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米沢上杉あやかしうさぎ茶房  作者: 沖田弥子
第二章 千代丸と幸せのブーケ
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幸運のブーケトス

「けっ。ただの迷信だろ」

「そうでもないよ。幸せのリレーということだね」

 因幡は迷信だと言うが、謙介が称した『幸せのリレー』という言葉が、南朋の胸にすとんと落ちる。綺麗なブーケを手にし、次の花嫁に選ばれたなら、結婚したいという想いが高まるに違いない。

 庭園の端からブーケトスを眺めていたが、ブーケの行方を巡って小競り合いが起こっていた。

 同時にブーケを取った女性ふたりが、私のものだと主張しているようだ。ふたりともブーケから手を離さない。周囲から諫められ、ひとりが渋々引き下がる。

 幸せに包まれていた庭園に、一滴の染みが落ちたようだった。水野は申し訳なさそうに眉を下げて、友人たちのやり取りを見守っていた。

 そのとき、ぱたぱたと足音をさせて千代丸が駆け寄っていく。

「あ、あの! ブーケはもうひとつあります。これを使ってください」

 千代丸の声は震えていた。

 突然歩み出てきたうさぎ耳の少年に、人々は訝しげな顔をする。

 だが水野は、千代丸に微笑みかけた。

「まあ、ありがとう。あなたは……」

 彼女はブーケと千代丸の顔を交互に見やる。そして、チェスナットカラーである千代丸の耳を、不思議そうに見つめた。

「ぼ、ぼくは……幸運を運ぶうさぎです」

 咄嗟の千代丸の自己紹介に、居合わせた招待客の間から笑い声が零れた。彼らはうさぎのヘアバンドをつけた少年の、気の利いた冗談だと思ってくれたようだ。

 腕をいっぱいに伸ばして差し出したブーケを、水野はそっと受け取ってくれた。

 彼女は宝物を手渡されたかのように、大切そうにブーケを扱っている。

 うさぎの千代丸を撫でるときの丁寧な仕草と同じだった。そんな水野の滲み出る優しさを、千代丸は好きになったのかなと思い、南朋は目を細めた。

「このブーケを、ブーケトスして彼女にあげてもいいのね?」

 水野の問いに、千代丸はブーケを手に入れられなかった女性に目を向けた。彼女は泣き出しそうに顔を歪めている。

 ブーケトスすれば、水野のために作ったブーケは、すぐにほかの人の手に渡ってしまうことになる。

 けれど千代丸は、しっかりと頷いた。

「はい。それが、ブーケの役目だと思うから。水野さんの幸せを、彼女にも渡してあげてください」

 微笑んだ水野は、再び後ろを向いた。

 彼女は千代丸がくれたブーケを、空に放る。

 白いリボンをなびかせて、ブーケは弧を描く。女性は両手を広げて、幸福の象徴を手にしようとした。

「えっ……」

 そのとき、南朋は目を疑った。

 人々はみな、驚いて天を見上げる。

 空から緑色のシャワーが降り注ぐ。

 ブーケから放たれたそれは辺りに舞い散り、緑色の絨毯となった。

 南朋は足元に落ちたひとつを手に取る。

「……クローバーだわ。あ、これ四つ葉ね」

 幸運の証である四つ葉のクローバーを、くるりと回して陽にかざす。

 因幡は零れたクローバーを頭や肩にのせ、憮然としていた。

「ったく、あいつ河原でこれを摘んで、ブーケに仕込んでいやがったんだな」

 外出した千代丸が河原に屈んでいたのは、クローバーを摘んでいたからなのだ。うさぎはクローバーが大好物なので、これらもプレゼントしようと考えたのだろう。

 因幡に目を向けた謙介は、はっとしてクローバーを凝視した。

「因幡のも四つ葉だよ。もしかして、これ全部……?」

 敷き詰められた四つ葉のクローバーは幸運を呼ぶ贈り物だった。

 四つ葉に気がついた人々は、夢中でクローバーを拾い集めている。先程の女性は無事にブーケを手にしたが、幸せはブーケを掴んだ人だけではなく、みんなにお裾分けできるようだ。

 緑の絨毯に佇んだ千代丸は、柔らかな笑みを浮かべた。

「全部、四つ葉です。水野さんに、幸せになってほしいから……」

 まっすぐな千代丸の想いは、水野だけでなく、周りの人々にも幸せをつないでいくだろう。

 嬉しいサプライズに、水野の笑顔は太陽のごとく輝いていた。

 蒼穹にそびえるチャペルが祝福の鐘を鳴らす。野原のごとく広がったクローバーの中で微笑む花嫁は、世界で一番幸せな女性だ。

 千代丸は眩しそうに目を細め、彼女の笑みを見つめていた。


 暮色に染まる米沢の街を、四人はカフェへ向けて歩いていた。

「いい結婚式だったね。ガーデンパーティーのセッティングがとてもお洒落で、参考になったよ」

「そうね。お料理も、すっごく美味しかった」

 謙介と南朋は本日の結婚式を振り返った。純白でコーディネートされたテーブルウェアに銀食器、そして装飾された花々を思い出すだけで、うっとりする。

 ブーケトスのあと、一同はガーデンパーティーで豪華な料理を堪能した。四つ葉のクローバーをサプライズでプレゼントした千代丸は女性たちに囲まれ、ちやほやされたので、ぎこちなく笑っていた。ついでに因幡が女性にまとわりつかれて「散れ!」と一喝したため、南朋が慌ててフォローしたのは言うまでもない。


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