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米沢上杉あやかしうさぎ茶房  作者: 沖田弥子
第二章 千代丸と幸せのブーケ
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チャペルへ

「どこへ行ったんだろう。千代丸はこの近辺しか知らないはずなんだ。カフェから、そんなに離れることはないと思うんだけど……」

 そのとき、因幡がぴくりと耳を立たせた。

「む? あっちだな。今、あのブーケが擦れる音が聞こえたぞ」

 道には千代丸の姿はなく、もちろんブーケなんてどこにも見えない。

 まさか、造花が擦れるわずかな物音を見えないところから拾ったというのか。

「どれだけ地獄耳なの⁉」

「俺の耳はうさぎ耳だ! 一里先の音でも聞こえるぜ」

 因幡は目的の場所に向かって駆け出した。恐ろしく足が速い。真紅の着物が翻ったかと思うと、彼の姿は瞬く間に小さくなる。

「南朋ちゃん、行ってみよう!」

「うん!」

 南朋と謙介は、慌てて因幡のあとを追いかけた。

 息を切らせて街を走り抜ける。やがて、最上川の河川敷に辿り着いた。

 山形県の一級河川である最上川は吾妻山付近を源として、上流の米沢市を北上し、下流の酒田市から日本海へ流れ込んでいる。

 緑の生い茂る河川敷に、ぽつんと屈んでいる少年の姿があった。彼の頭からは、チェスナットカラーのうさぎの耳が、ぴょこりと立っている。

 ぱっと、南朋の顔が明るく輝く。

 千代丸は店を出たときと同じように、服装は白のシャツに黒のベストを着て、半ズボンを穿いていた。今日のためにお洒落をしようと、謙介が用意した服だ。

「千代丸!」

 声をかけると、はっとした千代丸は振り向いた。彼の手にはブーケがしっかりと握られている。

「あ……みなさん……」

「心配したのよ。さあ、水野さんの結婚式に行きましょう」

 かなり時間が過ぎてしまったが、参列はできなくても、ブーケを渡すくらいなら叶うはずだ。

 けれど南朋の言葉に、千代丸はぎくりと体を強張らせる。 

 彼は足を前へ進めなかった。

 クローバーの生い茂る緑の中に、じっと佇んでいる。

「おい……」

 因幡が叱責しようと口を開くのを、謙介は軽く手を上げて遮った。

「千代丸。『行かない』と、きみは言ってもいいんだ」

 南朋たちは目を見開いた。プレゼントのブーケを手作りして、礼服を着込み、あとはもう式場へ行くだけだというのに、なぜ謙介はその選択肢を取り出したのだろうか。

 千代丸も、そう言われるとは思っていなかったのか、驚いた顔をしている。因幡と南朋だったら、無理やりにでも連れていっただろう。

 謙介は静かに語った。

「望まない現実を直視するのは、つらいよね。だから、その目に映さないことを選択できると、僕は思う。でもね、そうすると、きみの手にしているブーケを水野さんが目にする機会も失われてしまうんだ。千代丸の真心を知った水野さんの笑顔を、きみは見られない。それでもいいかい?」

 俯いた千代丸は、ぎゅっとブーケを握りしめる。まるでそのブーケが唯一のよりどころであるかのように。

 南朋は呼吸を殺して、千代丸の返事を待った。

 どちらを選んでも、それが彼の正しい答えだと、受け止めなければならなかった。

 やがて、千代丸は長い睫毛を瞬かせる。

「ぼく……行きます。最高の日になるってオーナーが言ってくれたから、そのとおりになると思います」

 ほう……と、三人は同時に安堵の息を吐く。

 千代丸は逃げたいという欲求より、水野に喜んでもらえることを優先させたのだ。それが正しい選択なのだと、南朋は心から思った。

「それじゃあ、みんなで行こうか」

「……はい」

 短く答えた千代丸は頷いた。

 爽やかな青空が広がる川沿いの遊歩道を、四人は肩を並べて歩いていく。緊張しているのか、千代丸はずっと俯いていた。

 けれど彼は胸の前にブーケを持ち、いつでも花嫁に渡せる体勢でいる。

 川縁を離れて街のほうへ足を向けると、一角から賑やかなさざめきが、風にのって伝わってきた。式場はもうすぐそこだ。

 緑の溢れる庭園に響き渡る、祝福の声。

 チャペルから登場したのは、誓いを終えたばかりの新郎新婦だった。

「あ……水野さんだわ!」

 純白のウェディングドレスに身を包んだ水野は、幸せに満ちた笑みを見せていた。新郎とともに、たくさんの招待客に囲まれて、拍手を送られる。彼女とその周りの世界が、きらきらと眩く輝いていた。

 千代丸は目を見開き、華やかな装いの水野を見つめる。

 花嫁から少し離れた先に、妙齢の女性たちが一列に並んだ。後ろ向きになった水野が、手にしているブーケを彼女たちに向けて投げる。歓声が上がり、女性たちはそれぞれ手を伸ばした。

「あれが、ブーケトスだね。花嫁のブーケをもらえた女性は、次の花嫁になるといわれているんだ」


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