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米沢上杉あやかしうさぎ茶房  作者: 沖田弥子
第二章 千代丸と幸せのブーケ
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新発田城の城主

 しかし、すでに結論は決まっていた。南朋には、どうすることもできない問題のように思えた。


 営業時間を終えて、南朋はドアにかけられたプレートを裏返した。そうすると、『うさぎ、しめてます』という文字が現れる。

 くびり殺しているかのような誤解を与えかねないので、単純に『CLOSE』と書いたほうがよいのではあるまいか。ちなみに『OPEN』を意味するほうは、『うさぎ、おさわりできます』である。眉をひそめた南朋は、ここにきてようやく謙介のセンスを疑う。

 因幡が妙な言葉遣いなのは、この店の方向性によるものらしい。つまり謙介の言葉選びのセンスが独特なので、誤解を招くのである。

 だが、お客さんは平然として受け止めているので、やはり南朋の心が汚れているせいで、いかがわしい想像を抱いてしまうのかもしれない。

 片付けを終えた謙介は、キッチンカウンターにアイスティーのグラスを三つ置いた。

 カウンター脇に椅子を並べて、それぞれ腰を下ろす。なぜか因幡と謙介に挟まれた南朋は、グラスを手渡された。

「おつかれさま。南朋ちゃん、仕事はどうだったかな?」

「とっても楽しかった! うさぎのことをいろいろ知って勉強になったし、お客さんとお話しする機会もあって、みなさんのうさぎへの愛にほっこりしちゃったわ」

 忙しい時間帯はオーダーを捌くのに必死になってしまうが、お客さんはくつろぐためにカフェを訪れているので、南朋が焦ってはいけない。

 そう心がけつつ表情を引きつらせる南朋に、どのお客さんも優しく接してくれた。うさぎが好きな人は、可愛いものを愛でる余裕があるので、心にゆとりがあるようだ。

「それはよかった。じゃあ、これからもうさぎたちや僕たちと、楽しくやっていけそうだね」

「うん! ぜひ、お願いします」

 南朋は笑顔で了承する。

 決して謙介の誘導ではないはずである。南朋はうさぎのことも、カフェの仕事も好きになり始めていた。

 だがお客さんたちの柔らかい笑みを思い出していると、南朋の心に、ちくりと引っかかるものがあった。

 水野だけは、つらそうな表情を浮かべていた。

 これから結婚する人は、誰よりも幸せであるはずなのに。

 こくり、とミントの浮かんだ爽やかなアイスティーを口に含む。ほのかな苦みを感じた。

 笑みを消した南朋を横目でうかがっていた因幡は、ふいに口にする。

「水野は北越後の新発田に引っ越すんだってな」

「今は新潟県っていう名称なのよ」

「あそこは四百年前の因縁の地だから、よく知ってる。南朋は、新発田因幡守重家のことはわかるか?」

 四百年前の越後は上杉家の領地だった。上杉謙信は後継者を定めないまま没したので、彼の死後、景勝と景虎というふたりの養子による後継者争いが起こる。

 上杉家の家臣はどちらに味方するか判断を迫られた。謙信の甥である景勝か、それとも北条氏康の七男である景虎か。

 近侍である直江兼続はもちろん景勝についたが、そのほかに味方した武将のうちのひとりに、新発田重家がいた。

 南朋は頷きを返す。

「後継者争いのあと、上杉景勝を裏切った武将でしょ? 新発田城の城主だったものね」

 御館の乱に発展した後継者争いは、景勝の勝利に終わった。

 だが一五八一年(天正九年)、新発田重家は反乱を起こす。

 勝利に大きく貢献したにもかかわらず、恩賞に偏りがあり、国衆である新発田家が冷遇されたためであった。

 織田信長の後ろ盾を得て快進撃を続けた新発田重家だったが、本能寺の変で信長が亡くなると状況が暗転し始める。支援していた蘆名盛隆が家臣に殺害され、伊達政宗に家督を譲った輝宗も亡くなる。対して景勝には羽柴秀吉が後ろ盾となり、大軍をもって新発田城を取り囲んだ。

 最期を悟った新発田重家は敵陣に突入し、「親戚のよしみをもって、我が首を与えるぞ。誰かある。首をとれ」と叫ぶと、甲冑を脱ぎ捨てて自刃したという。

 ついに新発田城は落城し、新発田氏は滅亡する。

 現在の新潟県新発田市の中心地にそびえる新発田城が、かの戦いがあった城である。

「恩賞が少ないことに不満を持って始まったはずの戦いなのに、最後は親戚に自らの首を与えて功績を上げさせたってわけだ。なんとも皮肉な話だろ」

「そうね……。欲張ってはいけないという教訓みたいね」

「そういうことだ。水野は結婚して旦那と暮らすために引っ越して、さらに千代丸がほしいだなんて、欲張りだろ? 新発田重家みたいに何もかもなくさないよう、千代丸は置いていったほうがいいのさ」

 手にしたアイスティーを、因幡は酒のようにぐびりと飲む。

 因幡の言い分はわかるが、未来は決まっているわけでもないと南朋は思う。

 そういえば、新発田重家は因幡守という名だが、因幡と関連があるのだろうか。『因幡の白兎』という日本神話があるが、あの話の舞台は島根県という説がある。

「因幡は歴史に詳しいのね。新発田重家は因幡守というから、もしかして自害した武将の生まれ変わりだったりして」

「だったら俺は城を落とされたり、壺に押し込められたり、どれだけ不憫なんだよ!」

 カフェに弾けるような笑い声が上がる。

 ややあって笑いを収めた謙介は、ちらりとうさぎ部屋に目をやる。


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