直江兼続の末裔が大妖怪の花嫁に!?
その昔、越後にはあやかしが統べる城があった。あやかしたちの頭領は、大妖怪の因幡と名のっていた。怪しい術を使い、白銀の髪を輝かせる精悍なその男の正体は、大蛇でも狼でもなく、うさぎだった。彼の頭からは、純白の長い耳が生えていたのである。
だが、とある姫を嫁に迎えようとした因幡は、ひとりの武将に倒される。
頭領を失った眷属たちは、たちまちただのうさぎに変化してしまったという。そうして城は、煙のようにたち消えた。
夢かまぼろしかと目を瞬いた武将の手には、大妖怪を封印した壺が残っている。
稀代の大妖怪を封じた男の名は、直江兼続――
上杉家の智謀の将と謳われた直江はその壺を、主君である上杉景勝に献上した。
「殿。これなるは大妖怪を封印した壺にございます。こやつは姫をさらおうとしました。火にくべるか、それとも水底に沈めるか。いかがいたしましょう」
判断を仰がれた景勝は少々考えた。
上杉景虎と跡目を争い、勝利して当主となった男は意外にも小柄である。そして思慮深く、慎重な男だった。
「ふむ。因幡と申すあやかしは、不思議な勾玉を持っているという噂があったな。勾玉はどうしたのだ?」
「は……それが、因幡は勾玉を用いませんでした。どうやら戦いに使用する道具ではなかったようでございます」
突然、大笑いした景勝は膝を打った。この主君は常に寡黙だが、歴戦の戦いをともにくぐり抜けてきた直江の前でだけは遠慮しない。
「与六よ、それは答えになっておらんぞ。正直に申せ。封印するので手一杯ゆえ、勾玉を回収する暇がなかったとな」
与六とは、直江兼続の旧名である。
「……面目次第もございません」
「まあ、よかろう。この珍しい壺は、上杉家の家宝といたそうではないか」
主君の剛胆さに直江は驚いた。あやかしが封印されているのである。それを家宝にするとは、懐に裏切り者を抱き込むようなものだ。
たとえるなら、主君を裏切った北越後の新発田因幡守重家のような。
かつての同胞の最期が脳裏によぎったが、直江はすぐにそれを打ち消した。
「なりません、殿。もし……」
「因幡が復活したそのときには、勾玉をよこせと、わしが直に言ってやろうではないか。なあ、与六」
巷で密かに囁かれている噂話は景勝も存じているはずなのだが、主君にそう言われては逆らえるはずもない。
直江は深く頭を垂れた。
壺の蓋には呪術師が作成した札を貼っている。その札を剥がさぬ限り、因幡がこの世によみがえることはないのだ。
新発田因幡守重家との戦いは、終わったのである。大妖怪と名が被っていることが気になったが、単なる偶然だと直江は己を納得させた。
こうして大妖怪を封じた壺は、上杉家の蔵の奥深くへ仕舞い込まれることになる。
勾玉を含んだまま……
だが、直江兼続は知らない。
因幡の勾玉は片割れであったことを。
ぴたりと対になる、もうひとつの勾玉は、己の娘が持っていることを。