がぽたぽたと零れた。やがて無言で手を引く。

「……いいか?」

 因幡の問いに、雛乃はこくりと頷いた。うーの体に土が被せられていく。顔を伏せた雛乃が、嗚咽を漏らすことはなかった。

 やがてすべての土が被せられ、墓穴は埋まる。そこに墓石となる大きめの庭石を置いてから、謙介は用意した線香を焚いた。

 一筋の煙がゆったりと流れる中、みんなで墓石に手を合わせる。

「雛乃……涙を拭いて」

 南朋がポケットティッシュを手渡すと、雛乃は無造作に取り出したティッシュを顔に当てる。

「泣いてないわよ。鼻水が出たの……」

 鼻声でそう言う雛乃は、本当は赤ちゃんが死んで哀しいのだ。

 屋敷をあとにするとき南朋は、最後に雛乃がうーを撫でていた優しい手つきを、脳裏に思い浮かべていた。母の優しさ、そしてこびりつくような哀しみが、心に深く刻まれた。


 うさぎの赤ちゃんの一羽が亡くなったことを知ったカフェの常連客たちは、残念だと言ってくれた。


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