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米沢上杉あやかしうさぎ茶房  作者: 沖田弥子
第二章 千代丸と幸せのブーケ
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俺の嫁

「爪切りをするときの注意点なんだけど、うさぎの爪は人間のように短く切ってはいけないんだ。根元のピンク色のところは血管で、そのすぐそばに神経が通っているんだよ。切りすぎると出血してしまうから、カットするのは血管から三ミリくらい離れたところだね」

 言われてみると、長い爪の根元から半分ほどはピンク色になっている。残す部分はけっこう長い。

「そうなのね。初めてうさぎの手をじっくり見たけど、肉球はないのね」

 前足に触れてみると、犬猫のように掌にあたる部分に肉球がついていない。そこも、ふかふかの毛で覆われていた。

「うさぎの足の裏が毛に覆われているのは、クッションの役割を果たすためと言われているよ。肉球は音を立てないで獲物に近づく役割があるけれど、草食動物のうさぎの場合は素早く逃げることが必要だからだね」

 そう教えてくれた謙介は、千代丸の爪をぱちんぱちんとギロチン型のはさみで切り始めた。うさぎに接してみると、ほかの動物とは異なる部分がたくさんあり、とても勉強になる。

 手慣れている謙介のおかげでテンポよく前足の爪を切ることができた。ところが、後ろ足の爪へ移ろうとしたところ、急に千代丸がむずかり出す。

「千代丸、どうしたの?」

 いやいやするように手足をばたつかせているので、南朋は掌で抱えているお腹をさすった。千代丸は「クゥ、クゥ」と何かを訴えるように、お腹から息を吐いて音を出す。それまで大人しくしていたのに、どうしたのだろう。

「私がきつく抱えすぎたのかな?」

「そんなことはないよ。うさぎの機嫌が悪いときもあるから、無理をさせないほうがいい。後ろ足の爪切りはまた今度にしようか」

 千代丸を床に下ろすと、彼はすぐさま隅っこへ駆けていき、顔を背けてしまった。

 昨日、人型になった千代丸はとても行儀のよい男の子という印象だったけれど、何かあったのだろうか。

「あとでニンジンをあげるから、機嫌を直してくれるよ。それじゃあ、次は雛乃にしようか。おいで」

 名前を呼ばれた雛乃は、黒白のうさぎだ。上半身と顔の中心が白い毛、ほかの毛は艶々とした漆黒である。

「可愛い名前ね。雛乃は女の子なの?」

「そうだね。うさぎの睾丸は見えにくいけれど、お腹を出して確認すると判別できるよ。雛乃は赤ちゃんを産んだことがあるから、間違いなく女の子だね」

 抱っこしてみると、雛乃は大人しくしていた。抱っこされたり、爪切りをされるのに慣れているのかもしれないが、初めて会った南朋にも怯えたりはしない。

 謙介はペンライトを取り出すと、その灯りを雛乃の爪の裏から当てた。

「あ……この子、爪の色が黒だわ!」

 黒い爪なので血管の位置がわからない。ライトを当てると、光に透かされた血管が浮かび上がった。

「うさぎの爪は白と黒の二色があって、どちらなのかはその子の毛の色によるよ。黒い爪は血管が見えないから、こうしてライトを当てて判別するんだ」

「ということは、黒い爪をひとりで切るときは、抱っこしながらライトを当てて爪切りを持って……すごく大変そうね」

「爪切りに慣れている子は、じっとしているから大丈夫だけどね。でもお迎えしたばかりで日が浅いときなんかはふたりで分担して切るか、一日一本くらい爪切りするといいよ」

 はさみを操った謙介が、ぱちんぱちんと小気味よい音を立てる。

 雛乃は全く動じず、身を任せていた。

「お迎えっていうのは、うさぎを飼うことね」

「そうだね。うちのカフェでは、子うさぎをお迎えすることができるんだ。雛乃が産んだ六匹の子どもたちは、みんなお客さんにお迎えしてもらえたね」

『お迎え』とは、お客さんが飼育目的でうさぎを購入することを指している。今はカフェに子うさぎはいないが、雛乃が産んだ赤ちゃんたちは各家庭で幸せに飼われているだろう。

 六匹もの子うさぎが群れているさまは、想像しただけで頰が緩む。機会があったらぜひ、赤ちゃんうさぎを見てみたいものだ。

「うさぎの赤ちゃんは可愛いんだろうなぁ~」

「ふふ。南朋ちゃん、よだれ出てるよ」 

「えっ⁉ 出てないわよ?」

 慌てて口元に手をやると、謙介は妖艶な笑みを浮かべる。

「出てないね」

「もぉ、やめてよね。謙介さんってば」

 弾けるように笑い合っていると、すのこと三角コーナーを洗い終えた因幡が室内に戻ってきた。彼はケージの中をセットしつつ、不機嫌そうな声を出す。

「なんだ、おまえら。楽しそうじゃねえか」

「それはもうね。因幡とふたりきりだと会話がないし、寂しいものだったからね」

「謙介は指図と説明ばかりで鬱陶しいからな」

「このカフェで仕事をしていくには必要なことじゃないか。眷属を掌握して、なお姫の生まれ変わりと勾玉を探すんだろう?」

 次々とうさぎを交代して爪切りをしながら、謙介は茶目っ気たっぷりに片目を瞑る。華麗なウィンクを受けた南朋は頰を引きつらせた。謙介は作業をする因幡に背を向けているので、その表情は南朋にしか見えていない。

「おう。俺の城に嫁を迎えるぜ」

「因幡ファンのお客さんも多いし、お嫁さん候補はたくさんいそうだね。なお姫の生まれ変わりが見つからなかったら、お客さんの中から誰かを選んでお嫁さんにしたらどうかな?」

「見つからないわけはねえんだよ。俺の嫁はなお姫の生まれ変わり、ただひとりだ」


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