結婚式の招待状
「千代丸の意見も聞いてみたらどうかな? 彼はここのところ不安定みたいだから、水野さんについて話したいこともあるんじゃないかな」
謙介の言うとおり、千代丸がどう思っているのか、彼の気持ちを聞いてみたい。
水野が訪れたときは甘える仕草を見せるのに、彼女がいないときは尻を向けて隠れるような恰好をしていた。うさぎの姿では口がきけないが、因幡の持つ勾玉で人型にできるのである。
「そうよね。千代丸はどうしたいのか、聞いてみよう。因幡、ほら、勾玉の登場よ!」
「便利な道具みたいに使うなよ。まったく」
ぼやきながらも、立ち上がった因幡は懐から勾玉を取り出した。
連れ立ってうさぎ部屋へ赴き、南朋はケージを開ける。
「千代丸、おいで」
ぴょんと飛び跳ねてケージから出てきた千代丸に、因幡は勾玉をかざした。
途端に眩い光が満ちて、千代丸の体を包み込む。
南朋が瞬いたときには、千代丸は男の子の姿に変化していた。
「……なんでしょう」
がっかりしているような千代丸は、元気がない。やはり水野がお迎えしないことを聞いて、落ち込んでいるのだろうか。
謙介は微笑みながら、手にしたカードのようなものを千代丸に差し出した。
「千代丸。これ、水野さんからいただいた結婚式の招待状だよ」
「えっ、見せてください!」
はっとした千代丸は身を乗り出し、招待状のカードを受け取る。震える手でカードを開いた千代丸を囲み、南朋と因幡も招待状に目を落とした。
そこには、新郎新婦となるふたりの結婚の報告と、披露宴の日時が記されていた。チャペルでの式のあと、友人を招いてガーデンパーティーを開くらしい。
南朋は淡い溜息を漏らした。
「ガーデンパーティーかぁ。庭園でフラワーシャワーとか、ブーケトスしたり素敵ね。憧れるわ」
南朋もひとりの女子なので、素敵な結婚式を夢見たりもする。肝心の相手はいないが。
横から招待状を眺めた因幡は、鼻で嗤う。
「けっ、庭園で結婚なんて小せえな。俺の嫁には城ひとつくれてやるぜ」
「あっ! あのね、今のは私が因幡と結婚したいとか言ってるわけじゃないから、誤解しないでよね」
「はあ? 南朋みたいなちんちくりんが俺の嫁になるとか、来世でもありえねえぞ」
「そうですか、安心しました。私も大妖怪が旦那さんになるとか、未来永劫ごめんこうむりたいから」
「言うじゃねえか。そのうち大妖怪の魅力に気づいて、『お嫁さんにしてください』って泣いて縋るようになるぞ」
「ちょっと、初夏なのに鳥肌立ったからやめてよね」
小競り合いを繰り広げるふたりの傍らで、千代丸は黙していた。
じっとカードを見つめている。そこに、彼女の想いが残っているかのように。
千代丸の顔を覗き込んだ謙介は、優しく語りかけた。
「水野さんは、千代丸をお迎えすることを僕に相談してきたよ」
「……そうですか」
「でも、答えは決まっていたようだけれどね。結婚して初めての土地に引っ越しするとなると、これからの生活がうまくやっていけるのか不安をともなう。そこに千代丸を連れて行って、自分の勝手で手放すことになったらいけない……と、彼女は切々と話したんだ。それだけ、千代丸のことを大切に考えてくれたんだよ」
「……はい」
肩を落とした千代丸は、この結果を残念に思っているようだった。
彼は、水野についていきたかったのだと、南朋は感じた。
眉を跳ね上げた因幡はきつい口調で千代丸を問い質す。
「なんだ、おまえ。水野と一緒に行きたかったなんて言うんじゃねえだろうな」
「ぼくは……その……」
「おまえは米沢で生まれ育ったあやかしのうさぎなんだぞ。俺の眷属なのに離れたら、あやかしでなくなる。ただのうさぎで一生を終えてもいいのか」
うさぎたちは因幡がいなければ、ふつうのうさぎと何ら変わらないのだ。勾玉の力があってこそ、人型になれる。
だが唇を引き結んだ千代丸は、因幡を睨みつけた。
「因幡様に会う前は、ぼくはただのうさぎだと思ってました。ぼくには大妖怪とか四百年前の因縁だとか、わからないし興味もありません。なお姫の生まれ変わりを探してお嫁さんにしたいというのは因幡様の目標です。勝手にすればいいじゃないですか」
「おまえな~……」
因幡の体から青白い焔が燃え立つ。
ごくりと息を呑んだ南朋だが、謙介は嘆息しつつ両者の間に入った。
「まあまあ。残念ながら、水野さんは答えを決めているんだ。きみたちが喧嘩しても仕方ないだろう」
その言葉に、千代丸は目を見開く。だがすぐに、ショックを受けたように俯いた。
水野の答えはすでに出ていたことを、彼は改めて認識し、そしてそのたびに傷つくのだった。
「千代丸は、水野さんと一緒にいたかったんだよね? 自分の気持ちを正直に言っていいんだよ」
結論は出ていても、気持ちの整理をつけることは大切だ。謙介は千代丸に想いを吐き出して、すっきりさせたいのだと察した。




