幸運のブーケトス
「けっ。ただの迷信だろ」
「そうでもないよ。幸せのリレーということだね」
因幡は迷信だと言うが、謙介が称した『幸せのリレー』という言葉が、南朋の胸にすとんと落ちる。綺麗なブーケを手にし、次の花嫁に選ばれたなら、結婚したいという想いが高まるに違いない。
庭園の端からブーケトスを眺めていたが、ブーケの行方を巡って小競り合いが起こっていた。
同時にブーケを取った女性ふたりが、私のものだと主張しているようだ。ふたりともブーケから手を離さない。周囲から諫められ、ひとりが渋々引き下がる。
幸せに包まれていた庭園に、一滴の染みが落ちたようだった。水野は申し訳なさそうに眉を下げて、友人たちのやり取りを見守っていた。
そのとき、ぱたぱたと足音をさせて千代丸が駆け寄っていく。
「あ、あの! ブーケはもうひとつあります。これを使ってください」
千代丸の声は震えていた。
突然歩み出てきたうさぎ耳の少年に、人々は訝しげな顔をする。
だが水野は、千代丸に微笑みかけた。
「まあ、ありがとう。あなたは……」
彼女はブーケと千代丸の顔を交互に見やる。そして、チェスナットカラーである千代丸の耳を、不思議そうに見つめた。
「ぼ、ぼくは……幸運を運ぶうさぎです」
咄嗟の千代丸の自己紹介に、居合わせた招待客の間から笑い声が零れた。彼らはうさぎのヘアバンドをつけた少年の、気の利いた冗談だと思ってくれたようだ。
腕をいっぱいに伸ばして差し出したブーケを、水野はそっと受け取ってくれた。
彼女は宝物を手渡されたかのように、大切そうにブーケを扱っている。
うさぎの千代丸を撫でるときの丁寧な仕草と同じだった。そんな水野の滲み出る優しさを、千代丸は好きになったのかなと思い、南朋は目を細めた。
「このブーケを、ブーケトスして彼女にあげてもいいのね?」
水野の問いに、千代丸はブーケを手に入れられなかった女性に目を向けた。彼女は泣き出しそうに顔を歪めている。
ブーケトスすれば、水野のために作ったブーケは、すぐにほかの人の手に渡ってしまうことになる。
けれど千代丸は、しっかりと頷いた。
「はい。それが、ブーケの役目だと思うから。水野さんの幸せを、彼女にも渡してあげてください」
微笑んだ水野は、再び後ろを向いた。
彼女は千代丸がくれたブーケを、空に放る。
白いリボンをなびかせて、ブーケは弧を描く。女性は両手を広げて、幸福の象徴を手にしようとした。
「えっ……」
そのとき、南朋は目を疑った。
人々はみな、驚いて天を見上げる。
空から緑色のシャワーが降り注ぐ。
ブーケから放たれたそれは辺りに舞い散り、緑色の絨毯となった。
南朋は足元に落ちたひとつを手に取る。
「……クローバーだわ。あ、これ四つ葉ね」
幸運の証である四つ葉のクローバーを、くるりと回して陽にかざす。
因幡は零れたクローバーを頭や肩にのせ、憮然としていた。
「ったく、あいつ河原でこれを摘んで、ブーケに仕込んでいやがったんだな」
外出した千代丸が河原に屈んでいたのは、クローバーを摘んでいたからなのだ。うさぎはクローバーが大好物なので、これらもプレゼントしようと考えたのだろう。
因幡に目を向けた謙介は、はっとしてクローバーを凝視した。
「因幡のも四つ葉だよ。もしかして、これ全部……?」
敷き詰められた四つ葉のクローバーは幸運を呼ぶ贈り物だった。
四つ葉に気がついた人々は、夢中でクローバーを拾い集めている。先程の女性は無事にブーケを手にしたが、幸せはブーケを掴んだ人だけではなく、みんなにお裾分けできるようだ。
緑の絨毯に佇んだ千代丸は、柔らかな笑みを浮かべた。
「全部、四つ葉です。水野さんに、幸せになってほしいから……」
まっすぐな千代丸の想いは、水野だけでなく、周りの人々にも幸せをつないでいくだろう。
嬉しいサプライズに、水野の笑顔は太陽のごとく輝いていた。
蒼穹にそびえるチャペルが祝福の鐘を鳴らす。野原のごとく広がったクローバーの中で微笑む花嫁は、世界で一番幸せな女性だ。
千代丸は眩しそうに目を細め、彼女の笑みを見つめていた。
暮色に染まる米沢の街を、四人はカフェへ向けて歩いていた。
「いい結婚式だったね。ガーデンパーティーのセッティングがとてもお洒落で、参考になったよ」
「そうね。お料理も、すっごく美味しかった」
謙介と南朋は本日の結婚式を振り返った。純白でコーディネートされたテーブルウェアに銀食器、そして装飾された花々を思い出すだけで、うっとりする。
ブーケトスのあと、一同はガーデンパーティーで豪華な料理を堪能した。四つ葉のクローバーをサプライズでプレゼントした千代丸は女性たちに囲まれ、ちやほやされたので、ぎこちなく笑っていた。ついでに因幡が女性にまとわりつかれて「散れ!」と一喝したため、南朋が慌ててフォローしたのは言うまでもない。




