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米沢上杉あやかしうさぎ茶房  作者: 沖田弥子
第二章 千代丸と幸せのブーケ
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俺のしもべ

「……なんで送迎がつくの?」

「おまえは俺のしもべになるんだぞ。俺が面倒を見るのは当然だろうが」

 朝陽が因幡の銀髪に反射して、きらきらと輝いている。とても眩しい。彼の間違った方向に走っている純真さが痛々しい。

 半眼になった南朋は、傲岸な男を見据えた。

「それね、いろいろ間違ってるから。しもべじゃないから。私は因幡の後輩ってことになるのよ。後輩に送迎は必要ないからね」

 因幡に家まで送られるなんてことになったら、南朋の正体がバレてしまう。自宅を知られることは避けたい。その前に、この派手な男と並び歩くのは遠慮したい。

 そのとき、店内から謙介が顔を出した。

「おはよう、南朋ちゃん」

「謙介さん、おはようございます」

 爽やかな謙介の笑顔に癒やしを覚える。

 だが昨日の一件で、謙介が腹黒な策士なのは承知していた。

「掃除が終わったら、みんなでミーティングしようか。因幡は世間知らずなところがあるから、南朋ちゃんがいろいろ教えてあげてね」

「そ、そうね。今日からよろしくお願いします!」

 元気よく挨拶した南朋に、因幡は不機嫌そうな顔を近づける。

 だから距離が近いんですけど。

「俺と謙介で対応が真逆なのはなぜだ?」

「雇い主に礼儀正しくするのは当然よ。因幡は四百年の引きこもり壺暮らしから脱却したばかりで現代に疎いだろうから、私が常識について教えてあげるわね」

「教えてくれ。俺のしもべ」

「だから、しもべじゃなくてね……」

 因幡に現代の常識を習得させるのは時間がかかるようだ。四百年間、壺に引きこもっていた男を現代人と同じ感覚にするのは容易ではない。

 気長にやっていこうと思いつつ、南朋は因幡が担いでいた箒の柄に手をかけた。

「私が外を掃除するから、因幡は室内をお願い」

「おう。キッチンは謙介が担当するから、手出しは無用だ。うさぎたちの住処の掃除は全員でやるぞ」

「了解! 外が終わったら、すぐに行くわね」

 通常のカフェと異なり、うさぎたちのケージも清掃が必要だ。そうなると開店前の掃除だけでも、かなりの手間と人員が必要になる。

 眩い朝陽が撒き散らされた道を掃き掃除すると、心まで綺麗になるようだ。もともと店の前にはごみひとつ落ちていないので、すぐに終わる。

 店内へ戻ると、因幡が布巾でテーブルを拭いていた。その姿になぜか感動を覚える。横暴な殿様みたいな態度の因幡が丁寧に掃除するなんて意外に思うが、根は真面目な男らしい。

 謙介はといえば、うさぎたちを囲いの中に集めていた。ケージを掃除するためだろう。

「私も一緒に、うさぎたちの家を掃除するわね」

「よろしく。毎日洗うのは三角コーナーと、すのこだけだよ。店の裏手に水場があるから、そこを使うんだ。掃除用具も物置にそろっているからね」

 三角コーナーとは、うさぎのトイレのことだ。ペットシーツを敷いているので汚れは少ないものの、マメに掃除しなければならない。

 カフェスペースの掃除を終えた因幡は、防水エプロンを着けていた。南朋にも同じエプロンを手渡してくれたので、それを身につける。

「俺が洗ってやるから、その間にこいつらの爪を切ってやれ。うさぎの爪はとんでもなく伸びるからな」

 そう言った因幡は各ケージからプラスチック製のすのこと三角コーナーを取り出している。

 犬や猫もそうだが、うさぎも飼い主が爪を切ってあげなければならないのだ。

 うさぎたちの前足を見ると、毛に埋もれて細い爪が生えていた。

「屋内で暮らしていると野生のうさぎのように土で削れないから、月に一回は爪切りが必要だよ。今日は僕が切るから、南朋ちゃんはうさぎを抱っこしていてくれるかな。まずは千代丸からいこうか」

 千代丸とは人型で挨拶を交わしたので、南朋とはすでに顔見知りである。謙介に指名された千代丸は、ぴょんと跳んで前へ出てきた。

「おはよう、千代丸。じゃあ、抱っこするね」

 千代丸の背後から片手でお尻を支え、もう片方の手をお腹の下に入れてそっと持ち上げる。すぐに体に引き寄せて膝に座らせた。子どもの頃によく連れて行ってもらった動物園にうさぎがいたので、抱っこの経験はある。

 千代丸は謙介のほうを向いて、前足を突き出すようにしている。うさぎは人間のように肩が回らないので、両手足は前後にしか動かせない。

「上手だね。うさぎの体勢は仰向けでもいいけれど、うちの子はみんなお座り抱っこができるよ。いずれの体勢にしても、しっかり抱きかかえてね。臆病な子は爪を切った瞬間に、びっくりして体が大きく揺れることがあるから」

「わかったわ」

 両手でしっかりと抱きかかえる。千代丸の体はふかふかで、とても温かかった。鼻をひくひくさせているうさぎの顔を間近から見ると、あまりの愛らしさに胸がきゅんとした。

 ペット用の小さな爪切りはさみを手にした謙介は、差し出された千代丸の前足をとる。

 毛に隠れた爪を指先で剥き出しにすると、細くて長い爪は、まるで凶器のように伸びていた。


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