大妖怪の出迎え
ご先祖様と大妖怪の因縁が絡み、南朋は謙介の経営する『上杉うさぎ茶房』で働くことになった。
強引にスタッフにさせられた……と言っても過言ではない。
けれど現在は無職の身の上である。うさぎは可愛くて大好きだし、ホールの給仕はある程度の経験があるので、しばらくがんばってみようと思う。
俺様の因幡と、爽やかに見えて実は腹黒な謙介というふたりのイケメンに囲まれて、楽しいカフェライフが待っている……と、無理やり思うことにする。
自室で溜息を吐いた南朋の目線は、テーブルに置いた勾玉に自然と吸い寄せられる。
昨日、帰宅してから「謙介さんのカフェでアルバイトすることが決まった」と両親に報告すると、父母はとても喜んでくれた。
なぜなら、因幡の正体については伏せたからである。
職場の先輩が、直江兼続の末裔と勾玉を探している大妖怪だと知ったなら、さすがに両親は反対するだろう。厄介ごとに巻き込まれるのは必至である。
とはいえ、もとは因幡の所持品だった勾玉は、なお姫から直江家の子孫に渡り、今は南朋が持っている。過去の因縁に決着をつけるためにも、因幡の勾玉と対になるこの宝玉を、どうにかして穏便に返さなければならない。
「この勾玉にも、何か不思議な力があるのかな……?」
勾玉を手にしてかざしてみるが、光を発するようなことはない。
因幡が自身の勾玉をかざしたとき、うさぎの千代丸が人間に変身したのだ。
ということは、片割れであるこの勾玉にも同等のことができるのではないか。因幡は明確に教えてくれなかったけれど、勾玉の外見は全く同じである。
擦って温めたり、ベランダに下りたスズメにかざしてみたりと、いろいろと試してみるが、勾玉は沈黙している。
やがて諦めた南朋は時計を見やる。そろそろ出勤する時間だ。いつものように勾玉の紐を首にかける。紐が見えてしまわないよう、入念にシャツの襟元に仕舞い込んだ。
「とりあえず、バレないようにしないとね」
カフェでは私服にエプロンを着るというスタイルなので、着替えることはない。南朋から勾玉のことを言い出さない限り、因幡に漏れる心配はないはずだ。……と、思いたい。確信犯の謙介が「そういえば、勾玉が~」などと言い出してゲームオーバーにならないよう、注意を払うのは必須だ。
いってきます、と言って家を出た南朋は、昨日と同じように徒歩で店へ向かった。
途中の路地で近所の猫を見かけ、ふと勾玉を試すことを思いつく。
「もしかしたら、動物なら効果があるとか……?」
これまで人型に変身させるなどという発想がなかったので、動物に勾玉をかざしたことがない。因幡と同じようにすれば、猫を変身させられるかもしれない。
「戻りたいときは本人の意思でもとの姿になれるのよね。それなら大丈夫よね」
南朋に気づいた猫は嬉しそうに傍へやってきた。近所に住んでいる猫の名はマロンといい、よく撫でているので南朋とは顔見知りだ。
「マロン……こっちにおいで……るーるるー」
ぎこちない南朋の様子にきょとんとしたマロンだが、ごろんと寝そべった。はやく撫でろ、と言いたげに「なーご」と鳴く。
どきどきしながら胸元の勾玉を取り出し、お腹を見せているマロンにかざした。
だが、何も起こらない。
勾玉が光を発することはなかった。
もちろんマロンの姿に変化はない。彼は撫でようとしない南朋に「なご、なーご」と鳴いて催促した。
「あれ……おかしいわね。もしかして、うさぎにしか効かないとか、そういうこと?」
諦めて勾玉をシャツの中に仕舞い、もふもふのお腹をさする。マロンは嬉しそうに、ごろごろと喉を鳴らした。
勾玉の秘密も気になるけれど、せっかく新しい仕事に巡り会えたのだから、まずはがんばって勤めようと思い直す。ホールのみを担当するわけにもいかないし、うさぎの世話のことなど、もっと知りたい。
マロンに別れを告げた南朋は、米沢の街並みを歩いていった。
やがて、『上杉うさぎ茶房』と看板が掲げられた瀟洒なカフェに辿り着く。
昨日はまさかここで働くことになるとは思いもよらなかったが、あの一連のできごとは夢ではないという証明が店の前で待ち構えていた。
頰を引きつらせた南朋は足を止める。
箒を肩に担いだ因幡が仁王立ちになっていたからである。
今日の彼のファッションは、銀箔をあしらった友禅の着物だ。煌めく白銀の波模様が、銀色の髪によく似合う。足元の編み上げブーツも白で、紐の色は瞳に合わせた真紅。さすがは大妖怪。とてもお洒落さんですね。
「おう、来たか」
「……おはようございます」
真っ白なうさぎの耳を頭から生やした男は、ドスのきいた重低音の声音を出す。因幡が可愛いのは耳だけで、その要素以外のすべてが愛らしいうさぎのイメージを粉々に打ち砕いている。
「家まで迎えに行ってやるつもりだったけどよ、謙介に止められた。子どもじゃないから、ひとりで出勤できるってな。だが帰りは送ってやる。ありがたく思え」
朝から俺様な因幡の愛が重い。すでに胃もたれである。
送迎を望んだ覚えは一切ないのだが。