おさわり指名ロングコース??
自信たっぷりに断言する因幡は、まったく諦める気がないようだ。
南朋の顔を見ても何も気づかなかったのに、その絶対の自信はいったいどこから湧き出てくるのだろうか。
「一途だね。ねえ、南朋ちゃん?」
うさぎの手元をじっと見つめていた南朋は、ふいに謙介に声をかけられて慌てふためく。
「えっ⁉ う、うん。すごい純情、いつか花開く一途な感情!」
歌うように褒めそやし、次のうさぎを抱き上げる。それを見た因幡は白い眉を跳ね上げた。
彼はまっすぐに南朋の胸元を指差す。首から提げた勾玉が、ずしりと重みを増した気がした。
「おい、そいつな」
「ええっ⁉ な、なに⁉」
ついにバレたのかと声を上擦らせた南朋は冷や汗を滲ませる。
因幡は冷静に指摘した。
「もう爪が切られてるぞ。爪切りが終わったやつを抱いてどうするんだよ」
「あ……」
抱っこしているうさぎを見下ろすと、それは先程爪切りを終えた雛乃だった。狼狽のあまり、誰を抱き上げたのかわからなくなっていたらしい。
微笑んだ謙介は、傍にいた黒うさぎを指し示す。
「次は、この子だね。ちなみに緑色のうさぎはいないから、見間違える心配はないよ」
翡翠の勾玉は因幡から見えない……と、謙介は暗に示唆しているようだ。
いったい、いつバレてしまうのか綱渡り状態である。
頰を引きつらせた南朋は、曖昧に頷いた。
因幡は「緑色のうさぎ?」と呟き、首を捻りながら給水器に水を補充していた。
ややあって、十羽のうさぎすべての爪切りを終えた。南朋は散らばった爪や毛を箒で集め、後片付けをする。謙介がワイパーで床を掃除すると、うさぎの部屋はぴかぴかになった。
「さあ、ごはんだよ。南朋ちゃんも、うさぎたちにニンジンをあげてみて」
葉つきのニンジンが、うさぎたちのご褒美だ。
謙介に手渡されたニンジンを陶器製の器にのせると、そこに群がってきたうさぎたちは一斉に食べ始めた。
「うさぎはフードも食べるけど、野菜が大好物なんだ。特にニンジンは残さず完食するよ」
みるみるうちにニンジンの葉がうさぎたちの口に吸い込まれて消えていく。すごい速さで噛んでいるので、ふかふかの顎がもふもふと動くさまに癒やされる。
「けっこう早食いなのね。もっとゆっくりしているのかと思ってた」
「普段はじっとしていることが多いから動作が鈍いと思われがちだけど、いざというときは俊敏だよ。逃げるときも素早いから、あっという間に視界からいなくなるね」
「脱兎のごとく、って言うものね」
「そうそう。最高は時速八十キロだそうだよ。駆け出すのがものすごく速いんだ。逃げることに重点を置いたうさぎの習性だね」
円陣を組んで、ぴったりと寄り添っているうさぎたちはとても温かそうだ。見ていると、南朋の心まで温まる。途中で爪切りを嫌がった千代丸も、みんなと一緒になり、夢中でニンジンを頬張っていたので安心した。
やがて開店時間になると、すぐにひとりの女性客が来店する。
「いらっしゃいませ!」
南朋は元気よく挨拶する。その女性は昨日も店を訪れていたので見覚えがあった。清楚な雰囲気の彼女は南朋と同年代と思われるが、落ち着きがある。
「こんにちは。千代丸君は、いますか?」
「はい。今日も元気ですよ」
常連客らしい彼女は千代丸がお気に入りのようだ。快く返事をしたものの、南朋は爪切りでの一件を思い出した。
突然機嫌を悪くしたように見えた千代丸だが、今日はお客さんと触れ合っても大丈夫だろうか。
因幡はおさわり部屋……もとい、うさぎ部屋の扉を開けると、千代丸に声をかけた。
「千代丸、おさわりの指名だぞ。常連の水野さんだ。――ロングコースでいいんだな?」
「ええ、三十分でお願いします」
どうにも因幡が使用する語彙は淫靡な店のサービスを連想してしまうのだが、本人は平然としているので、恥ずかしがったほうが負けのようである。
私の心が汚れているせいかな……と、南朋は微苦笑を浮かべた。
水野さんが部屋に入ると、ぱっと千代丸は耳を立たせて反応した。
自ら彼女に駆け寄ると、甘えるように前足を膝にのせる。水野さんは優しい手つきで千代丸の背中を撫でた。千代丸は気持ちよさそうに目を細めている。
その様子を見た因幡は部屋の扉を閉めた。
「水野さんは太客だ。ここ最近は毎日店に来てくれる」
「あのね、おさわりとか太客とか、そういう言葉遣いやめてくれる? ホストやキャバクラじゃないんだから」
「ホスト、キャバクラとは何のことだ?」
その説明を求められることになり、南朋は返答に困った。
四百年の引きこもり大妖怪に『察する』という感覚を教えるのは容易ではない。
「えっとね……ちょっとね、私の言葉遣いの方向性が悪かったかな」
「おまえが悪いんじゃねえか。妙な言葉を覚えるんじゃないぞ」
「それはこっちのセリフなんですけど⁉」