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米沢上杉あやかしうさぎ茶房  作者: 沖田弥子
第三章 雛乃と新しい命たち
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子うさぎたちの誕生

 上杉謙信を祖とする上杉家が、かつて統治した米沢の地に、ひっそりとその店はある。

 うさぎを愛でられる喫茶店の名は、『上杉うさぎ茶房』

 店には上杉家の若様と、うさぎの耳をつけた和装の美丈夫がいるという。そこへ新たに加わったのは、四百年前の因縁を背負った直江家の末裔であった。


「わあ~、可愛い! もきゅもきゅしてるぅ」

 うさぎ部屋のケージをそっと覗いた南朋は、小声で興奮の声をあげた。

 牧草の敷き詰められた巣箱の中には、小さなうさぎの赤ちゃんたちが、くっついて眠っている。生後十日の赤ちゃんなので、ようやくそろりと毛が生えたばかりだ。まだ目は開いておらず、耳はねずみのように小さい。夢を見ているのか、頻繁に手足を動かしていた。

 妊娠していた黒うさぎの雛乃が、三匹の子を出産したのである。うさぎカフェは赤ちゃんの誕生に湧いていた。

「そろそろ目が開く頃だね。赤ちゃんたちの名前は、南朋ちゃんが決めてね」

 店主の謙介に笑顔でそう言われ、南朋は目を輝かせた。

「私が名付け親になっていいの⁉」

「もちろんだよ。初めに赤ちゃんを見つけたのは、南朋ちゃんだからね」

 雛乃のお腹が大きくなり、巣作りを始めたので、妊娠していることはわかっていた。

 けれど妊娠が発覚して数日後にはもう赤ちゃんが産まれていたのだ。出勤してケージを覗いたとき、巣箱にもぞもぞと動いている物体を目にしたときは、飛び上がるほど驚いたものだ。

「赤ちゃんの名前かぁ~。どうしようかな……」

 嬉しい悩みに頰を緩ませていると、うさぎ耳をゆらりと揺らした因幡が真紅の双眸で睨みつける。

「さっさと決めろ。うさぎは妊娠中も妊娠可能だから、すぐに次の子が産まれるかもしれないぞ。特に雛乃はやたらと交尾をしたがるからな」

 あけすけに述べる因幡に苦笑いで応える。

 うさぎは交尾の刺激により排卵が起こる交尾排卵動物であり、すでに妊娠中であっても受精した卵子が卵管で待機することができる。先の赤ちゃんが産まれたら、子宮に次の受精卵が移動するという仕組みだ。

 生態系の最下層であるうさぎは、短いサイクルで子孫を増やさないと絶滅してしまう。厳しい自然界で生き残るために、そうした体が作られていったのだろう。

 それなのに、雛乃が尻軽みたいに言わないでほしいものである。

 赤ちゃんたちの傍にいる雛乃が、不満げに鼻を鳴らした。

「うさぎはいつでも発情してるんだから、交……尾するのは自然なことでしょ。雛乃がヤリ……みたいに言わないでよ」

「なんだって?」

 不適切な語句を使用しそうになった南朋は、顔を赤らめて言葉を濁す。

 因幡は怪訝そうに白い眉を跳ね上げた。

 四百年の眠りから覚めた大妖怪に、爛れた現代の言葉を習得させるわけにはいかない。因幡のことだから、堂々とお客さんに『おまえは、ヤリマンか?』などと問いかねない。

「そ、そうだ! 赤ちゃんの名前は『ぶー、ふー、うー』に決めたわ」

 咄嗟に閃いたのは、三匹のこぶたに関連づけた名前だ。

 赤ちゃんたちはそれぞれのカラーが異なっている。

 漆黒の子、黒と白のぶちの子、そしてもうひとりの子は体毛が真っ白で耳の先のみが黒い。産まれたばかりのときは毛が生えておらず、三匹ともピンク色の皮膚をしていたが、毛の色がわかるようになると個体差が出てきた。黒の分量が多い子から順に、ぶーふーうーと呼べば混同しないだろう。

「なんだ、それは。珍妙な名前だな。どうせなら『兎王丸』にしろよ」

「……却下。因幡のセンスがひどいんですけど」

「どこがだ。まあ、まだ性別がわからないからな。今回は南朋に譲ってやるから、ありがたく思え」

 偉そうに胸を張って見下ろされたので、菩薩のような微笑を浮かべた南朋は拝むように両手を合わせる。この傲岸な大妖怪が世にのさばることがあっては一大事なので、カフェに君臨させておくべきである。

 ふたりのやり取りを聞いていた謙介は、爽やかな笑みを浮かべた。

「可愛い名前だね。雛乃もそう思うだろう?」

 あやかしうさぎではあるが、人型にならないと話せない雛乃は無言でじっとしている。

 そのとき、カロンとドアベルの音色が軽やかに響いた。

 近頃のうさぎカフェは赤ちゃんの話題でもちきりなので、来店客が増えている。お客さんがおさわりできるようになるのは、まだ先のことだが、早くもお迎えを考えているという話も出ていた。

「いらっしゃいませ!」

 南朋が出迎えた女性は、ちらりとうさぎ部屋に目を向けた。

「いつもので……」

 短くそう呟くと、彼女は窓際の席に腰を下ろす。すぐにバッグから文庫本を取り出して読み始めた。

 カフェのみの利用もできるのだが、うさぎカフェを訪れてすぐに読書を始めるお客さんはあまりいないので珍しい。だが彼女は、毎日のように同じ時刻にカフェを訪れる常連客だ。

「お待たせしました。『ラブ♡だいすきうさぎラテ』です」

 オーダーのカフェラテを提供すると、女性は陰鬱な表情を浮かべながら、曖昧に頷いた。


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